4-12.使い魔はお使いができない
「――ああ、いや、それは俺が悪かったわ。ごめんな、ここまで聞きにこさせて…」
「いえ…私が…頼まれた時に確認すべきことだったかと…役立たずですみません…」
教員室で昼食をとっていたベフルーズの元へ無事辿り着き、重曹の用途問題については決着がついた。
――掃除用らしい。多少の金属混入も問題ないという。
1500gもまとめて買うようなのは粗悪品側でいいに決まっているのかもしれない、ということには、ベフルーズの顔を見つけた時に思い至った。まあ、もしかしたら大量に中華麺を作る可能性だってあるし………ないか。
隣の椅子をお借りして座りながら、なんだかシュンとしてしまった私の口に、給食につけられていたカットオレンジを含ませてくれた。
「――むぐ…ゴクン。ベフルーズ、私もうお昼をいただいております。こちらはあなたの給食で――もぐ…んぐ」
今度は小さなブドウの実。種ごと飲み込んでしまった。
三度目の正直で口を両手で覆いながら、今度こそ告げる。
「あなたがお上がりなさいませ」
「食べ物が口の中にあるときは喋らない、の躾カンペキじゃん」
「なんの話です?!」
確かに母はテーブルマナーにうるさかった。やったねカーチャン、異世界の人に褒められたよ!――違う、そうじゃない!
「やあベフルーズ、その子が昨日、アズラが面白がってた子かな」
給食のトレイを持って教員室にもう一人入ってきた。なお、今他に部屋にいるのは、メガネのケレムさんだけだ。
「あっ、ハイ、そうです」
ベフルーズが立つのと私が立つのは同時だったので、成人男性同士の肩はぶつかり合った。私の体幹はビクともしなかったが、ベフルーズが少しよろけた。相手からは見えないような位置に手を回して、ベフルーズを支え、事なきを得る。
「俺の親戚の、ミャーノ・バニーアティーエと申しまして、ウチに居候させてます」
同じ先生相手のようだが、アズラたちへの態度というか話し方が全然違う。もっと偉い人なのかな?
「ミャーノ、こちら、エルトゥールル・オズジャン先生だ。ここの校長先生だよ」
「やあどうも。エルルンと呼んでほしい」
校長先生ってもっと年齢がいってるかと思ってた。
「ミャーノとお呼びください、エルルン先生」
「ミャーノ。冗談だからそれ。普通に『エル先生』とかだから」
「えっ」
ベフルーズに呆れられて、エルルン改めエル先生に向き直る。
「はっはっは。君は生徒じゃないのだから、『先生』は要らんよ」
「失礼しました、エル先…エル殿。改めまして、よろしくお願いいたします」
握手をする。
……あれ、離してもらえない。
「フィルズと同じ王軍勤めなのかね?」
フィルズ。その名前に聞き覚えだけはある。
「いや、先生、ミャーノは軍人じゃないですよ」
「そうか。すまない、気にしないでくれ」
「はい…」
「アリー以外にも、趣味でここまで鍛える人間がいるんだねえ…」
え、アリーの認識ってそんな感じなの?
エルルンは私たちの向かいに腰掛けると、食事に手をつける前にゆっくりとお茶を飲み始めた。
「ああ、すまない。アリーにはもう会ったかね? 彼は私の教え子なんだ」
「エル先生はな、俺の弟のフィルズと同じ王軍出身で、引退後シーリンに帰ってきて校長やってんだ。アリーの剣術の先生もしてた」
「腕の筋肉をバジリスクの毒にやられてしまってね。日常生活では問題ないのだが、退職金をもらってのんびり暮らしているよ」
「なるほど……大変でしたね」
一瞬、見た目が若いだけで中身は実はおじいさんなのかとも思ったが、怪我で退職したのなら、さもありなん。
そして、やはり「フィルズ」はベフルーズの弟さんのことだったか。さりげなく説明してくれてありがとう、ベフルーズ。
ソマさんといい、私の手や体つきはそんなに王軍らしいのだろうか。
まあ、下手すると、この身体の人が生きていたら本当に王軍の騎士だった可能性はあるよな。
口調も基本やたら丁寧だし。
これで大工さんとかだったらギャップありすぎだし。
「お会いできた早々、申し訳ございません。本日はこれにて失礼いたします」
「ああ、買ったらすぐ帰ってやれよ。遅くなるとサラが心配する」
「ええ」
「おや、忙しいところ済まなかったね。またいつでも来たまえ」
「ありがとうございます。それでは」
自分の任務を思い出して、その場を辞した。
まずマンダリン通りへ向かおう。重曹と違って、青果を扱う店は夕方前には店じまいを始めてしまう。
おつかいクエ、大変です。




