4-10.使い魔の実験
使い魔という概念は、日本人の私に言わせると「式神」のイメージがある。
陰陽師が人形に切った紙を「セイッ」と飛ばすアレだ。
創作物語の中では、あの式紙は、遠方にいる人に伝言をしたり、離れた場所にいる敵に攻撃をしたり、どちらかというと「主から離れた場所」で活躍させるシーンをよく見た気がする。
であれば、私はどうなのか?
“使い”魔と言うからには、やはり「お使い」できてこその、使い魔なのでは?
しかし、ここの文化は中国や日本よりも、欧州のそれが近いようである。
遠隔地で活動ができるタイプの使い魔なのかどうかは確認しておかないと、いざという時に思い切った戦略をとりづらいだろう。
腰の剣を抜き放つ。ヒュンヒュンと風を切る鳴き声がした。
(――これではダメだ)
ふと、そう思った。
この身体の思考が混じってくる感覚は、これまでも顕著であったが。
だんだん、境目がなくなってきているように感じる。今己の考えていることが、都子のものなのか、この身体の男のそれなのか、曖昧になってきている。
召喚されてからこっち、この身体の思考が混じることによる悪いことなど何もなかった。それどころか助けてもらっていることばかりだ。
都子の技能など、何一つ、サラの役に立っていなかった。
(あなたの名前が知りたかった)
刀身の鋼に鈍く映る、男の顔は憂いを帯びている。
今度は振り方を少し変えてみる。
よし、鳴かない。
空気の抵抗を受けなければ、剣は最も疾くなる。
そこにあるカカシを使わせてもらおう。
(サラは、「この身体の元となった人間はこの世界にはいない」と言っていた)
カカシの喉の横、脇、膝上――隙間を縫って刺突し、引き戻す。その6動作を10分ほど続けた。
アリーとの地稽古と異なり、受けてもらえない分己の力を余分に込める必要がある。結構疲れるものだ。
(もし都子が、この――サラのいる世界に生まれていたら、こうだった、と)
十歩下がる。やや助走をつけて、飛びかかり、しかし斬りつけるのを止めて、また飛び退る。
これもそこそこキツい。脚に負担がかかるのを感じた。
(こんなに鍛えて、きっと研鑽を積んできた――都子と違って、こんなに「あの子」の役に立つ力を備えてきた)
少し疲弊してしまったせいで――躓きかけた。
転ばぬように、前方に地面を蹴り直す。
(あなたの名前が知りたかった。有り得た私。生まれることができなかった私)
驚くような跳躍力で、左膝はカカシの左肩をかすめた。
左手でカカシの肩を払って、カカシの背中側へ飛び越える。
「私は――あなたとして生まれて、生きておくべきだった」
息はアリーの時と違い、真面に上がっていた。
「……はぁ」
動きを止め、立ったまま少し休むことにした。
ため息とも深呼吸ともつかぬ吐息に、ひとつ結論を出す。
サラと離れている場所で行う運動は、普通に疲れを覚えるようだ。
アリーと30分撃ち続けたときも、西の鉱山に登ったときも、平気な顔をできていたのは、実感がわかないが――サラがいたからなのだろう。
だが、戦闘能力の衰えはないようだ。それが分かれば十分である。
もちろん、「疲れる」と言っても、恐らく通常の成人男性より――いや、軍事的な訓練を行なっている男性より、持久力はある。
「むしろアリー殿はあれだけやり合って、よく保ったものだな」
「えっ、俺がどうかしたか」
「へ」
「あ」
アリー?
「よ、よぅ。わり、ちょっと前に来てたんだけど、声かけ損ねてよ」
カカシの背中越しに、知っている顔を確認する。思わずとはいえ、間抜けな声を出してしまったな…。
そしてまた周りの気配を感知しないほど下手な集中をしてしまっていたか。気をつけないと。
「いや、昼飯食いにきたらさ、お嬢が、ここにアンタが来てるっていうから――」
「え、ええ。すみません、お邪魔をしてしまって」
「それは全然、いいと思うぜ。むしろ悪いことしたのは俺の方かなって…な…」
「あの、私…?」
「悪ィ、アンタの独り言聞いちまって」
「――ああ」
都子の言葉は、あなたの耳に届いたのか。
「いいえ。これまでも、これからも、聞く者がいなかった愚痴です。聞かれてしまったのがアリー殿でよかった」
「そ、うか…?」
「ほんとうですよ」
意味がわからぬ呟きだっただろうに、アリーは真摯に謝ってくれてしまった。いい奴だなぁ…。
私は、都子でいた時は、「他の人生を歩んでおきたかった」などと後悔したことはなかったのだ。
そして、そんなことは私を使い魔と知るサラたち――殊に、召喚した主であるサラには、知られたくなかった。
「サラやベフルーズには内緒にしてください」
あの人たちは、アリーと違って、わかってしまうだろうから。
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