4-6.ある学問、ない学問
帰路。ベフルーズと三人になったタイミングで、サラが専攻について蒸し返してきた。
「ねえ、アズラ先生が言ってたのは当たってるの?ミャーノ」
「学問の話ですか?いえ、『お勉強』ができたかできないかで言いますとあまり優秀ではなかったと思いますよ…」
「でもお前の様子見るに、学校はあったし行ってたんだろ?」
「ええ、まあ。私の国だと6歳から20前後まで学生なのが大半でしたね。15歳で終わる子もいれば、30過ぎて院生という方も多いですが」
「院生って何だ?」
「大学院の研究生…ですかね…。まあ、私はそこまで行かず、大学を卒業だけして就職したケースなので、詳しい様子は伝聞なのですが」
「大学」
「出てたのか」
「あっ、おそらく貴方がたの世界の大学とは全く質が違うと思いますよ?そんなに狭き門ではないのです」
そして臨む姿勢によって、学びとるレベルの落差はとても激しい。
私はサボっていた訳ではないが、そこで己に成果を残せたかというと、個人的には微妙である。
もちろん、無駄な四年間ではなかったと思うが。
「で? 何が得意だったの?」
「得意というと難しいのですが、理解ができるということであれば、法学や史学、文学ですね。歴史の本を読むのは好きでした」
「ああ…なるほど、それは確かにアズラたちに言うわけには、なあ」
「ですよね。学問自体がそれぞれの歴史を前提に成り立つものなのだと痛感した次第です」
「ミャーノの世界の歴史にはちょっと興味あるんじゃないの、叔父さん?」
「そうだなあ」
「御望みとあらば、覚えている限りの話はできますよ。無論、資料が手元にはありませんので正確さは保障できませんがね」
「おっマジか。じゃあ、さっきのアズラじゃねえけど何か代わりに俺も教えてやるよ」
「ミャーノの世界になかった学問とかあるのかしら。もしくはその逆は」
「錬金術も魔術学もあったといえばありましたが、私のいた時代は廃れてしまっていたので、私の世界の…特に魔術学は全く触れてきていませんね。そして魔術学には少し興味があります」
「魔術学なら任せてもらっていいのだわ!」
「いやいやここは本職が教師の俺が」
「いえいえ年長者の手を煩わせずとも私が」
どうぞどうぞ……。
「あ、あと宇宙科学でしたっけね。そういうのはあるのでしょうか。天文学は、占星学が兼ねてそうですが。宇宙開発はしていないでしょう?」
「え? 宇宙って開発するものなの?」
「私はその辺りの技術に明るくないですし経験もないですが、私の時代はいくつかの国が惑星間航行の研究をしていました。衛星になら人類も行けていたのですが、惑星間はまだ、絡繰の派遣がせいぜいでしたね……」
「ええ…どういうこと…衛星って、あの月とかのことよね?」
「はい。絡繰を派遣したのは…ここにもあるのでしょうか、火星とかは」
「ああ、あるぞ」
「そこも私の世界と同じなのですね」
「待って待って、火星に? 絡繰を派遣?」
「私の世界でもかなりの偉業なので、私に技術的な質問はなさらないように」
当時はあまり深く考えていなかったが、地球の重力という縛りを振り切って宇宙に飛び出す推進力を生み出せるという技術が前提となるわけで。改めて宇宙関連の仕事をしている方はとんでもなかったのだなと思う。異世界に召喚されてしまうのであれば、その前に一度くらい、せめてスペースシャトルの発射くらい拝んでおけばよかったな。
「え~!なんかこう、簡単でいいから、ざっくりでいいから!」
サラが食い下がってくるので、路傍の土に簡単な絵を描いて簡単に説明した。
へたくそな絵だが、細長いロケットが火を吹いて地上から離れて行く様は伝わったのだろうか。
…私、こんなに絵が下手だっただろうか? 土に描いていることを差し引いたとしても、だ。
「重力があるんだから、飛び上がったところで落ちるだけなんじゃないのか?」
重力の概念もあるんだ。割と文明レベルは似た感じなのかも。
「水に沈まず水面を歩きたかったら、沈むより早く水面を蹴っていけ、みたいな理論といいましょうか…。その威力を調整して、宇宙には敢えて飛び出させず、『永遠に落ち続ける』飛行物体を飛ばすこともできていたはずです」
ほんと、自分で説明してて自分がよくわかっていないのだけれど。
「なるほど……なるほどなのだわ…………」
サラが魔術に関して才女であることはわかっているつもりだが、彼女の脳内ではまさかロケットの推進力に匹敵する魔術の術式が検討されているのではあるまいな。
ダメだよ、サラ。ここの宇宙がどうかは知らないけど、真空だとか、空気の成分比率とか、放射線とか、他にも色々あるんだから。
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