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4-5.ベフルーズ先生たち

 ロス君は校内を巡回していると聞いたサラが、ではついでなので卒業生として校内を案内してあげよう、と張り切りを見せた。

 学校は木造だった。戦前の尋常小学校の校舎を連想する建物だ。学校の怪談とかで出てくる「木造の旧校舎」、アレである。

 二階建てだが、敷地は広い。敷地内に体育館などはなく、通常の教室のみで構成されていた。

 三年制で、希望すれば六年間まで通学できるそうだ。

 消耗品はそれぞれが負担しなければならないが、テキストを含めた学費は無償らしい。昼食も無償で配給されるおかげか、シーリン出身に限れば、ほぼ十割がここを卒業できているそうだ。地味に凄いな。


「あれ、サラもミャーノさんも、なんでここに?」

「ロス発見なのだわー」

 二階に上がった時、廊下の奥にロス君の姿を見つけた。

「巡回お疲れ様です。昨日のお礼の件でご挨拶に伺いました」

「あー、ギャラの件か」

「と言いましても、ここにお持ちするのもご迷惑かと思いましたので、詰所の受付に託させていただきました。こちらへは本当にご挨拶だけ」

「受付だね。了解」

「しかしよく考えましたら、勤務中のお邪魔をする形になって、結局ご迷惑はおかけしておりますね」

「ああ、それは全然へーき。ありがとう」

「…学校は、特に異状ありませんか」

「うん。街とか、警邏の強化してるから、逆に犯罪率低くなりそうなくらいだ。――って、元々この街は治安いい方だと思うけど」

 そういえば、自分はクロスボウだの剣だのぶら下げてるせいかもしれないが、スリに遭ったり絡まれたりすることは今のところなかった。わざわざ(いろ)街エリアに近づいていないからというだけかもしれないが。

「ねえロス、叔父さんどこかな」

「ベフルーズ先生なら、教員室にいると思うぜ」

「授業中じゃないのね。残念だったわね、ミャーノ」

「え?なにが?」

「教鞭をとっているベフルーズの姿を覗きたかったもので」

「なるほど、ミャーノさん意地悪じゃない?」

「えっ…ロス君まで…ひどい…」


 心外だが、根性が曲がっている自覚はあるので甘んじてその批評を受けよう。


 教員室の扉を開けると、そこは想像していたような「職員室」ではなく、どちらかといえば「用務員室」のイメージが近かった。給湯設備とテーブルがあって、本棚が(しつら)えてある。

 ベフルーズと、知らない大人二人が茶を啜っていた。

「何かあったの、サラちゃん」

 もちろんベフルーズは驚いている。

「ううん。ロスに用事があっただけだよ。学校の警備してるっていうから。その用はもう終わったけどね」

「お邪魔してすみません」

 男性一人と、女性一人、おそらく彼らも先生なのだろう。軽く頭を下げる。

「あら、こちらどなた? ベフルーズ」

「ああ、俺の親戚の、ミャーノ。ええと…」

「南方の小さい街からこちらのシーリンへ引っ越してまいりました。今はベフルーズ先生のお宅で居候をさせていただいております」

「そうそう」

 ベフルーズにはこの設定、そういえば言ってなかったね。うっかりうっかり。

「へえー、ベフルーズやサラとは違って戦士タイプなのかしら。いい身体してるわね」

「ええ。ご明察の通り、あまり魔術は得意ではなく…いや、お恥ずかしい」

 びっくりした。先日、ロス君やサラには「着やせする」という評価をされていたようだったから、自分は筋肉があるようには見えないのかと思っていたのだが、そうでもないのか?

「ミャーノ。こっちの身体しか見てないろくでなしがアズラ。そっちのメガネがケレム」

「失礼ね、顔もいいじゃないのこの子」

「そうは言ったってアンタ、顔がよくたって貧弱なボウヤには用がねえって言うじゃねえか」

「悪い?」

 なんだ身体目当てだったか。

 アズラとケレムと握手していると、ベフルーズがお茶を入れようとしてくれる。

「あ、結構ですよベフルーズ。我々、すぐお暇しますので」

「……他に用はあるのか?ないのなら、ゆっくりしていったらいい……」

 これまで目礼のみで口を開かなかったケレムが、やっと喋った。

「っスよねー。明日の用意したらもう仕事終わりだから。終わるまで待っててくれ。一緒に帰ろう」

「わかった。もう用事ないし、そうする」

「ではお言葉に甘えさせていただきます、先生方」

「ミャーちゃん、お菓子食べる~? どのロクムがいい?」

 ミャーちゃん。完全に猫じゃないか。それ元の言語だとどういう愛称になってるの?

 ロクムってなんだろう? アズラが指差しているのは卓上にある白餅(しろもち)柚餅子(ゆべし)のような一口サイズの何かだ。これのことかな?

 後でベフルーズに聞いてみたら、トウモロコシが原料だったらしい。なかなか美味しかった。


「ベフルーズは確か史学と錬金術の先生なのでしたね。ケレム先生は?」

「……古典と、魔術学と、占星学……だ」

 納得した。ケレム先生の雰囲気はそれっぽい。しかし魔術学というと、魔術の授業とは異なりそうだ。魔術を遣うための講義というよりも、魔術の理論を学ぶための講義なのだろうか。

「ちなみに私は、読み書きそろばんと経営学ね」

 訊く前にアズラが自ら申告してきた。この人だけ現実味のある分野のみを推してきたな。

「ミャーちゃんの得意な学問は何かあるかしら~?何なら私が苦手科目個人授業してあげるわよ~」

「私は…そうですね、強いて言えば」

 ううん、強いて、なんて言おう。

 大学は法学部だったんだけど、扱ってたのは当時の日本の法律や行政だったから、ここで「法学です」なんて言って、この世界の実際のそれについて意見求められても何も対応できないしな…。

 そして文系なので次点は「史学」「文学」等になるが、法律と同じく、この世界のそれについては一切教養がない。

 その理屈で言うと、ほとんどの学問が「地球(あるいは宇宙)の歴史ありき」となっていることに気がついてしまう。

 数学が得意だったらこんな時迷わずに「数学です」で済むのだろうが、何度も言っている通り、私は数“字”が苦手だ。つくづく、異世界転生向きではない人間は、異世界転生するものではない。

「――いえ、特には。少し算学ができて、書物を読める程度の者です」

「あらあら、その感じ、ホントはお勉強できるのに“何が得意か”わからなくて回答を投げたわね~?ダメよ、ちゃんと考えてくれなきゃ」

 額を人差し指でぐいぐい突かれる。痛くはないのだけれど、居心地は悪い。

「……よせ、アズラ……困っている」

 ケレムが助け舟を出してくれた。私この人好きかもしれない。無愛想だけど絶対いい人だ。

「まあ、ひどい。こういう時に好きな学問を即答しない男は、ここぞという時に女の子に愛を囁けないものよ?そんなの、ミャーちゃんが可哀想でしょうが」

「そのへんで勘弁してくれ。俺の同僚に怯えたミャーノが(ウチ)を出ていっちまいかねねえ」

「そしたら一人暮らしね。恋人連れ込み放題じゃない」

「そんなことはありませんでしたね……」

「あら」

 つい食い気味に即答してしまった。だって一人暮らし歴は長かったが、ついぞ男性を連れ込んだことはなかったのだ。

 それとも、私が男だったら、部屋の荒れ方を気にしたりせず、彼女を連れ込んだりできたのだろうか? 今考えても(せん)ないことではあるのだが。

「おまえ、(ウチ)に女連れ込んだら一週間メシ抜きだからな」

「連れ込むわけないでしょう。というか、もっと重罪にするべきでは」

「安心して、ミャーノ。さらに私が一ヶ月間あなたを無視するから」

 一ヶ月で済ますのも甘くないですか? 追い出していいですよ、そんな居候は。

「あっはは、ベフルーズもサラもミャーちゃんが可愛いのねえ」

 二人とも、私がそんなことするわけないとちゃんと思ってくれてるからこその(ぬる)い刑罰宣言なんだろうなあ。

数学だけは全宇宙で通用する真理な気がしています。


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