4-4.道端で口づけを
詰所の受付で、昨夜から預かってもらっていた鹿肉を受け取っていると、ミーネが顔を出した。
ミーネの受け持ちがこのロビーと応接なのかもしれない。
「さきほどはお疲れ様です。団長が参考になると喜んでおりました」
「いえ、お役に立つか…。…ミーネ、私のことを団長殿にどう紹介されたのかお聞きしても?」
「まあ、うふふ。お顔立ちと人となり、剣とクロスボウの腕について、私が拝見したありのままを伝えただけですわ」
今、「顔」が真っ先にきたな。私もこの顔、嫌いじゃないけどさ。
「父が何か失礼なことを申しまして?」
「ミーネ…いや、そういう外堀から埋める周到さ、あなたのいい所なのですがね…」
「まだダメだって言ったじゃないですか、ミーネさん。ミャーノはまだうちのです」
「あら」
サラが、子供っぽく私の腰に抱きついてみせる。抱きつくというかしがみついている形だが。
「サラちゃん、お兄さんなら元々ベフルーズ先生がいらっしゃるじゃないの。心配しなくても、ミャーノが自警団に入職しても、お嫁さんをもらっても、ミャーノがあなたのはとこさんであることに変わりはありませんわ」
お嫁さんもらったら、はとこの数は一つ増えますけどね。
「…けれどミャーノ、今回の事件如何では、きっとあなたのお力添えが必要になりますわ。サラちゃんの魔術も。お二人とも、よろしくお願いいたします」
「ええ、承知いたしました」
「…はい、いつでも言ってください」
サラはミーネの真摯な様子に恐縮しながら、私の腰を放した。
団長の娘さんは、肝心なところでちゃんと団長の娘さんなのだ。
そんな凛々しい表情で、務めを全うされてしまうと、ああ、うっかり惚れかねないので勘弁してほしい。
「そうだ、ミーネ。ロス君はどちらにいらっしゃいますか?」
「あっそうだった。ミーネさん、私たち、ロスに昨日の山ガイドの報酬を支払いたいの」
「ああ、そういうことでしたら、学校に行ってますわ。今日からしばらく学校の警備を自警団で担うことになりましたの」
なるほど、出没した暴漢を捕まえられていないのだから、当然の措置だな。
「報酬に関しては、受付にことづけてくだされば領収証も出しますわよ」
出先で渡すのもなんだし、ということで、報酬は受付に預けることにした。
それでおしまい、というのもなんなので、ロス君に直接挨拶には行こうということになった。
シーリンには学校はひとつしかないらしい。
「ベフルーズが先生をされているところ、拝めますかね?」
「どうだろ。一日中教鞭とってるわけじゃないから、時間割次第だね」
職員室にいるベフルーズという図も見てみたいから、授業外ならそれはそれで。
「ミャーノ、楽しそうね」
「ははは、顔に出ておりましたか。いやあ、同僚や取引先以外の知人に就業中の姿を見られるというのは、なんとも気恥ずかしいものでありますから」
「やだー、いじわるー」
「いやいや人聞きの悪い」
「あんまり叔父さんと仲良くしたらやきもちを妬くわよ」
「え?」
「私がね」
そう言いながら、私の右手にサラの左手が繋がれる。
「ミャーノと一番仲がいいのは、私でないとイヤなのだわ」
「……その点は大丈夫ですよ、サラ」
「わからないじゃない。昨夜だって影傀儡の術で遊んでた」
「遊んでいたわけではありませんな」
そこはベフルーズの肩を持つよ?
「ミーネさんと結婚しちゃヤダ」
「この身でそんな大それたことをするわけがございません」
「昔話で絡繰とお姫様が駆け落ちする話があるのだから、使い魔が市民と結婚するのは有り得なくもないのだわ」
そんな、未来を生きている御伽話があるのか、この世界。すごいな。
「…サラ、その流れで言えば、私が結婚するのはサラになりますよ」
「……確かにそうね…」
「――心配症なのですね、私のマスターは」
繋いでいたサラの左手を持ち上げて、その甲にキスをする。
サラは満足げに、キュッとその手を握る力を一瞬込めると、やがて手を開き、離した。
道なりにしばらく歩いていると、街中の民家よりも大きめの建物が現れた。学校である。
到着したところで終わってしまった