4-3.事情聴取・後段
気を取り直して、昨日の話をしよう。
私たちの情報をすべて開示するわけにはいかないので、すっとぼけてしまうという手段もとれた。しかし、もしかしたら現場に何か見落とした手掛かりとかがあるかもしれないと思ったからこそ、こうして聴取されにきたのだ。
「こちらからお聞きして申し訳ないのですが、あのような怪異はこの街では過去事例はあるのですか?私は初めてあの手の怪異に遭遇したのですが…」
「いや。――幽霊騒ぎなんかは定期的に沸くがね、幽霊に斬りつけられた、という酔っ払いのたわごとは聞いたことがあるが、あんな大勢が一斉に目撃した事例は、私の知る限りでは無い」
「幽霊ではないと仮定した場合でも、あのような種族もいないのですよね?」
「把握している限りでは、おらんね。この街にはいろんな人種が共存しているが…、客連中の話を聞く限りでは、実体がない影のような奴だったのだろう?」
「ええ。まあ、斬ってみたら斬れたようですが」
「そこだよ、キミ。アリーから聞いたが、『手首を斬り落とした』そうだね?」
「手ごたえがあったというだけで、落ちた手は見ていないのですよ」
「影傀儡の術は知っとるか?」
「あ、はい、知識としては」
「影を害したという実例がないので何とも言えんが、もしあれが傀儡のそれであれば、本体にフィードバックした可能性があると思ってね。自警団権限で、昨夜から『オジギ亭』の周囲の民家を捜索しとるんだ」
「…なるほど、本体が負傷したのなら、血痕などが潜伏場所に残っているかもしれないということですね?」
「一応20メートル圏内に限って確認したんだが、3軒の空き家はもちろん無人だったし、12軒の民家は我々の知っておる住民しかおらんかった。空き家の中に血痕がないかは日が昇ってから検めたが、少なくともその時点では血痕はなかったし、埃の様子は空き家そのものだったと聞いておる」
斬り落とされた手も放置されているとは思えないな。
影傀儡ではなかった可能性が高いと思っておいた方がいいのだろうか。
「交戦時の、何か手掛かりになりそうな心当たりはないかね?」
「話すことはできたようです。無論、誰何しましたが、自己紹介はしてくれませんでしたね」
「そうだろうな…サラちゃんは、何かないかい」
「ファールシー語で喋っていたけど、口が見えないから翻訳の術かどうかは判別できなかったです」
ああそうか。私は翻訳の術で話しているから、何語で喋っているか自分でわからないんだった。
「そういえば、ミャーノ君も翻訳の術を使用しているね? 母語はなんなんだい?」
「ニホン語という少数民族の言語なのです。他の言語を習得する前に翻訳の術の方を先に覚えてしまって…」
これは本当。
「ふうむ、聞いたことがないな。母語がマイナーだと大変だね」
「恐れ入ります。あと…推測ですが、相手も剣を遣っていたように感じました。何合かは攻撃を受けとめたのですが、槍のようなリーチの長さは感じていません」
「剣か、あるいは柄の短い武器、ということだな」
「ええ。受けたのは金属だとは思うのですが、もしかすると刃ではなく、棒や杖の可能性は残りますね」
「アリーに引けを取らないキミが言うのなら、その見解は参考にさせてもらおう」
ああ、地稽古の時の話も伝わってるのか。
「素人考えですから、鵜呑みにはなさらないでくださいね」
「うむ」
団長さんとの面談が終わった後、団長さんの勧めで、また自警団の食堂を利用させていただけることになった。
ちょうど昼時だったので、ロス君もいないかな、と期待はしたのだが、ロス君はいなかった。だけど、昨日も当直だったサイードさんとは何故か会えた。配膳の列に並んだら、私たちの前の元最後尾がサイードさんだった。
「昨日はどうもありがとうございました。今日も当直なのですか?」
「いいえ~。今日はごはんを食べに来ただけなんです~」
「そうなんですね~」
サイードさんにつられてつい語尾を伸ばしてしまう。アリーやロス君と違い、なんだかぽやぽやしている人なのだ。心なしか、髪の毛までふわふわしている。
しかしこんな優男然としていながら、本業が肉屋さんなので解体現場はすごかった。
鉈のような包丁でズパンズパン捌いていく彼が最初に拝んだサイードさんなので、まかりまちがってもサイードさんを侮るような真似はしないと昨日の時点で既に天に誓っているのだ。
「今日の~献立は~クロケットと~豚の生姜焼きなので~」
「それは佳い日にきました」
「めっちゃキリッとした」
茶々を入れてきたのはサラだ。
「ミャーノ君も~生姜焼き好きですか~?リーマさんの~生姜焼きは~おいしいんですよ~」
「ええ、好きですね!とろみがつけられたタイプも、焼く際に生姜を絡めるタイプも、後からソースとして醤油をかけるタイプも、それぞれの良さがあります。タマネギが入っていても入っていなくてもアリですね」
「ミャーノって好きなものいっぱいありそうね」
「いいことではありませんか~。僕も~、お肉に関しては~そうですね~」
好きなものはいっぱいあるけど、嫌いなものがないわけじゃないよ。昨日サラにも言った通り内臓は苦手だし。あとドリアンやバナナがダメだ。ドリアンてこっちの世界にもあるのかな。何となくバナナはありそうなんだが。
無事に順番がきた。よし食べよう、早く食べよう。
食堂のコロッケと生姜焼きにハズレなどないのだ。
なお、千切りキャベツはついていなかったが、ザワークラウトが添えられていた。
ほぼほぼパーフェクトじゃないか。
「美味しかったですね~」
「サイードさんは、昨日の鹿肉はどうやって召し上がる予定なんですか?」
「スネ肉はウコンやクミンで煮込んで~、トモバラの肉はローストしようかな~と~」
「へぇ」
前者はカレーみたいになるのかな?
「両親も喜んでたよ~。いただくのが楽しみさ~、ありがとうね~」
「いえいえ、素人が解体するより、美味しくバラしていただけて本当に有難かったですよ」
本当はヒレやランプ、サーロインやモモなんかはもっと美味しいんだろうけど、サイードさんは遠慮してしまったのだろうな。
「そちらは~、サラさんが~料理されるんでしょうかね~?」
「私も料理してみたいけど、たぶん叔父のベフルーズが」
「あ~、ベフルーズは美味しくしてくれそうですね~」
おや。ベフルーズは料理男子扱いっぽいぞ。
「ベフルーズが料理上手なのはわかっていましたが…お肉屋さんのコメントとなると重みがすごいですね」
「私、叔父さんが女子生徒から手作り弁当もらえない先生だって聞いたことあるのだわ」
「ベフルーズが~料理うますぎて~、敬遠されちゃってるらしいね~」
「あー…なるほど……」
男の人の「料理がうまい」ってガチな気がするもんね。
「そのうちミャーノにも料理させるわね。叔父さんに食べさせましょう」
「サラ、食材はおいしく調理されるのが一番幸せだと思うのですよ」
元来料理ができないわけではなかったが、異世界のキッチンは使い勝手が全く違うようだし、この身体で料理に挑戦したことはないので、かなり不安がある。
それにサラ、忘れてるみたいだけど、ベフルーズにしてみたら私は単なる男だからね。女子生徒に手料理ふるまってもらえない男やもめに対する何の救済にもなってないからね。
サイードさんは話の流れを何も気にしてないみたいだからいいんだけどさ。
次回予告
学校へ行こう!(ネタが古め)