4-2.事情聴取・前段
自警団、と一言で納得していたのだが、街までの道すがら、改めてこの街の「自警団」の役割をサラから聞いておいた。
というか、実はここにきて、私はまだこの「街」の名前を聞いていなかったのだ。
サラに今更ながら聞いたら、「え、言ってなかったっけ?シーリンっていうの」と初耳の情報を得ることができた。
ロールプレイングゲームではないのだが、街の入り口に立て看板の一つや二つあってもよかったのではないか?そうも思うのだが、しかしおそらく旅行者が頻繁に行きかう土地柄でもなさそうなので、もはや「西の山」「この街」で済んでしまう。街で生活する分には全く支障がないのだろう。
ちなみに、街の外壁の外に家があるサラたちもシーリンに属する市民であるそうだ。
さて、肝心の自警団の話に戻る。
活動内容の例を聞いた限りだと、消防や水防といった防災、そして防犯、山岳救助隊の類を担っている側面がまずあるらしい。
だが、ここにさらに「街の相談窓口」という側面が加わっている。この街にはギルドがない、という話を先日サラがしていたが、サラが言ったギルドというのは商人や手工業者のギルドではなく、現代日本の感覚で言うとハローワークや派遣業者に近い機関のようであった。ギルドに「こういう仕事をしてほしい・予算はこれくらい」という募集を渡して、ギルドに適合者を紹介してもらうというシステムである。物を求める場合は依頼者と請負人が顔を合わせることがないことも多いらしい。
ギルドがないのは、街がそこまで大きくはないからかな。「伝手」が「いるはずの適合者」に届かない、ということがあまり想定されないのではないか、と思う。見つからないのなら、そもそもいなかったのだろう。
「警察機構はあるのですか? それに太守とか、領主というのですかね…そういう、存在は」
「シーリンの代表は自警団の団長さんだけど、キーリスの王都から派遣されている太守は別にいるわ。ただし太守は頻繁に交代してるみたい。警察、というのが太守の私兵を指すのなら『いる』と言えるのだけれど、あなたが聞きたいのは少し違う気がするわね?」
「なるほど。いえ、私のいた国ではこのシーリンの自警団のような機能を持つ組織に属している人は、国から給料が支払われていることが一般的だったので。その行政組織を私のいた国では『警察』等と呼んでいたのですよ」
この辺りの自警団は街ごとに独立した組織のようだ。
うまく機能している時は問題ないけど、下剋上とか一揆とかの雰囲気になった時に暴徒化するのが「歴史上の自警団」、という失礼な印象がどうしても、ある。その地域の支配権を握ってるようなものなので、暴走すると誰も止められないんだよな。
もちろん、そのクーデターがどう考えてもまともな神経のもとで行われているパターンも多いだろう。
逆のケースだと、いわゆる村八分というものも歯止めがきかない。
理想なのはもちろん、自警団も警察も両方健全に機能しているタイプの行政だ。
「自警団の運営費や団員の給与は、主に商会や富裕層からの寄付でまかなわれているはずよ。あ、でも自警団には二種類の所属形態があるの。『正規団員』と『臨時団員』ね」
「あ、私がミーネに勧誘されたのは『正規団員』ですね?」
「そう。たとえばロスは正規団員だけど、アリーさんや、あとサイードさんもおそらく臨時団員よ。正規団員には月給が支払われるけど、臨時の方は『特典』があるだけなのよね」
「特典とは」
「詳しいことはミーネさんやアリーさんに聞いてほしいけど、たしか商店街で2割引とかだったかな?あの詰所の食堂も利用し放題なはずよ」
それはなかなかおいしいかもしれない。
「そういえばあなた、アリーさんに請われて、有事の際は自警団に協力するって言ってたわよね?特典用の所属タグもらえるか聞く?」
「い、いえ、それはいいです」
「まあ、そうね。自警団に協力はもちろんするけれど、昨日からきっと自警団が大わらわになってしまっている原因、私があのお店にいたからだものね……」
ああ、落ち込んでしまった。
「サラは何も悪くないのを、私とベフルーズはわかっていますよ。ですからそんな顔をなさらないでください」
「ありがとう、ミャーノ」
街に着いて、詰所より手前にあるライラック通りのアリーの花屋『カゼム』を覗く。
「アリー殿、ごめんください」
「こんにちはー」
「よ。サラ、もっと遅くてもよかったのに」
「叔父さんには夜になる前に帰れって言われたから」
「なるほど、まあそうだな」
「昨日の件のお話は、このまま詰所に行って今いる方にお伝えすればよろしいですか?」
「ああ。団長が担当するって話だったから、行けば通されると思うぜ」
「わかりました、では。…昨日はお疲れ様です」
「アンタがな」
本当はついでに花を買っていくのが出来る大人なのだろうが、今日はこれから用事があるため、悲しいかな邪魔になってしまう。すまんなアリー。
でも、あのチューリップみたいな白い花は、サラの赤毛にとても映えそうだ。
「まあ、ミャーノ。昨日の件ですわね? 災難でしたわ」
詰所の受付に顔を出すと、ミーネが出迎えてくれた。
「ごきげんよう、ミーネ。後の始末をお手伝いもせず、引き上げてすみません」
「いいえ、弟やアリーから色々聞いておりますから。サラちゃん、具合はもう大丈夫?」
「えへへ…。ありがと、ミーネさん。もう大丈夫」
「そう。…では、応接間へご案内します。団長を呼んでまいりますので、お待ちください」
ミーネは受付の少年に茶の手配を依頼すると、私たちを応接間に通してから遣いにいったようだ。
アレだな、ミーネは仕事は仕事でちゃんと応対するタイプのきっちりした性格の人なんだな。
ほどなくして、豊かな銀髪の壮年の男性が現れた。
「お初にお目にかかる、ミャーノ・バニーアティーエ殿。私はシーリン自警団団長を務めております、ザール・ダルヴィーシュと申します」
「お会いできて嬉しいです、ザール殿」
椅子から立ち上がって出迎え、握手に応じる。この人がミーネやロス君のお父さんか。
お掛けください、と促されたので、ついでに立ちあがっていたサラと共に、椅子に座り直す。
そうか、そりゃあ、サラのことは元々知っているよな。
「お分かりかとは思いますが、昨夜の『オジギ亭』での騒ぎについてお聞きしたい。あの場に居合わせた客に今聞き込みをしておりまして、その一環であることをご理解ください」
「はい」
なんか、やけにもったいぶった言い方してくるな。これ刑事ドラマだったら、完全に疑われている容疑者がアリバイの確認をされる流れだろ。
「しかしですな、その前に」
ん?
「うちのタハミーネとはどういう関係なのか……聞いても…………?」
「は?」
団長さんの手が震えている。
「『は?』ではない!うっ…私が団長であるばかりにあの子にはなかなか男が寄りつかず…しかしあの子も別に恋人が欲しいとは思っていないようであったから、そのうちしかるべき婿を私が用意してやろうと思っていたのに…!」
「あの…」
「はっきり言ってくれ!ミャーノ君!な!」
そんなことより昨日の事件の話しようぜ!?
団長さんと私たちの間にあるテーブルに、足を乗せかねない勢いで身を乗り出して迫ってくる。怖い。
「ミーネ…さん、からどのように私のことをお聞きになったのかはわかりませんが、危惧されているのが男女の関係であれば、」
「男女の関係なのかね!!??」
「ちがいます!!!!!! 落ち着いてください、さあ、お茶を、ね?!」
「う、うむ……ふう…」
相手の茶を持って手渡し、肩をさすり、座らせる。
「ミーネさんの名誉のためにも申し上げますが、まず私のような者とどうこうなったりはしておりません。そもそも、私は三日前にこのシーリンに引っ越してきたばかりですし、ミーネさんとお会いしたのも一昨日です」
そんな一朝一夕でどうこうなってたまるか。
「私は女房と初めて会った日に交際を申し込んで、一週間後に結婚した」
「超特急すぎるでしょ」
ミャーノの口なのに都子の口調そのまま言葉が出てきた。そうか、翻訳の術さんもそう思うか。
「私とミーネさんがお付き合いしていたら結婚の段どりを進められていたところでしたね」
「馬鹿者!その前に私と勝負だ!!」
「その前に昨日の事件の話しましょうか!」
「ごめんなさい」
この人疲れるな!ミーネは一体私のことをどう紹介したんだ。
後でサラが腹筋をさすりながら教えてくれたのだが、サラの知っている団長さんはこんな方ではないらしい。「あんな面白い団長さん初めて見た」と腹筋を痛めていた。
聴取が進まないっていう




