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3-4.ピッツェリアのゆうべ

 詰所ではロス君にサイードさんを紹介してもらい、せっかくなので解体はお願いした。お礼をどうしたらいいか尋ねたら、肉のおすそわけでお釣りがくるそうだ。

 びっくりするくらいの手際のよさで、サイードさんはズパズパとバラしていった。

 解体は、よく「ばらす」とルビを振られる気がするが、それは確かに「ばらり」と散らされる様子に違いがなかった。


 モツはロス君のお奨め通りリーマさんへ煮るなり焼くなり、と献上してきた。贅沢な話だが、私もサラもそんなにモツ料理が得意ではなかったのだ。昨日も自警団にはお世話になったので、ちょうどいいだろう。


 そして鹿肉は日を少し置いた方が美味しい、というのはこちらの世界でも同じようだ。これからロス君と飲みに行くという話をしたら、では肉は帰りに持って帰ったらいい、ということで、お言葉に甘えて詰所の受付で預かっておいてもらった。サックの中で温まってしまっても困るもんね。


「ここ。『オジギ亭』。ピッツェリアなんだけど、さっき言った通りグラタンも美味しいんだ」

「いいですね…チーズ料理と酒…!」

「ミャーノのテンションが今日一番上がってる気がするのだわー」

「うっ…私の民族は美味しいものに弱いのです…!」

「ミャーノさんが、じゃなくて民族単位で食いしん坊なのか…まあ南の方もうまいメシ多いって聞くしな」

 南方の民族にあらぬ疑いがかけられてしまったが、悪いことではないと思うので私は謝らない。

 扉を開けると、ドアベルがカラランと鳴る。この音を聞くとなぜか既に美味しい気分になるのは私だけだろうか。

「いらっしゃーい。ああ、ロス坊かい。あっち()いてるよ」

「こんばんは、マリヨーマさん。とりあえずアイラン3つ!二人とも炭酸割りでいいよな?」

 アイラン?なんだっけ?サラが頷いているので一緒に頷いておいた。わからん。

 翻訳能力、ちゃんと訳してくれてるみたいなんだけど、元々知らない(と思う)「地稽古」とか「アイラン」とかどういうメカニズムで訳してるんだろう。できれば私の記憶から構成された適切な単語で組み合わせてほしいのだが…。

 席につくとすぐに、かわいい娘さんがジョッキを三つとナッツ皿を置いていってくれた。

「よっしゃお疲れー!」

「かんぱーい」

「お疲れさまでした」

 飲んでみるとしょっぱすっぱい乳酸飲料という印象だ。今日は歩いたから、こういう味が美味しいのかもしれない。たぶんお酒ではない。二人とも美味しそうにごくごく飲んでいる。

 汗は私もかいていたのだが、登山中こっそり舐めてみたところまったく塩気のある味ではなかった。サラが最初に説明してくれた通り、汗はなるほど、「偽装」なのだ。つまりいくら汗をかいたところで、やはり塩分は出ていかないのだと考えられた。

(汗かいた後のラーメンとビールは最高のご馳走だったんだけどなあ…)

 空腹が一番のスパイス、などと言われることもあるが、今の私はそのスパイスのチャンスを失っているのだ。

 引き換えに使い魔として足り得ているのだろうから、文句は言うまい、…あまり。

「メニューあそこらへんに書いてあるんだけどさ、一番うまいのはやっぱトマトとバジリコとプロシュットのやつ」

 プロシュ…生ハムだっけ?生ハムって訳せよ翻訳の術さんよお。やっぱりチーズはモッツァレラ?水牛(ディ・ブーファラ)だったらいいな!

「じゃあそれをまず。その横のベーコンとエノキダケのもいいですか?」

 あー、もうだめ絶対おいしいわ。

「…サラ、そんな顔してやんなよ」

「だってさあ…ミャーノほんとごはんの時私たちより食べざかりみたいな顔になるのよね…ごはんの時だけはイイ男の顔じゃなくて子供(キッド)感がすごい」

「えっ?何か?」

 サラとロス君が何かぼそぼそと話していたのだが、店内の喧騒が凄くて「ごはん」という単語しか聞き取れなかった。ごはん食べにきてるんだから、そりゃあそうか。

「なんでもねえ。ミャーノさんお酒飲める?エールもあるけど、ワインもあるよ。スプマンテも」

「あっじゃあスプマンテにします。赤とか白とかありますか?選べたら白がいいです!種類はお任せします」

「決めるのが(はえ)え。スプマンテの白ね。北の村産のやつがあるからそれにしよっか」

「じゃあ私もおんなじやつ」

「わかった。すみませーん」

 ロス君に注文してもらうと、ナッツをつまみながらアイランを飲み干したころにちょうど用意されてきた。エノキダケのピザもハーブの香りがよく立っていて美味しかったが、ロス君のお奨めのマルゲリータに近いピザが更に美味しい。

「このスプマンテ美味しいね」

「北の村産のやつは甘めだからって言って俺の親父なんかはあんまり好みじゃないらしいんだけど、俺はこれくらい甘いほうが好きだな」

「うむ、どちらの言い分もわかります…」

「それ単にどっちも好きなだけですよね?ミャーノさんよ」

「どちらも美味しいのだから悪いことではありません」

 甘い炭酸にピザが進む。パンチェッタ(塩漬け豚肉)のグラタンをロス君が追加注文していた。そっちも早く食べてみたい。

「はは…ミャーノさん、変な人だな」

「えっ?変ですか?」

 悪いニュアンスで言われたわけではないことはわかるが、己が異質な存在として召喚されたものであることは知っているので、後ろめたさで若干焦った。

「ああ、ごめんなさい。親しみやすいって意味で言ったんだ。今日の昼まで俺、結構緊張してたから」

「おや、そうだったのですか」

「そうだよ。サラの家族が増えたのもびっくりしたし、その人はアリーさんと渡り合っちゃうし、…姉貴はおかしくなるし…」

 最後のはちょっと同情しなくもない。それは私もびっくりした。

「でももう緊張してないよ。メシの時のアンタは可愛げあって好きだ」

 むしろなんで普段はスカしてんの?とまで付け足された。え、スカしてんの?私。

「言外に食事時は変だと言われているのでしょうか…食べ方変だったりします…?」

 一応、周りの様子をこっそり伺って、おかしな食べ方にならないか確認しつつ食べているのだが。

「食べ方は全然変じゃないよ、ミャーノ?むしろ、かなり上品よね」

「あー、それは俺も思った」

 じゃあ何が変なんだ。ねえ、だからサラ、「食べ方『は』」って言うのやめてもらえませんか。

 腑に落ちない顔を二人に笑われている最中に、グラタンがきた。


 まあ、いいか。

 話題はそのまま流れ、やがてサラ達の学生時代のベフルーズ先生の思い出話で盛り上がった。


 いつの世でもどこの世でも、先生というのは共通の話題のタネになる宿命なのだな。

エールは昼飲む軽いモノ、ワインは夜飲んでも後は寝るだけだしいいよねという度数。

そんな線引きです。


2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。

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