3-1.西の鉱山
ベフルーズはそんなに早く出る必要はなかったのだが、私たちに付き合って一緒に出発し、街へ向かってくれた。
本人は「昨日の仕事が残ってたから」と言っていたが、まあ十中八九方便だろう。
昨日の朝よりも早い時間帯だったが、朝市の関係か街道の人通りはそこそこ多かった。
昨日と同じあたりでベフルーズと別れて、街の中心部にあるという広場へ向かう。
私はまだそこを知らないのだが、もちろんサラは知っているという話だったので後ろからついていく。
クロスボウを腰の後ろ側に下げるためのベルトをベフルーズから借りられてよかった。
剣は左側に下げている。こちらはもともと鞘に、ソマが専用のベルトをおまけでつけてくれていたのだ。
クロスボウはサックに入れようと思ったら入るのだが、よく考えたらこれを手に持ったまま山野をうろついていたら剣が満足に使えない。
「今のところ武器が扱えるのはいいのですが、それの持ち運びとか手入れとか全く知らないんですよね」
「叔父さんがその辺はけっこう詳しいから、聞いちゃうといいよ」
「ええ、そうしようと思います」
広場についた。噴水が朝日に煌めいて、華やかな白い石畳が広がっている。
噴水の石垣の縁に腰かけて、ロス君は私たちを待っていた。
「おはようございます、ロス君。お待たせしてすみません」
「おはよう、ロス。今日はよろしく」
「おはよう。忘れモンとか大丈夫か?」
「まあ、忘れてたら今の時点で既に頭にないものだよねー」
「ま、水筒に水さえ入ってりゃたいていのことはなんとかなるだろ」
うむ。まあ、登山なんてそんなものだな。低山の場合であって、高山はちょっとそれはだめだと思うが。
そして今から登るのは標高自体は1万フィートある山なのだ。
日本の本州の気候だと、夏から秋になった時点で上の方は雪が降り出す。
そして私の常識だと、山で道に迷った時は下ってはいけない。
どうしても移動したい場合は上に登るべきだという話だったが、一番いいのは無論その場から動かないことだろう。
しかしそれは、雪山では適用してはいけないのでは?
少しでも気温がマシな下へ移動した方がいいのでは?
素人なのでそう思うのだが、実際のところどうなんだろう。
とりあえず、今日遭難したら上にも下にも登らず、狼や熊から身を守りやすそうなところを見つけて身を潜めて落ち着いて身の振り方を考えることにしよう。
「じゃ、行くぞー」
「おー」
「はい」
「ミャーノさん、そこは『おー』って合わせてよ」
「お、おー」
ちょっと照れる。
これまで出入りしていたのとは違う街の出口から、はじめましての道へ出る。
ちょうど反対方向だから、ここは西門なのだろう。
外見を見た感じだと、ロス君の装備は十字剣とナイフとクロスボウのようだ。
クロスボウは私のと同じで、巻き上げ式ではない。
昨日のアリーさんへの反応を見るに、ロス君の剣の腕はアリーさんよりも立つ様子ではなかった。トロユのサラへの攻撃に巻き込まれないことを祈るが、初日の一撃が今のところ最初で最後の襲撃という状態なので、いまいち敵の仕掛け方が読めない。いざという時はロス君の盾になることも覚悟しておこう。
私の身体は、彼らと違い、人間という生き物ではないのだから。
「ミャーノさん、あれが今から向かう鉱山。上の方が雲で見えないけど」
「ああ、あれが。鉱山とはいえ、今はもう坑道は廃されているのですよね」
ベフルーズが教えてくれたのだ。
「うん。100年くらい前、俺たちのひいじいちゃんのじいちゃんたちの時代に採掘されてたんだって」
「もう掘り尽くしてしまったのですか」
「そういうわけでもないらしいぜ。だけど元々質のいい鉱物が採れてたわけじゃないんだってさ。そこに魔物まで住みついちゃったから、捨てたんだって聞いてる」
「おや、それはもったいなかったですね」
「だよなー。坑道作るの大変だったろうにさ」
そういえば、このあたりは何か名産はあるのだろうか。外貨を稼ぐ手段として鉱物というのは有効だったでしょうに。まあ、朝夕の市を見る限りは、農業や林業の発展は順調なのだろうとは感じている。服飾品も安価なものが流通しているようだし、ロス君が聞いている通り、鉱業はそこまで必須ではなかったのかもしれないな。
戦争でもなければ、鉱物は他の地域から十分仕入れられるのだろう。
――そうなのだ。鉱物とか石油とか、そういう資源が乏しい土地は、平和な時は問題ない。
戦争とか、国同士の存亡がかかってくると途端にその流通はぶち壊される。
日本だって……そうだ、それで大変だったって…第二次大戦の話だったよな?
聞いたことがある、だけだよな?
自分の経験のように思い出していたのは、気のせいか。
しばらく歩いていると、林が密になってきて、逆に山が見えなくなってきた。
「4合目くらいを目標に登って行くけど、道があるところは道を歩いてくれ。藪こぎしないといけないとこは、俺の後ろにくっついてきてくれよ」
藪こぎというのは、草が生い茂っている場所を分け入っていくことだ。
私は趣味程度の登山だったので、友人に案内を請われて登る機会以外は割と一人で登ることが多く、藪こぎの際も一人だったわけで、パーティありきの藪こぎに長けてはいないのだが、想像はできる。
藪こぎはもちろん一番前の人間が虫やら蛇やらで最も危ないが、後続の人間も別の要因で危ないのだ。
先頭が気を遣わずに分け入っていくと、反動で跳ねた草や枝が、後ろの人間を攻撃してくる。
ロス君はそれを考えると気遣いのできる少年のようだ。
ここまで歩いてくるところでも、ちゃんとサラの歩く速度にさりげなく合わせていた。
なお、先頭はロス君、真ん中にサラ、殿が私という列を作って、細い道を歩いている。
割となだらかな道だけど、この感じはもう麓を登りだしている。
地稽古の時の耐久力を考えれば問題はないと思うのだが、この脚は山登りに果たして適応できているのだろうか。
普段デスクワークで運動不足甚だしい状態の身体で10時間山道を歩き通し(もちろん数分休憩などの小休止は挟んでいる)たことがあるが、その時はまさに足が棒のようになったし、歩き方が悪かったのか股関節がとにかく痛かったのを覚えている。
ただ山登りをして帰ってくるだけなら問題はないが、今自分は鹿を狩りにきているのだし、狼や熊が現れたら逃げるか倒すかしないといけない。
最悪、トロユがここで襲撃してくることも想定しておかないといけない。
(頼むぞ~…健脚であってくれ…)
ロス君はいい子。
ブクマ9件ありがとうございます…!
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。




