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2-11.秘密にして

 玄関で靴の土を落としていると、ベフルーズが帰ってきた。

「お帰りなさい、お疲れ様でした」

「おー。あ、荷物届いてたか?」

「はい、ありがとうございました」

 新しい下着のことだ。後で風呂を使わせてもらったら替えさせていただこう。

「すぐ晩飯にすっから待ってな」

「お手伝いできることはありますか?」

「ん、いいや。ありがとな」

「わかりました」

 普段一人で調理しているなら、私が並ぶとかえって邪魔になりそうだ。大人しくしておこう。

 ハンバーグは果たしてハンバーグなのだろうか。楽しみだなぁ。


 サラも奥の納戸から出てきて、ベフルーズを出迎えていた。

「明日山にいくことになったから、ミャーノに叔父さんの雨合羽とこのロープとあと水筒貸してね」

「いいけど」

 コート掛けにジャケットをかけながら承諾してくれた。

 キッチンに入りながらエプロンを手早く装着する。

「ガイドは捕まったのか?」

「ロスができるって。依頼料もちょっとまけてもらった。それと明日は晩御飯、街で食べて帰るね」

「ああ、わかった」

 流しに向かっているベフルーズの背中に話しかけているサラを見ていると、二人が親子のようだ。

 一人暮らしがそこそこ長かったがためにご無沙汰な光景に羨ましくなって、つい混じってしまう。

「ベフルーズ、アリーさんをご存知ですよね? 今日お世話になりまして」

「えっ?花屋のアリーだよな。なんで?あ、詰所か」

「はい」

 アリーにからかわれても可哀想だから先に言っておいてあげるか。

「『アリー兄さん』と呼んでいいとまでお言葉いただきましてね」

「ああ、言ってたわね~。“叔父さんより『俺の方がミャーノの戦闘スタイルに近い』”から、なんて兄の座を奪おうとしてたのだわ」

 サラがアリーの口調を物真似してみせた。似てる似てる。なぜか目つきまで似せながらやってのけた。器用か。

「兄の座ぁ?そもそも俺はミャーノの兄じゃないんですけど」

「わかっておりますよ」

 サラと一緒にケラケラと笑う。

「って待て、戦闘スタイル?ミャーノおまえアリーとまさか」

「地稽古させられてたわ。なんかミーネさんが物凄くミャーノを気に入って、今日はずっと勧誘されてたのよね、自警団に」

 ね、と話を振られる。

「いやあ、アリーさんをガッカリさせるような動きにならなくてよかった」

「おまえ、怪我とかは?」

「いえ、木剣での撃ち合いを30分ほどしただけですから。お互いに一太刀も打たれてはおりませんよ」

「もし怪我したとしても私が治してるわよ、叔父さん。それにアリーさんの方が先にバテて音を上げてたくらいなのだわ」

「うわっだらしねえ…しかしおまえホントにそこそこ使えるんだな。いや、サラちゃんが『戦闘に長けた使い魔』として召喚したんだから、強いんだろうとは思ってたけどさ」

 おや、そんな条件付きで召喚されていたのか。

「私も意外でした。私は召喚されるまで、なんと言いますか、戦闘技能が不要な環境で生きておりまして…」

「あー…そうなのよ叔父さん。ミャーノは、以前は商店で事務方をしていたのですって。でも、何となくわからないでもないわよね」

 サラはベフルーズに話しかけながら、しかし私に向かって視線のみで「ごめんね」と言ったように見えた。

 今、もしかして話を遮られた?ちょっと黙っていようか。

「へー。もしかして帳簿とか得意?」

「いいえまったくぜんぜんだめです」

 黙っておいてはいけない事項がいきなりきて、試みはもたなかった。

 私は大学で簿記の単位を落とした女です、お役に立てなくてごめんなさい。


「ミャーノ、明日の準備先に終わらせてしまいましょう」

「はい」

 ダイニングから廊下へ出て、先ほどサラが納戸から持ち出していたロープなどを拾いつつ、二階へ上がっていく。


 上りきってキッチンの音が遠くなった辺りで、察した通り話しかけられた。

「ミャーノ、お願いがあるのだけれど」

「何でしょうか」

「あなたが元いた世界で女性だった、というのは、私以外には秘密にしてほしいのだわ」

「ああやはり、先ほど、私がベフルーズにそれを言うと思われて止められたのですね」

「ご、ごめんなさい。使い魔ということを家の外では隠させて、色々嘘をつかせてしまって申し訳ない気持ちはあるのよ。家の中では…叔父さんくらいには、嘘をつかないでいいあなたにさせてあげたい気持ちもあるのよ。でも…」

 向き合って、私の両手をとって、意を決したように目を合わせる。

「でも、私の使い魔なのだから、私とあなただけの秘密があるのは、いいな、って…」

「サラ…」

「あと、叔父さんがあなたの元の性別知ったら自然に振る舞えなさそうな確信が姪としてあります」

「う、うーん」

 男同士だからこそ気楽ということもあるか。

「サラは?」

「えっ?」

「サラは、魂と肉体の性別が分離しているような私に、戸惑いはないのですか?」

「それはない、かな」

 即答だった。

「私はね、強い使い魔を召喚した。でも術式の条件には組みこめなかったけど、『同性』の使い魔だったらいいなとは思ってたのよ。あなたがオス――人間の男だってわかった瞬間に、そっちの希望はすっかり頭から追い出していたけどね」

 今「オス」って。いいけど。

「だから、元の性別が女性だったって聞いて、喜んじゃったの。ふふ」

「なるほど」

 男性として困ったことがあったらベフルーズに相談もできるだろうか、と思ってはいたのだが、そもそも男性だったフリをするのであれば、その行動はおかしそうだ。

「そういえば、年齢は二十歳(はたち)なの?」

「あー…」

 サラには言おう。

「実際には26~29…?くらいなんです。ちょっと若返った感じしますね」

「え?年齢曖昧すぎない?そんなお爺ちゃんみたいな」

「それが正確に思い出そうとしたらちょっと…なにやらそのあたりの記憶が曖昧で…」

 再構成とやらのシステムの弊害なんですかねえ、と苦笑する。

 しかしサラは少し考えるような顔をしていた。

「サラ?」

「…ううん。まあつまりは、アリーさんや叔父さんくらいなのね」

「ですね」

 気持ちを切り替えて、パッキング――単なる山登りの荷物の準備だ――を始める。

 これでよし、とサックをぽんと叩いたら、階下からベフルーズが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

 ソースのいい匂いもしてきたところで、また腹の虫が鳴いてしまい、サラには笑われてしまった。

この地方の料理文化は豊かです。食の楽しみがあってよかったね。


2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。

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