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1-2.サラとミャーノ

「あっえっあの」

「え?あ、ああ、そうよね。気が回らなくて悪かったわ」

 少女はバツが悪そうにそう言うと、羽織っていたビロードのような生地の布を背中に掛けてくれた。事態が把握できていないが、とっさに端を右肩の方にずらして、肩から膝までを覆い隠す。


 ついてる。ついてた!なんかついてた!!

 そして割と立派だったぞ!?


「羞恥心があるのね。なんだか人間っぽいわ」

「人間ですよ、私は!」

 ああ、――声が低い。私の身体が、私じゃない。


 夢にしては、石畳の床がとても冷たいし、ついている膝がだんだん痛くなってきているのが生々しい感覚すぎる。


「あら、ごめんなさい。私も妖精や悪魔ではないわ。人間よ」

「は、はぁ」

「でも私はあなたを召喚したのだから、あなたはここでは人間ではないのよね。使い魔さん」

「使い魔?」

 そして今「召喚」と言ったか?

「ほら、見て!師匠の使い魔と同じように私たちの(しるし)が刻まれたわ!」

「えっ?」

 むき出しの右肩を撫でられてビクリとする。

「ということは私にも…あった!やったぁ!」

 少女はブラウスのボタンを少しだけはずして、左肩を露わにして見せた。

 自分の右肩はよく見えないが、少女の白い左肩に、青――鮮やかなアクアマリン色が刺青(いれずみ)のように、複雑な模様が描かれていた。

「右手を出して」

「はい」

 素直に右腕を少女の前に持ち上げる。自分の知っている自分の腕ではない。「筋骨隆々」という四字熟語が脳裏に浮かんだ。

 少女は私の右手に、己の左手をそっと合わせる。掌が熱い。

 彼女の左肩は露わになったままだったが、青い印はぼんやりと蛍のように光りだした。

 誘蛾灯のよう――心がフワフワする。

 私はあの青い光がどうにも苦手だった。


「――ミヤ…ミヤコ…?」

「はい、葛野都子(くずのみやこ)です」

 呼びかけられて、習慣で自分の姓名を告げる。

「うーん…“ミヤコ・クズノ”ねえ…『ミャーノ』でどうかしら、それなら呼びやすそう。」

「ミャーノ」

 猫の名前みたいだし何となく「宮野さん」のあだ名みたいだ。

 そう思いながら復唱したら自分の右肩から赤い光が放たれ始める。

 青い光と赤い光がとけて混ざるのを眺めていた私は、彼女の名前を思い出したかのように口にした。


「サーラー…」


「ええ。サーラー・バニーアティーエ。サラでいいわ。あなたの主人よ」


「主人?」

「さて。ここでちょっと待ってて。お父様の服でも持ってくるわ。サイズが合うかちょっとわかんないけど、獣と違って裸で市場に連れて行くわけにもいかないものね。」


 こちらの疑問には殆どなにも回答をくれず、窓以外の唯一の出入り口であるようだった木戸からサラは出て行ってしまった。

 ちらりと見えた外は芝生が見えたので、ここは地上階というか一階であるらしい。地下のような暗さは窓が灯り取り程度のものでしかなく、小さいせいだろう。

 服をくれるということであれば有難いので、そりゃあ待つけれども。膝が痛いのでとりあえず立ちあがってみた。


 目線が高い。


 ここ10年ほど背は伸びていない私の身長は、167センチ。先月の健康診断でも体重にすら変化はなかったはずだ。

 幼いころの肩車された記憶を彷彿とし、かすかに眩暈(めまい)を覚えた。

足も大きい。というか、ごつい。


 なんとなく明るい方へ移動すると、己の身体の色も確認できた。緑色だったりはしないが、この身体はどんな顔の持ち主なのだろう。鏡が欲しい。


 すね毛は生えていない、と無意味に安心したが、産毛は生えていた。薄茶色の。

 おそるおそるマントの中を覗くと、体毛が全体的に薄茶色っぽい。髪の毛もそうなのだろうか。

 頭に手をやると…短い。私の髪は一つ縛りでまとめられるほどのセミロングだったはずだ。

 胸もない、と言いたいのだが、元々貧相な胸だった私のその部分は発達した胸筋がしっかりと貼りついている。


 性別どころか体つきまでまるで別人な今、髪型など元のままなわけがなかったか。


「お待たせ!服の着方わかるかしら。わからなかったら男の人呼んでくるけど」

「ええと」

 走ってきてくれたようだ。サラの身につけている衣装はゆったりとしたローブのような衣装だったが、ああいうものにこそ着付けの仕方がありそうで「一人で着られる」とすぐに返答できない。

 サラが抱えている服はきちんとたたまれていて、どういう形か推し量れない。

(どうせ自分の身体ではないのだし――)

「申し訳ありませんが、お願いします。」

「わかったわ。すぐ呼んでくるからね。ここにいてね!」

 念を押すと、服を置いてまた飛び出していく。

 そんなに言わなくても、裸で出ていけないのになあ。

 ほどなくして、若い男性が連れてこられた。

「ベフルーズさんよ。お願いね、叔父さん」

「えっ?サラちゃん、叔父さんこの人怒っていい?使い魔じゃなくて恋人できたらちゃんと叔父さんに紹介してからお付き合い始めてねって叔父さん言ったよね?」

「違うわよ!!!!ほら、これ!!!!」

 サラはベフルーズおじさんとやらを怒鳴りつけながら、さきほどのように左肩をむき出しにして指差している。

「ミャーノ、右肩見せてあげて!」

「あっ、はい…」

 剣幕に逆らえず、――別に逆らうことでもないのだが――言われるがまま、マントのあわせから右肩をのぞかせた。

「≪フォルーフ≫――契約を示せ」

 さきほどのように光り続けるというよりは、明滅。やはり自分の肩には赤い灯、彼女の肩は青い光だ。

 もっとも、サラがいる場所は陽光のほうが勝っていて、そんなにはっきり発光しているようには見えなかったのが残念だったけれど。


「マジかぁ…サラちゃんの使い魔が若い男…ウッ」

 私のことだよね?若い男なのか。切実に鏡が欲しい。

「あの…申し訳ありませんが、ベフルーズさん?私もこのような姿形(なり)のまま居りますのはやや気が引けまして…お手数なのですが、服を」

「ああ、わかった。ええと、ミャーノ?だっけ?」

「…あ、はい」

 もうミャーノでいいや。

「サラちゃんはちょっと表に出てて。使い魔と言ったって完全に普通に男だからね。」

「はぁい、よろしく~」


 ベフルーズは無言で、サラがさきほど持ち込んできた服を広げ、サイズを見るかのように私の身体にあてた。

「あの…?」

「兄の服なんだ。」

 サラはさっき「お父様の服」と言っていた。“おじさん”じゃなくて“叔父さん”、か。そうだよね。どう見ても二十代だよね…「おじさん」呼ばわりはひどいよね…。

 それでもサラは中学生か高校生くらいだから「おじさん」かもしれない。そう思い当たって自分の元来の年齢とその場合の自分の呼称を――私は考えるのをやめた。

「サイズはちょうどよさそうだけど、多少大きめでも俺の服のほうがよかったかもな。これじゃちょっとおまえさんには老けてるよ。」

 確かに彼の方が背は高い。懐かしむように目を細めるベフルーズを見て――ああ、この人の兄は、サラの“お父様”はもう故人なのだろうか、と直感した。

「サラには召喚祝いに小遣い奮発してやるかあ。主人を立派に見せるようなかっこいい服選んでもらえよ」

 手早く着つけられた服はチュニックに綿のようなゆるいズボン、それに厚めの布を斜めに巻きつけてベルトで固定した、比較的ゆったりしたものだった。ベフルーズも同じような衣装だ。

 下着だけは自分で穿いた。ステテコのようなものだったが、ブラブラしていて心許なかったそれが安定してぴったりしてやけにホッとしたのだった。

「おっと靴がないな。靴は俺の貸してやろう。それも買ってもらえよ。」

「ありがとうございます」

「下着はサラに買わせるのもなんだし、それだけ俺が買ってきてやろうな」

「いたみいります」

「……礼儀正しい使い魔だなあ、ミャーノ。」

 ベフルーズの手が、くしゃりと私の髪を梳く。

「……あの?」

「いいかい、主人に変な気起こしたら叔父さんミャーノのこと天に還すからね」

「えっ、はい、ベフルーズさん」

 私は実際には女でいわゆるストレートだし、彼が心配しているような気は起こさないと言えるけど。――言えるけど、その理由をどう伝えればいいのかわからないから、結局「はい」としか答えられなかった。


 ベフルーズは私の頭から手を離すと「よし」とだけ呟いて、開かれたままだった木戸から外へ出た。

 サラの声が聞こえて、やがて入口に彼女が姿を現す。


「ごはんとか食べられるかな?とりあえず、街を案内するよ!新しい服と靴買ってあげる!」

「は、はい、サラ。」


 冷たい石の床から裸足のまま、芝生に足を踏み出した。

 空は青い。吸い込んだ空気は土の香りがした。

 さっきまでそんなことには思い至らなかったが、とても喉は乾いていたし、お腹が急に空いてきた。

 しかし。


「あの…今更なのですが、私無一文なんですが、本当にお世話になってもよろしいのでしょうか」

ミャーノの身長は186センチくらいです。

次回街に行きます。


2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。

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