2-9.お腹の鳴る使い魔
「ミャーノ、アンタはいくつなんだ?俺より年下だよな?しかし17、18にしてはしっかりしてる感じなんだが…」
そんなに若く見えてますか?ほぼ高校生じゃないか。
「童顔でお恥ずかしい。今年で21になります」
誕生日で年をとるのか、元旦で全員いっしょくたにとるのか、この文化はどちらなのだろう。
20歳という年齢はもちろん適当だが、この外見からの印象で私が推測した肉体年齢なのだから大きく間違ってはいないだろう――そこまで考えて、私は葛野都子の現在の年齢が正確に思い出せないことに気づいた。27?28だっけ?ん?――あれ?…うう、ここ3年くらいの誕生日の記憶が曖昧だな…。
「すまんすまん。じゃあベフルーズは新しい弟ができたみたいで嬉しいだろうなあ。俺のことも兄みたいなもんだと思っていいぞ。なんならベフルーズの前で『アリー兄さん』って呼んでくれてもいいからな」
「あて付けにすらなりませんぞ」
「いーや。絶対拗ねるねあいつは。なんせどう見てもベフルーズよりも俺の方がアンタの戦闘スタイルに近い」
魔術を遣わない白兵戦派、ということですかね。
アリーは、私が握ったままだった木剣を回収して壁にかけると、先ほどの少年たちの元へ行き、何やら話す。
「メシにしよう。すっかりペコペコだよ」
アリーとミーネの案内で、入ってきたところとは別の訓練所の出入口をくぐると、ちょっとした食堂があった。長机がずらっと並び、丸イスが備え付けられているスタイルだ。部活やゼミの合宿で行った研修施設の食堂を思い出す。キッチンカウンターでは、40歳くらいの女性と、お手伝いらしき数名の少年少女が、せわしなく、しかしてきぱきと配膳していた。
「こんにちはリーマさん。お手数なのですが、私たちの分以外にもこちらのお二人のお膳もお願いいたします」
「こんにちはミーネ。初めてましての方だね?賄いメシだけど、おかわりはできるからね」
「ご馳走になります」
サラと私は動きも揃えて礼を述べた。
ちょっとした時に挙動がぴったり重なるのって、なんか嬉しいよね。
受け取ったお膳には、昨日も食べたクスクスとタイ米の混ぜご飯のどんぶりと、大きいソーセージが3本、アジのような焼き魚が一尾、コンソメの香り漂う透明感のあるオレンジ色のスープ、あとはザワークラウトとマッシュポテトと思われる付け合わせが添えてあった。
シンプルな料理ラインナップですが、これは食べ甲斐がありますぞ、サラ殿…!
ソーセージや魚の香ばしさがコンソメと混ざったところにザワークラウトの酸味のある香りがスッキリと、がっつりと、食欲を刺激してくる。
さっきまで私はやはり緊張していたのだろう、お膳を受け取るまで胸がつまっていた感じだったのに、受け取って席についたとたん、胃の中のものが突然根こそぎどこかへ行ってしまったような強烈な空腹を感じる。
きゅう、と音まで鳴ってしまった。やっぱりあるな内臓おまえ。
「ミャーノお腹鳴ってる」
「…鳴りましたね…」
「ミャーノお腹鳴るの」
「…ええ、鳴りましたね…」
「サラお前なに言ってるんだ?腹は減ったら鳴くもんだろ?」
ロス君ありがとう。でもサラの言いたいことはわかる。後で心臓の感触もあることを報告しておかなければ。
めいめい、食事の前の祈りを行っている。ミーネとロス君は同じ祈りだが、アリーは違う形式だったし、アリーについてきた少年たちもバラバラだ。他の誰ともサラとベフルーズの祈りもまた異なる。
宗教や宗派が割とバラバラなのかもしれないな。なら私も目立たなさそうだし、いつも通りでいいか。
「いただきます」
おかわりは遠慮しておいた。
食事には大変満足いたしました。思わずお腹をさすると、向かいにいたアリーがコーヒーを啜りながらぼやいてきた。アリーもおかわりはしていなかったようだ。少年たちは、ごはんとソーセージと魚をおかわりしていた。
「全開で『うまかったー』って顔してんなあ…」
「美味しかったですからね。いやあ実にご馳走様でした」
「俺が『参った』って言った時のアンタの表情と対極的すぎるわー」
「そんなに顔に出てましたかね」
それは失敬。
「アンタはお嬢にけしかけられてただけだが、ああいうのは好きか?」
「地稽古のことですか?」
「おう」
「嫌いではないですよ。単調な動きではないですし、相手は敵ではないですし。楽しかったです」
「楽しかったか、そっか。またやろうぜ」
俺最近自分より動ける人間とやってなかったからさー、と呟いている。
アリーは強いと思う。お互い「続ける」ことを意識していたから、決定打を出すことはしていないが、試合や実戦であれば二、三合で勝負はつくだろう。
一度、誰も見ていないところで二人きりでこっそり試合をしてみたい。
誰も見ていなければ、アリーが勝っても負けても、アリーの評価は左右されないから、問題はないだろう。
日の高い内に帰路についたのだが、最後に街で今日一番驚いた話がある。
「ミャーノ、キイキイ鹿を狩りに行くということでしたが、キイキイ鹿の見た目は御存じなのですか?」
ミーネの問いに、いいえ、と答えながら「鹿じゃないのか?」と思っていると、やはり、という顔をして詰所の本棚にあった図鑑を持ち出して、キイキイ鹿のページを見せてくれた。
「…………なるほど、猿ですね」
人面ジカ、ではないが、猿面ジカがそこにはいた。
「身体部も肉質もすべて一般的な鹿なのですが、鳴き声と頭部は猿なのです。この辺では珍しくないのですが、他の地方の方はキイキイ鹿に結構驚かれるみたいなので。…よかったです」
「ええ、ありがとうございました」
いきなり山林で遭遇したら悲鳴を上げていたかもしれない。
サラは呑気に「えー。この辺にしかいないんだー」と感心していた。
キメラですわもう
ブクマ8件ありがとうございます…!
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2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。




