2-7.姉弟、ミャーノの腕を見る
「よかった、まだいた。いいクロスボウあったか?」
表通りから、ロス君が少し息を上がらせて入店してくる。
「ええ、試し打ちをさせていただきました。どちらにしようか迷っているところです」
そう、今は目の前のクロスボウ。先のことも前のことも今は置いておこう。
今の私が生き物ではなく、「再構成」された物質のようなものなのであれば、元となった日本の葛野都子はどういう状態なのか。
葛野都子という人間が、「現時点でどうなっているのか」は知りたいが、それとサラの窮状を何とかするのは別の問題で、最優先事項だろう。
「値段はどちらも3500銅貨なのですね」
「180ポンドのは元々7000銅貨で売ってたんだけど、単発のは最近、巻き上げ式が人気でね。売れ残ってたから半額セール中なのさ」
巻き上げ式、と言いながら、弦をひっかける場所の近くにハンドルがついているタイプのものをアヤは指した。なるほど、放水ホースのドラムや手回し発電機のようにあのハンドルをグルグル回せば、筋力がなくても弦を引けるんだな。
この腕と背筋は難なく引っ張っていたから、時間のかかりそうな巻き上げ式よりも、手で直接張るこちらのボウのほうが私にはいいだろう。
「そういえばお隣にあげたクロスボウは巻き上げ式じゃなかったから私も叔父さんも使えなかったのよね」
叔父さんもなの?
「そうだねえ、180ポンドのはけっこう重いから、ドワーフとか軍人が使うらしいね。150ポンドのなら、ある程度鍛えてる人なら楽に引けるよ。わたしも引ける。150で威力は十分だしね」
「ロス君はクロスボウを使われるのですか?」
「…使うけど、俺も150。何?180ポンドの買うの?無理すんなよ」
「こら、ロス!ミャーノは軽々と引いてたわよ」
ミーネが叱りつけていると、サラが無言で、おもむろに私のジャケットを脱がせ始めた。
「サラ?」
何がしたいのかわからないが、特に抵抗する理由がないのでされるがままになっていると、今度はシャツの長袖を二の腕までまくりあげる。
「見なさいよ筋肉。言っとくけど太ももも胸もお腹もバッキバキなんだからね」
「――!着やせするタイプだったのですね、ミャーノ!」
「腕はともかく、なんで、はとこの太ももと胸と腹のバッキバキ状態を知ってんだよ!?」
姉弟が、方向性は違うものの興奮している。落ち着いて。
「おやめください、サラ。何をなさるのかと思えば、まったく――」
「だってロスがぁ。ミャーノは服着てるとスラッとしてるからぁ。でも、やっぱりあなたは肌見せファッションより隠すタイプの方がグッとくるのよね…悩みはつきないわ」
「そんなことで悩まないでいただけませんか…」
もっと困っていることがいっぱいあるから、私をこの世界に喚んだんでしょうが、あなた。
「わかるわ、サラちゃん。さてはミャーノの服はあなたのチョイスですね?よい仕事をしました」
「えへへ、でしょー」
意気投合する女性二人から視線をそらしながら、袖を戻してジャケットを羽織っているとロス君が寄ってきて気まずそうに確認してくる。
「…背筋と、腹筋だけ、ちょっと触ってもいい?」
「ロス君まで。構いませんが、大したものではありませんよ」
「――おお…うわあ…背中すげえ…ええ~…そんな顔してウソだろ…着衣詐欺」
人聞きの悪い。
「あの、ロス君。ちょっとでしょう、『ちょっと』。くすぐったいのでもう勘弁してください」
「ハッ!? どさくさに紛れてミャーノに狼藉をはたらくなど、ロス!羨ましい!!」
ミーネさん黙って。あなた頭良さそうな美人なのに。目が血走ってますよ。
「ミャーノ、私も触っても…」
「ご遠慮ください、ミーネ」
きっぱりと拒否した。困ったような顔をしながら言葉を付け足す。
「女性にそんなことをされては、色々と私も困りますので」
「昨日はテンション変な叔父さん相手に大変だったもんねー」
「サラ」
まだ引っ張るのか、その件!怒るよ!!
「え?先生に何かされたの、ミャーノさん」
「ベフルーズ先生…!?」
「……何もされてませんから」
実績としては、本当に何もなかったも同然だから。怒るよ。
「ねー。クロスボウは180ポンドの買うでいいんだよねー?」
アッ、ハイ。それください。
アヤは焦れるでもなく、のんびりと我々の脱線を眺めていたようだ。
実力じゃなくて、単に生腕を見るというだけでした
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。