13-29.これはただの飲み会なので・後編
「はいどうぞ、入ってよろしいですよ」
「……んじゃ。あんまり聞き耳立ててくれるなよ」
その酒場のトイレのボックス型個室には、猫の仔を通す程度の換気用小窓しかついていない。そのことを確認して、私はグラニットと位置を入れ替わった。
私とて聞き耳は立てたくない。が、トイレと店内の広間を繋ぐ廊下自体には人が通れる大きさの窓がちゃんと存在してしまっているため、トイレの個室のドアの前から離れるわけにもいかない。グラニットはそれを承知して先の台詞を口にしたのだ。そしてこの使い魔の身体の耳は恐らく常人のそれよりも性能が良い。
無だ。無になるのだ。
ビラールとガラシモスを二人きりにしてきてしまったけれど、ガラシモスは口を滑らせて妙なことをビラールに吹聴したりしていないだろうな、などと気を揉んでいたら、用を済ませたグラニットが出てきて、目を伏せていた私の腰をつついてそれを報らせた。
「目閉じてちゃダメじゃん」
「さすがに目の前通過されるのは気が付きますって。それでは戻るといたしましょう」
「……あんた、俺が逃げるなんて、もしかしてちっとも思ってないのか?」
「警戒はしてましたって。それとも疑われたいのですか? その性癖はちょっと変わっているものと自覚された方がよろしいですよ」
「誰が特殊性癖だ! もういい! 戻ろうぜ!」
拗ねたように首を背け、私の先に立って歩くグラニットの背中を上から見下ろすように眺めてついていく。
口にしてはいけないのだろうけれど、私は思っている。
『逃げちゃえばいいのに』――
だけど同時に、そんなことをしたら、彼はまっとうな世界で暮らすチャンスを今度こそ喪うのだ。
彼は恐らくそれが理屈でわからないほど愚かではない。
付け加えるなら、残党がうろうろしていたりするなら話は別だった。
グラニットがかつての味方から害されることが想定される状況であるならば、さすがに他人事の私でも後味が悪い。厳しく監視をし、彼を守ろうとするくらいはやっただろう。
現状、単純に大してやる気がないだけだ。
「これはただの飲み会なので」
「……?」
突然、それだけぽつりと背中から掛けられたグラニットは、きょとんとした顔で私を振り返る。
「畏まらねばならぬとか、思っているなら、もっと楽になさってください」
「…そんなこと言われても…」
「私は少なくとも現時点ではまだ公務員の身分は持っていないですし、騎士団がなぜか私を信任してあなたの監督を命じたつもりでいるだけですし」
「だからってあんたが俺を取り逃がしたら――」
「大丈夫ですよ」
基本的に愛想の足りない私であるが、その口の端を、意識して無理やり上げた。
「あなたがあなたを大切にしたいなら、あなたは逃げたりしないでしょう」
私はそれに付き合ってやるだけでいいのだ。
「……無責任」
そのぼやきが広場に足を踏み入れるタイミングだったこともあり、私は(できていたかどうかはわからないが)にっこりと笑みを深めるにとどめる。
さっき取ろうとしていたシュラスコはちゃんと残してもらえていたが、オリーブのキッシュはさっさと全部平らげられてしまっていた。――ガラシモス、貴様。
椅子に腰かけて、一息ついてから私は口を開いた。
「なぁビラール。頼みがあるんだが」
「いいよ」
いいの!?
「待ってくれ、せめて用件は言わせてくれ」
「グラニット君をウチに泊めてほしいって話だろ?」
「えっ?」
その通りなのだが。当人であるグラニットはぽかんとしている。
「もちろん今晩は私も一緒に押しかけますよ」
「そ、その点を不安に思って聞き返したんじゃねえんだけど」
「済まないな」
グラニットに采配の権がある話ではないので、その戸惑いを無視する勢いで私はビラールに向き直る。
「頼まれるかと思って、朱雀には確認してあるから。しばらくなら俺んとこ滞在してもらっても大丈夫。工房の休憩所には少なくとも、常に誰かしら詰めてるから。監視はどうすんだって心配なら要らないよ、グラニット」
事後承諾でいいやと思っていた私と違って、工房主であるビラールはさすが根回しがきちんとしていた。涼しい顔をしておいたが、内心少し反省している。
「それにしても、自分で自分の監視の目が緩む心配するって、キミも因果な性癖もってるね」
「だから! 誰が! 特殊性癖もちだ!!!」
この案件に何の関係もないガラシモス、私の分だったはずのキッシュを胃に収めたガラシモスだけが、そのグラニットのツッコミに呵々大笑していたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
>>今度は次回更新予定を最初から二ヶ月後に設定するぞorz
>>11月中予定です…!
>また予定延ばしてすみません orz orz
>年内…年内にします…
ダメだった!情勢がもう駄目だった!!
今年もお世話になりました!
来年もよろしくお願いいたします…!!
評価入れて下さった方本当にありがとうございます…!




