13-28.これはただの飲み会なので・前編
「どうして私はついていっちゃいけないのよ」
「他が全員男だからですよ。アリー殿とサイードさんが飲みにきた時は私を見捨ててあっさり引きあげた癖に…」
「それはそれこれはこれよ。あなたたちの中に無頼漢なんて居た?」
「そういう心配はこの際ないとして、サラ、たぶん男――いえ、男でも女でも、性別というのは割と厄介なものなのです」
「……? 一番ややこしいことになっているあなたが何を言い出すの」
我が主が痛いところをついてくるが、だからこそ私にはサラを押し留める根拠があった。
「いやー、やっぱ酒は男だけで飲るのが一番気楽でいいよな~」
「然り。供の…私が供をしている役人は女性故、行儀にいちいち気遣わにゃらん。いい加減参るわ」
ほらやっぱり。男ってどこの世界でもそう。
ビラールの軽口に豪快に笑い返すガラシモスの、その無骨な顔をつい胡乱な目で見てしまいながら、胸の裡だけでため息をつく。
まあその胸も今は立派な胸筋でふっくらしているんだけれど。
「ミャーノ何食べる? って、アンタもう食べてきたんだっけ」
「何でもいいから肉が食べたいな」
「あれっ、珍しいね」
夕餉に戴いたシチューは美味しかったし、具もしっかり入っていて食いでがあったのは間違いないのだが。
「足りてないわけじゃあないんだ。男同士の誼だ、アークに告げ口しないでくれよ」
「よかろう」
ガラシモスには頼んでいない。
何を鼻の穴を膨らませて胸を張っているんだ。
「アークが誰のことか分かってもいないくせをして…」
そう私がボヤくと、ビラールが私の袖をくいくいと引っ張ってきた。
ぽそぽそと喧騒に隠れるように耳打ちしてくる。ビラールは本当に耳打ちが好きだな……。
「俺もこのオジサンが何者なのか知らないんだけど……」
「あ、悪い」
そうだった。紹介とか一切しないまま、ビラールと落ち合ったカモシカ亭の前で何故か当然のように合流したこのオッサンと同席させていた。申し訳ない。
「えーっと……」
どう紹介したものか。
シーリンで暴れてピッツェリアを半壊させた犯人だなんて話はもちろんできないし…
「ガラシモスは…………トロユの外交官のお付きの人?」
「なんで疑問形で言ったの?」
この期に及んで不審になってしまった。
外交特権がブロシナさんにはあるとはいえ、こいつ本人は不審者だし密入国者に違いはないのだから仕方がない。
ガラシモスは相変わらず胸を張っている。
キア達に自己紹介する時にも外交官の従者と言っていたから、それに私が従った形になったのか。
狭量の自覚はあるが、ガラシモスの希望した行動をとったと思うと何か腹が立つな。
「まあいいけど。ガラシモスさん、俺はビラール。鍛冶屋だよ。彼はグラニット。無職」
「無職だけどさあ!!!!」
「やめてくれビラール、それを言ったら私も今は無職なんだ」
まとめて運ばれてきた四杯のビールをそれぞれの前に配りながら唸って抗議する。
「そんじゃ、かんぱーい」
ビラールの音頭で男四人が杯を掲げた。
そう、実はグラニットをこの飲みの席に連れてきたのだ。
フランシスに釘を刺された通り、グラニットをグランタの滞在する宿に居させるのは面倒くさい。
グラニットを信用していないということではなく、何か発生した時、“グラニットがそこにいた”という事実がただひたすら彼にとって不利にしか働かないと考えたのである。
「ぷはぁ。いやあ、ミャーノは昨日ちゃんと稼いでたじゃん」
おっと、この話題引っ張るかい? 昨日…ああ、アラナワ熊のことか。
「稼いだのはあくまで日銭であって定職はないわけで……」
「あんなの狩れたら狩人名乗っていいでしょ」
「シーリンの自警団でも似たようなことを言われたな……」
「不満があるなんて贅沢だなァ」
不満というわけではないのだが。
「アラナワ熊……?」
私の肩を叩いて笑うビラール以外の二人はきょとんとしていた。
放っておけばいいのに、ビラールはわざわざ解説をしてくれる。
ガラシモスには笑われるし、グラニットには理解を諦める様な表情を見せられてしまったではないか。心外だ。
「その話はもう……あ、ほら。ありがとうございます」
注文した料理も来たので、強引に話題を打ち切る。店員さんにはビラールが料理分のお代を渡してくれた。
「これは何頼んだんだ? ビラール」
焼いた肉の削いだもの、いわゆるシュラスコみたいな盛りつけをされた皿を見ながら、トングを握る。食べたら何の肉かはわかるかな。
スライスされたその肉は、内側が少し赤い。外側は粗挽きの岩塩と黒胡椒で香ばしく焼かれていた。
「羊肉だよ。もしかしてあんまり馴染みない?」
「あんまり。でも好きだよ! 美味しそうだ」
都子の時は北海道民ではなかったこともあって、ジンギスカンは数年に一回単位でしかありついてなかったし、ラム肉・マトン肉自体がフランス料理でもない限り食卓にのぼらない食文化の人間だったからね。
「よかった。あいあい、トップバッターどうぞ」
「えっ、あっ、じゃあ…」
トングを握ってたのはけっして我先に食べたかったからでは……いや、食べたかったか別に食べたくなかったかで言えば食べたかったのだが……
「では失礼して」
咳払いするのも食事の席と考えると非衛生的なので控えて、そそくさとふた口分ほどの肉と、添え物の葉物野菜を手元の取り皿にとる。
前菜もナニもない。最初にサラダかスープがお出しされる作法なんぞない。
トングを握り締めていても“意地汚い”とか“行儀が悪い”なんて思われていないことに、なぜか確信を持てる。
私に次いで食べたそうにしていたグラニットにトングを引き渡したら、その間に卓には、見た目がグラタンかラザニアのような料理も運ばれていたことに気がつく。チーズの匂いが鼻腔をひくつかせようとするが、個人的な意地で私は堪える。
新しい料理を尻目に、シュラスコをぱくついた。とろりとしたタレからはニンニクの風味がふわりと広がる。甘辛い濃いタレに、マトンの旨味が全く負けていない。
噛むと歯ごたえはあるのだが、舌で感じる肉は融けそうに柔らかい。これは旨い。ビールも旨い。
「これここのオススメ~。イモと牛肉にチーズかかってるだけなんだけど、めっちゃ旨いの」
羊飼いのパイ! いや厳密には牛肉の場合はコテージパイと云うのだったか。
ビラールが取り分け匙で四分の一を綺麗にすくって己の皿に盛る。
断面が鮮やかなチーズ・イモ・挽肉の地層になっていて、匂いのみならず見た目でも食欲がそそられた。
「うちの村だと羊の肉で作ってたな…祭りの日とか」
グラニットはそう呟き、懐かしそうに目を細めてビールをちびちび飲んでいる。
「グラニット、酒が得手ではなかったら果実水とか頼んでいいんですよ」
「あ、いや大丈夫。ビールは美味しいよ」
「そうですか? 飲食に関しては遠慮しなくていいですからね」
ぽん、と軽く胸を叩きながら告げる。
「ご馳走としては羊が食卓に上ることが多かったのですか?」
「そうだな。あとは鶏とか。俺はしめるのがヘタだったから、よく馬鹿にされたっけ」
「じゃあ鶏料理も頼もっか」
ビラールが乗ってきてくれた。
「ガラシモスさんはトロユの人なんだよね? あっちとこっちって料理結構違う?」
「ン」
困ったような相槌だ。
今所属しているのはトロユだけれど、元々ジェノーヴの人間(?)であるわけだし、そもそもキーリスの料理が口に合うみたいなことを言っていたっけ。
ジェノーヴの料理にしたって、竜人族の文化圏とヒト族の文化圏、時代の差で随分様変わりしているだろう。
「そうさな。違うな。キーリスの…特にソースの味わいが食材によっていちいち違うところは佳い」
しみじみとした哀愁まで漂ってきた。
何でもかんでもマヨネーズとか、何でもかんでも醤油とか、ジェノーヴやトロユはそんな感じなんだろうか。
召喚されたのがキーリスで良かった。
「このオリーブのキッシュを頼みたい」
「おっけ~」
だからセレクトが女子か。
いや好きなもん頼んで好きに食べたらいいんだけど。
私もキッシュ食べたい。
ビラールが選んでくれた蒸し鶏のねぎだれをかけたのがビールの炭酸にとても相性が良かった。キッシュやシェパーズパイはワインを飲みたくなってしまったが、シーリンを旅立つ時にエール系以外は控えようと誓った身なのでそこは我慢した。
ビラールとガラシモスは私と違って我慢したわけでもないと思うのだが、二人もビールより強い酒は避けているように見える。
「ちょっと……トイレ」
そう、行ってらっしゃい。
グラニットが席を立ちながら報告するのを受けて、私――もビラールもガラシモスも――は目線だけで頷く。
シュラスコもう二、三枚食べちゃっても良さそうだな。そう思いながらトングを手に取る。
と、私の上衣の裾を彼がクイと遠慮がちに引っ張るので、もう一度グラニットを見る。
俯いていた。
「あんたは俺を見張ってないといけないんじゃないの」
「なんと」
青年のトイレについてこいと申すか。
私がシュラスコをおかわりする権利をなんだと思っているのだ。
ついそんなことを浮かべるが、グラニットの言い分は一分の隙もなくまっとうであった。
「安心して行っといでミャーノ、それはとっとくから」
「いやいやいや、そこまで執着はして……いないですけどまあ……」
未練のトングを離して皿に戻し、私も席を立った。
お読みいただきありがとうございます!
すごい久しぶりになってしまいましたが更新できてよかった…
>> 次回更新は7月末を予定してますが、延びるようであればまたご報告します…orz
> 案の定で申し訳ありませんがやっぱり延ばします!一旦8月末目標です~
次回更新予定9月末に再延期しますorz
よろしくおねがいします orz orz




