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13-27.受験初日の夕御飯――おふくろの味ならぬ

「サラさん。夕飯、何かリクエストありますか?」

「え。もしかしてご馳走になっていいのかしら。ごめんなさい、そんな不純な動機で寄ったわけじゃ」

「僕は朝からそのつもりでしたよ? まあ、外食でもよかったんですけど」

 その様子じゃあ、外食も億劫だろう。

 そういう視線で私とサラに目配せをしてくれる。

「ミャーノは何かある?」

「サラ、アークは今あなたの希望を聞きたがっているのですよ」

 食べたいものは、色々ありますとも。しかし、

「試験お疲れ様、ということでしょうから。ね」

「はい。ミャーノさんは今日は別に、いつも通りでしょ」

 脛に()()()()傷負ったけどな。まあいつも通りだ。


 じゃあ、とサラが口にしたメニューは

「クリームシチュー」


 私はふと、笑みを漏らした。

 浮かんだ味の記憶が、ベフルーズのシチューだったからだ。

 もちろんサラは、そんな私の笑顔を見咎める。


「ち、違うわよ、ミャーノ」

「何も申しておりませんが。ええ。ホームシックとか言ってないですよ」

「違うったら!」


「……クリームシチューって、シーリンの郷土料理とかなんです?」

「違いますわね。たぶん――サラちゃんの叔父様のレパートリーなのではないかと」

 サラが完全に私に噛みついていたためか、アークはミーネの方に訊ねていた。

「……ベフルーズさんって人です?」

「あら、ご存知でしたね。そうですよ」

「はぁなるほど……」


 ベフルーズの名前を呟く時のアークの声の、若干トーンが下がった点が気になったが、気がつかなかったことにしよう。


「そのシチュー、ミャーノさんも召し上がったことがあるんですか?」

「? ああ、あるけれど」

「そうですか。ではミャーノさんは手伝ってください」

「よし任せてくれ。なんでも切れるし煮れるぞ」

「いや味見以外何もしないでくださいね。カレーうどん作ってる時に『もっととろみが欲しい』とか言いながら片栗粉そのまま入れた前科持ちなんですから」

 覚えのない前世の記憶(つみ)を持ち出されても困ってしまうのだが。

「いくら私でもさすがに水に溶く」

「ええ。すげーダマになった後には『そういえば水に溶かないといけなかった』って呟いてましたね。手遅れやめてください」

「……そのカレーうどんはちゃんと…」

「ぷるぷるのコラーゲン状のダマはできるだけ取り除いて、ちゃんと美味しくいただきました」

 よかった。

 この私にとっては無実の罪であるが、ともあれ、カレーうどんそのものは無事に生き延びて、在りし日の(あきら)くんの胃に収まったのだ。

「……私は料理が下手なわけでは」

「知ってますよ。味オンチでもなかった。でもたまにすごいボケたプレーするから僕がいる時はダメです」

「――はぁい」


 その様子を監察官らしく窺っていたというフランシスは、「二人は兄妹なのかな?」と思ってしまったそうだ。


 魔動コンロの(そば)に椅子を置いて、アークの背中を眺めながら座り込んでいた。

 背もたれを跨ぐようにして肘と顎を置くスタイルが個人的には好きだったが、身体が何となくその姿勢を拒否してきたので、そんなラフな座り方はせず、行儀よく座っていた。

 この身体はいつだって、背筋を伸ばしてしゃんとしている。きっと真面目な人間だったのだろう。


 どんな野菜が入っていたか。肉は。それぞれの切り方は。

 さらさらしていたか。とろとろであったか。

 チーズは入っていたか。それはどんな風味のものだったか。


 私は都度尋問を受けていたが、シチューは一時間ほどであっという間に完成した。

出汁(フォン・ド・ヴォー)はあらかじめとって行李(こうり)に入れてありましたから」

 そう涼しい顔をしていたが、私にしてみたら、よどみなく材料を切りルゥも無しにそれを仕上げる手際の良さには舌を巻くばかりだ。

「ね。手際がとても良いのです。アークちゃんは出来る子、ですわよ」

「ですね……」

 唸るミーネに同意しながら、私は、ロス君が彼女を『家事の要領が悪い』と評していたことを思い出していた。

 ミャーノの身体になってからまともに料理をする機会がなかったまま今に至るが、都子(みやこ)としての自分は間違いなく要領の悪い方の人間だ。

「私は恐らく出来ない子の方です」

「まあ。では私とミャーノでは、出来ない子が二人になってしまいますね」

 それを言ったロス君には怒っていたのに、こういう時には客観的に認めてしまうのか。

 そんなミーネの言動が何だか可愛いと思ったので、

「――それはそれで何とかなるでしょう、きっと」

 とフォローしてしまった。


 ミーネは気持ち背後、斜め後ろに立っていたので、私のそのささやかな言葉に彼女が頬を紅く染めていたことには、私は気が付けなかったのだが。

 ふわふわした雰囲気は伝わってきたので、機嫌を損ねたりしていないことだけは察知してそれで満足していた。


 小さなアパートの一室にそぐわない大鍋にたたえられたシチューは、フランシスやグラニットにも勿論振る舞われた。やはり誰より喜んだのはサラであった。

「美味しいなあ。美味しいのに困ったなあ、叔父さんのシチューが余計に食べたくなっちゃって」

 と二杯もおかわりをしていた。

「余計に里心(さとごころ)ついちゃうんですよね……」

 ごく最近、具体的には、味噌汁(赤だし)やタクアンや緑茶を口にした時に痛感したので、その気持ちはよくわかる。

「ありがとうな、アーク」

「いえいえ。いつもついミャーノさん贔屓しちゃうから、今日くらいはね」

 優しい子だ。

「それにミャーノさんは今日、僕らがめっちゃ心配してる時に呑気にオムライス食べてたみたいですしね」

 優しいけど怖い。


 片付けを手伝って――といっても、食器はサラが魔術で洗浄・乾燥してくれたので揃えるくらいだったが――いる時に、アークが内緒話の音量でぽそぽそと話しかけてきた。

「ベフルーズさんのシチュー、都子さんのシチューに結構似てる気がする。チーズなんかは贅沢品だったから入ってなかったけどさ。肉ももっと薄かったけどさ」

「そうなのか? 私はシチューなんて市販のルゥを使ってしか作った記憶(こと)がないんだが――」

「そうだね。オレにルゥ無しで作りながらそう言ってた。でも『よしこれだ!』って言ってたから、再現はちゃんとできてたんじゃないかな」

「もしかして、キミにシチューの作り方を教えたのは私なのかい?」

「そうだよ」

 呆れるように、でも弾けるような微笑みが(こぼ)れた。

「ハンバーグだって、そうだったでしょ?」

「――……」

 都子と明は遺伝的には全くの他人であったし、今この地においてもまた、ミャーノとアークはもはや命としての在り方も異なる別物だ。

 でもこうやって、時には宇宙(せかい)を超えて受け継がれる(いのち)、というものを認識して、私の胸は妙に満たされた。


 端的に言って、嬉しいと感じたのである。

お読みいただきありがとうございます!


申し訳ありません……

>次回更新4月末に延期してまで設定してたんですが

>本当にやばい

>5月末にあらかじめ延ばしてしまいますorz


再三情けなくて面目ないのですが6月末に

待ってくださっている方がいらっしゃるかはわかりませんがよろしくお願いします。


皆様もご自愛ください

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