13-26.受験初日の夕御飯――前のティータイム
「あれ、ミャーノさん。その脛はどうしたのです?」
ダイニングへ入るよう我々を促してくれたアークは、目敏く、私の脛に布が巻かれているのを見咎めた。
怪我自体はサラが治療する振り――厳密にはもう直って血がこびりついた状態であったものを洗浄――をしてくれたが、ズボンの破れだけはそのままだったので、王軍から手拭いをひとつ頂戴して、結んで帰って来たのだ。
筋肉の張りがあるミャーノの身体では、若干歩行に阻害がある。かと言って緩めたらずり落ちるだけなので、想定以上に鬱陶しさを感じていた。
「錬金術で繕えたりしないかな」
「いいですけど…! 今の部分だけで既にツッコみたい箇所がいくつか発生しているのですよ!?」
サラは横で苦笑いしている。アークはそんなサラの表情を見て、深刻な状況ではなかったのだと判断したのか、それ以上に詰め寄ったりはしてこなかった。
「今お茶を淹れますから。アークちゃん、薬缶お借りしますわね」
魔動コンロで火にかけられた、ミーネの言う薬缶は馴染みのある日本の南部鉄瓶そのものだった。
いい鉄分が摂れそうだ。
先程披露された錬金術で使われた錬金板と、綿花が、異次元行李から取り出される。
「茶色か。茜と鉄でいいですか?」
茜、ではピンとこなかったが、鉄、が続いて思い当たった。茶色はズボンの色だ。
「染色は全然わからないから任せるよ。というかそうか、当て布から作ってくれるのか…すまない…」
「……草木染めは都子さんがオレに教えてくれたんだよ?」
心外だ、という表情をして、アークは首を傾げる。
「そうなのか?」
アークと同じような表情をしてしまったと思う。
それがどうも可笑しかったのか、アークはふんにゃりと微笑んでくれる。
「若い頃の都子さんは素人だったんですね」
『いやいやキミに比べれば、』という台詞は呑みこんだ。無神経にも程がある。
「じゃあズボン脱いでもらっていいですか?」
「……巻いていいもの何かあるか?」
布で隠したとしても、下半身が下着一丁になる事態そのものに抵抗はあるのだが、私以外は逆に気にすまい。いや、グラニットだけは気の毒そうな顔で私を見遣っているか。さすがこの場にいる唯一の年頃の男子。
アークは私と接している間は、完全に男子として男性のミャーノに相対している気がする。
結局、先刻できたてほやほやの、アークの毛布を借りて被った。
「コーヒー味のクッキーなのです。お茶は紅茶ですけどいいですよね」
「わーい、いただきまーす」
そう言って、ダイニングテーブルを囲んだ我々の中で、中央の菓子皿に真っ先に遠慮なく手を伸ばしたのはサラ。
何せ彼女は昼飯抜きで魔術の実技試験をこなしてきたのだ。そりゃあ、カロリーを消費しきってカラカラになっているだろう。
「あなたも食べていいんだよ」
「え…あ…ああ。でも…」
アークが勧めてやっても、グラニットは、個別に配られたティーカップすら両手で抱えたままである。
「今更何を遠慮している。モスタンから王都までの道程ではしっかり食べていたじゃないか」
「……そうだけど」
「グラニット。……気に病まなくていいんですよ。あなたが私に怪我をさせたわけではないんです。それどころか、あなたはちゃんと加担を断ったのですから」
「……結局は騎士様達も巻き込んだのにかよ」
「そこに関しても間違いなく全くあなたの責任ではありません。気が引けるなら私が言って差し上げましょう。タンジャン殿とハルニス殿が、ただ騎士として、戦いにおいて敗北を喫しただけです」
「ミャーノさん、騎士の前でそれは言い過ぎです」
わかってて言ったに決まっている。ずっと黙っていたフランシス――玄関口でアークとミーネに紹介した時にはさすがに口を開いている――が、私の暴言を咎めた。
「……まあ、グラニットさんがその場にいたことで負けたのだと言う方が、侮辱ではあるかもしれません」
ええ、そうでしょうとも。
グラニットは渋々ではあるものの、クッキーをひとつ摘まんで齧った。
ブラウンシュガーのまぶされたそれは彼の口に大層合ったようだ。その口元が綻んだのを見逃さなかったらしいアークは満足げにしていた。
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ご飯は次回。
>次回更新は2/26(水)までに、予定しています。
すみません、私事都合で2/28(金)までに延期します。




