13-24.どうして貴方がそこにいるの
グラニットは観念したように口を開いて舌を動かすが、その時点ではさすがに私の想定していなかった事実が飛び出してきた。
「あいつは――カルセドニーは王軍の魔導士だ」
「え、」
思わず、王軍の騎士団の方の管理職であるキアを見る。そのキアもびっくりしていた。
どうでもよさそうな顔をしているのはガラシモスだけだ。
「キアさんだったっけ、騎士隊長さん。あいつの顔に見覚えは全くないのか?」
「……すまない。騎士隊の顔ぶれならだいたい把握しているつもりなんだが、魔導士団の方まではさすがに管轄外なんだ」
「俺も、カルケが本当に魔導士なのかは知らない。さっき初めてあいつから聞いた。そこのミャーノの旦那が言った通り、カルケは俺にも逃げろと声をかけてきた。その時に。」
私たちに、というよりは、自分自身の認識を確認するように、グラニットはつぶやきをこぼした。
カルケ、というのはカルセドニーという少女の名前の愛称なのだろう。それを無意識か意識的にか使い分ける習慣がグラニットにあるのなら――
「同村の出身だったのですか。……受付に戻りましょう」
「……カルセドニーも師匠の弟子だったなんて…どうして…あいつは村がダメになる前に王都に…」
「その辺りはきっと本人に聞けますよ。いや、グラニットは聞けないかもしれませんが…王軍が聴取してくれますよね、キア殿」
「――……ハルニスがグラニットに会いに来たわけじゃないのかもなあ」
キアはそう、ぼんやりと言う。身体の自由に違和感が無くなってようやく安堵しきった衛兵達の背中をさすって助け起こしてやりながら。
「ええ。私がカルセドニーを追おうとしたところを、ハルニス殿が付き添ってくださったのです」
「ああ、やっぱりそうか。タンジャン殿は魔導士団に出入りしていたものね…そう、その娘、本当に魔導士だったのか」
「だった、ではなく、――今現在なお、です。筆頭隊長。確かに、彼女は間も無くその職を追われるのでしょうけれど」
ハルニスには確かに、我々が王軍本部に到着する前に、留置場へ至る道に入ろうとする者に注意してくれ、とあらかじめお願いしていたのだ。だが、カルセドニー…いや、カルケの侵入するタイミングにはそれは既の所で間に合わず、しかし、タンジャンが彼女を追ったタイミングには間に合った、という状況だったようである。
「地下の留置場に、ゾルフィータの魔術士が居るのは知っていたので。カルセドニーの目的はきっとその魔術士なのだろうと」
「……? タンジャン殿はカルセドニーとティルタが師弟だとご存知だったと?!」
キアと同じく私も驚く。まさかタンジャンもぐるなのでは、と一瞬疑ってしまった私はしかし、責められまい。
「――いいえ。いいえ……それどころか、ティルタは彼女の仇だと――まだ沙汰を待っている魔術士を私怨で裁く気なのではと――それはいけない。止めなければと」
「タンジャンさん」
喉に絡んだ震える声が絞り出されたのは、そのカルケ当人からであった。
「ごめんなさい、タンジャンさん。私にとってはどちらも恩人だったんです」
先刻廊下で見えた時には緊張で濁りきっていたその瞳は、沈みかけている赤い陽射しに照らされて揺らめいている。
その瞳はタンジャンから私に移り、後悔に満ちていた。
「ごめんなさい、バニーアティーエ……貴方がフィルズさんの従甥だなんて知らなかったの――ごめんなさい、私、治癒の魔術が下手で、その傷を治せない――」
「――……え?」
唐突にしおらしく、まるで別人格が現れたような態度の豹変に、私は間の抜けた相槌を返してしまった。
「……ミャーノの傷は、私が治すから、いい。それよりもどういうこと? 貴女も叔父を知っていたの?」
「サラ」
サラは、私が受付に戻ってきた時に私の怪我にはもちろん気がついていたけれど、キアが治療を別段促さなかったし、私自身が痛がっていないことも理解していたので、だから敢えて放置したんですよね。わかっていますよ。どうせ怪我が治ってもズボンは損壊したままなんだから、街中を後で歩くのには怪我したままの方がまだ格好はつく。うん。別に放置されたわけではないよね?
「貴女は少し似ています、サーラー・バニーアティーエ。……貴女の叔父様が私を魔導士団に推薦してくれたから、私は王軍に入れたの。恩人だったの」
「――ああ、そういうことか、タンジャン殿」
「ええ、筆頭隊長」
「――でもおかしいんです。私を推薦してくれたのはフィルズさんのはず、なのに――」
「……カルケ」
この場で寄り添っていることを許された彼女の師匠は、彼女の名をそっと呼び、その肩を抱いていた。
「どうして今は、貴方も、そこにいるの……?」
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本年もお世話になりました…!
次回更新は1/8(水)までに、予定しています。




