2-6.クロスボウ・テスト
クロスボウが欲しいと言い出したのは自分なのだが、地面に弓を平行に持って打つ武器というぼんやりしたイメージがあるだけで、その構造すら注意して見たことがない。
映像としては、中世ヨーロッパ以前や昔の中国の戦争を題材にした映画の雑兵が使っている武器の印象が強い。
「おっ、クロスボウかい?任せて!」
ぺったりとしていた垂れ耳が30度くらい浮いた。その垂れ耳動くのか!かわいいな!!!!
「どんな用に使うんだ?一発重視がいい?連射機能をつけたのもあるよ、威力はもちろん落ちるけどね」
「ふむ…山で動物を狩るため、あるいは獣から襲われた時に威嚇するために使いたいのですが」
「うーん、悩みどころだね。狩るほうなら単発式がいいけど、襲われる側なら群れ相手だと連射できるに越したこたァないもんなあ」
番をしていたカウンターから出てきて、クロスボウの棚へ案内してくれた。
「使うのは、あんた?」
「はい。今手持ちの武器はこの剣しかありませんので…」
「じゃあさ、試し打ちしてみてよ。あんたのクロスボウの腕見てあげるからさ」
やった。買う前に使わせてもらえるのは願ってもない。
アヤは話しながら、ガシャガシャといくつかのクロスボウを棚から取り出し始めていた。
「そこに立って。ちょっと待ってね」
カウンターの方へ戻っていき、一枚だけ壁に掛けてあったタペストリーを取り去る。
的が現れた。
「お待ちなさい、アヤ。部屋の中でクロスボウを放つのは危ないのではないかしら」
「へーきへーき。じゃあ、まずは単発式のこれね。使い方わかるかな」
ポンと大き目だがシンプルなクロスボウを手渡された。
戸惑うことなく左手で銃床を支え持ち、右手はアヤから矢を受け取り、セットする場所を指先で確認する。
この感覚はいける。クロスボウは「当たり」だ。
「――はい」
騎士道剣術を身につけている男なら、十中八九、一般兵が使う武器の訓練くらいしていなければおかしいではないか。
射出方向を床に向け、鐙を足で固定し、弦を引いてセットする。
「ふふっ、いいねいいね。それ180ポンドなんだぜ?それを兄ちゃん、あんたあっさり引いてくれる」
どういう意味かぴんとはこなかったが、たしかに弦を張ろうとした時は弦が少し固かった気がする。
「アヤさん、このボウの強さではその的、壁まで貫通してしまうのでは?」
口からすらりと疑問が流れ出る。そうなのか?そんなこと、私は知らないのだが。
「だーいじょうぶ、サラがいるから。な、おまえさんの魔術で、あの的は貫通させていいから、壁の方を絶対防御してくれ」
「あ、なるほど。いやいいけど、有効時間10秒しかもたないから、――ミャーノ、私が合図したらすぐ撃つようにしてね?」
「わかりました。少々お待ちを」
矢をつがえ、おおよその狙いを定める。このクロスボウは片手で引き金を引けるようにできている。
目標まで、たった5メートルほど。的は大きい。外す気がしない。
安全装置を解除した。
「お願いします、サラ」
「了解。≪バステー≫――汝は、金剛なり。…いいわ、放って!」
引き金を引くとほぼ同時といっていいくらいの刹那、矢は瞬間移動をしたかのように的を射抜いてた。
「――くぅ、うまいじゃないか!」
「わー、すごーい」
アヤが口笛でも吹きそうに、サラは単純に、讃えてくれた。
「じゃあさじゃあさ~次、連射式!これ、わたしが作ったやつ。この上の箱の中に6本セットできるから。試してみ。できたらちょっとずつずらす感じで的に当ててね」
「セットしたら後は普通に撃てばよいのですね?」
6本の矢を箱に納める手は少し拙い。この身体はもしかしたら単発式しか扱ったことがないのかもしれない。
撃つ動作に違いはないだろうから、問題はあるまい。
そんな調子で、最初の重い単発、次の6本連射式、最後に8本連射式の試し打ちを済ませた。
8本のは途中で1本外してしまったが。
「最初の180ポンドのボウあるじゃん。アレがだめだったら150と80を用意してあったんだけどね。兄ちゃんには一つめと二つめのどっちかで選んでもらうのがよさそうだぜ。」
「むぅ…悩みますね」
「狩りがメインだから、やっぱり一発が重いほうがいいんじゃないのかなあ。壁貫通しないからミャーノにはわかんないんだろうけど、威力全然違ったよ。どっちにしろ壁に穴空いたのは一緒だっただろうけど」
「へえ、すごいねサラ。そんなことまで術師にはわかるのかあ」
そういえば試し打ちが始まってからミーネがだんまりだ。せっかくだから自警団団長の娘さんの意見も聞きたい。
「あの、ミーネはどう――」
「……アヤもサラちゃんも、もっと驚くべきなのでは……!?」
えっ?
「ほぼ百発百中状態ではありませんか!三つめのボウは命中精度が低くて他の店では扱ってもらえないと先日あなたが言っていたのを私は覚えていますよ、アヤ。それを使用してさえ、8本中7本なんて」
「ミーネ、あの的は大きい。樹齢1000年の大木に向かって撃つようなものではないですか」
褒めすぎだ、と言いたかったのだが――
「この街の自警団には、あの精度で三つめのボウを撃った者はおりません。的までの距離はもっと近かったくらいです」
「…失礼を」
「ああ、違うのです。そうではありません、ミャーノ。私は…。ミャーノ、――もしあなたにその気があれば、どうか――自警団に正式に入りませんか?」
「それはまだダメ」
私が何かを応答する間を与えず、サラがピシャリと介入した。
「私がミャーノとやり遂げないといけないことがある」
「…ええ、サラ。申し訳ありません、ミーネ。それに、あれは動かぬ的。動く的にまでこの腕が通用するかは明日の狩りまでわかりませんよ」
「…そうですか…」
消沈してしまった。でも仕方がない。私はサラの使い魔なのだ。
でも、そう。
トロユの王からサラの師匠たちを助けられたら、その後私はどうなるのだろうか。
サラが使い魔を必要としなくなったとき、サラは私をどうするのだろうか。
そのことを考えていなかったことに、ミーネの提案を断ってやっと気がついた。
2-5までボウガン表記だったところをクロスボウに修正しています。
活動報告にも書いたのですが、ボウガンが社名なのを知らなかったのでした…
(クロスボウの撃ち方を確認していてやっと気がついた)
評価ポイント送ってくださった方、ありがとうございます…!
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。