13-21.細い廊下
留置場と単なる宿泊施設エリアだと、当然のことではあるが宿泊施設の方が手前に設けられている。
保釈されているグラニットは、しかし事情が事情だけにそのまま野に放たれて良しともならず――つまり任意での聴取というやつである――この王軍本部に留め置かれていた。
「グラニットはこの辺のどこかで待機してるはずだけど……」
「結構部屋数があるのですね」
各扉の上方には、宿の部屋のように番号の彫られたプレートが留められている。
手前から1号室、2号室、となっており、10部屋あるその扉は全て閉まっていた。
「参勤してきた地方の役人とか、警備上の理由でここに宿泊させることもあるからね。満室になることもあるよ。まー、ここに泊まるのは困窮してる地方の人だけだし、今はオフシーズンだから」
グラニット以外に泊まっている人がいるかどうか、キアは把握していないとのことだった(結果的には9部屋全て空き室だったのだが、この時の我々はもちろん知らない)。
一定以上の所得がある人物の場合は、自腹で警備費用も宿泊費も賄うようだ。そうだろうな。いくら無償で泊めてあげるよと言われても、懐に余裕があるなら、留置場と廊下が繋がっているホテルは嫌かもしれない。
「一部屋ずつノックしてみるか」
「そうですね……」
(先行しているはずのハルニス達が見当たらない――)
不躾ではあるが、聞き耳を立ててみても、どの部屋からも気配がなかった。
一人で寝ているとかならともかくも、二人三人で部屋の中にいたら、多少は何か気取れそうなものなのだが。
手応えがないであろう予感を持て余しつつ、私とキアは左右に分かれて声を掛け始める。
「――オスタラ、防げェ!」
三つ目の扉に差し掛かった頃、喝が――鷹が滑空するかのような鋭い喝が飛んできた。
そんな呼び方をする人物もされる人物もそれぞれ一人しかいなかったし、彼がそんな怒号を飛ばす状況はきっと穏やかでない。
聞き返しも振り返りもせず、その声を一片も疑わず、反射的に片手半剣を抜き放つ。
叫んだガラシモスが立っていた受付に続く方とは反対側――つまり廊下の奥の方。氷の矢が投網のように飛んできたのを薙ぎ払った。エルドアン鋼の魔術無効化は滑らかに発動し、その矢の雨は一瞬にして融けて蒸発したかのように消え去る。
廊下は狭い。
当然のようについてきていたガラシモスは、グランタの後ろ、殿におり、キアは私の後ろ、グランタの前に立っている。
さっきの“攻撃”を、私が防ぐのではなくうっかり避けでもしていたら、大惨事だった。
「グランタ! キア殿ごと、防衛の魔術は張れますか!?」
「ただの鉄ならまだしも、あんまり強力な魔術はちょっと防げないかなぁ!?」
「わかりました、一切頼りにはしません!」
「ああっ…信用を失った…?!」
廊下の奥は暗いが、少なくとも私の眼には、数メートル向こうの曲がり角まで誰も映っていない。
小さな採光窓から射している光の筋道に踊る埃が煌めいているのが見えるほどはっきりした視界に、そこには不自然な空間がないことで確信する。
無になっているとかでもない限り、そこに“人ほどの質量”は存在していない。
それを確信したのだ。
その瞬間、私は曲がり角の向こうに気を取られた。
「違うミャーノ! そこに壁なんかない!」
攻撃の魔術が飛んでくるなら、曲がり角の向こうから飛んでくる――そう思い込んだがために、
壁から放たれた焔の矢が私の脛をぶち抜く。
「ぐぅっ…」
肉を貫かれる“不快感”に呻き声を洩らしてしまった。
膝から上の矢は辛うじて全て消し払ったので、セーフということにしておいてくれ。
ああ『擬態』か、ちくしょうめ!
「ミャーノ!」
「問題ありません!」
舌打ちもしたいのは何とか堪えながら、壁までの数メートルを二歩で突進する。
所詮この身の筋肉は飾り。本来踏み込みに必要な部分の筋が損傷しているはずであろうとも、生物の外見を形成しているだけなので、無事な方の足も、無事でない方の足も、全く変わりない力強さで踏み込めた。
気は張っているし、生身だったとしてもアドレナリン分泌で痛みを超越できるものなのかもしれないが、筋自体が傷ついていたら躊躇わなかったとしても動かないものは動かないはずだ。
それが起こらなかったという事実が、改めて己が“非生物”であるとつきつけてくる。
今度こそ舌打ちをしながら壁を横薙ぎにする。
否、舌打ちをしたつもりだったが、唇の端から鋭く吐息が迸っただけであった。
「――――」
斬ってはいない。見事に術だけ斬れた。
その証として、私の目の前には二人の人間が顕れた。
一人は、何となく予想していた通り。留置場に留め置かれているはずのグラニットの師、ティルタ。
ティルタを庇うように、ティルタよりも僅かに踏みだして私の前に立っていたのもまた女性だったが、私には覚えがない顔であった。
しかし、
「脱獄の手引きですか。――竜人さん」
「――ッ!?」
手ぶらの彼女の正体を言い当てることができた。
声に出しはしなかったが、初対面の彼女は瞳を揺らめかせ、息を呑む。
「もう少し早く実行するべきでしたね」
そう宥めながら、片手半剣は彼女の咽喉の位置にぴたりと留めた。
私の腕が少しでもブレようものなら、彼女を傷つけてしまう姿勢だが、この身体は実に鍛え上げられていた。まったく震えない。彼女が自ら刺さりに来ない限り、何も問題がないだろう。その点では危ない。留意しておこう。
「もういい、やめて! その剣にはお前では――」
「嫌です!!」
ティルタさんやめて、その諭し方逆効果だよ。
専門家じゃない素人の私でもわかる。
お読みいただきありがとうございます!
次回は8/16(金)までの更新を予定しています。
(もうちょっと早くできたらもちろんする)
また夏コミ理由で間あけるの失礼します。