13-19.バイプレイヤー、王軍本部へ
これでパサンは劇場に戻ることが許されなくなってしまった。
心が痛むが、『劇団に咎人はいない』とパサン自身が信じているからか、パサンは抵抗する言葉を発しはしなかった。
キアは通信機らしきものを取り出すと、パサンの任意同行について劇団への通達を行うように指示を出す。
(そういえば、ハルカン市内は王軍内で通信機が使えるんだった)
「あ、ちょっと待ってください、キア殿、そのまま切らないで」
「え? 何かあった?」
「ええ。少々ご提案が」
少しの遣り取りの後、王軍本部まで私も同行することになった。パサンの手引きによって登録者権限による壁ぶち抜き通行を利用し、我々はぽんぽんと壁の外へ転び出る。
パサンは舞台衣装のままであったから、そのまま街中を歩いては多少目立つ――筆頭百人隊長に付き従って男4人がぞろぞろしているだけでどうしようもなく目立つかもしれないが――ので、ガラシモスの羽織っていたコートを着てもらい、しっかり前を留めさせる。背丈はガラシモスの方が高かったので、それが功を奏して上手いこと靴とコートの裾の間の絶対領域が消えた。靴がざっくり編まれたサンダルなのは仕方がない。なんとなく、小学生がプールで着るようなてるてる坊主然としたタオルを着用した姿を彷彿とする。この世界にもあるのかな。アークには通じるだろうけど。
カッチリ着込んだパサンは着痩せして見えるが、対照的にガラシモスの方は、コートに隠れていた脇や腰のマッチョぶりが露わとなる。
ちなみにマッチョすぎて、ズボンを留めているのはベルトではなくサスペンダーである。
素朴な疑問だが、竜人化する際、服はどうなるんだろう? メシキの森で戦った時は洋服ではなく、鎧を纏っていたような気がするが、竜人は集落を持つような生物なのであるからして、日常生活でも武具防具を装備したままということはないと思うのだが。
「ところでそろそろ訊いてもいいかな? こちらは?」
「ああ、忘れておりました。不審者が同席していて申し訳ありません」
「絶対忘れておらんかっただろうが」
不審者と表現したところには異論はないのだろうか。その通りだから反論の余地がないのか。
「私はガラシモス。トロユの外交官ブロシナの従者である。何か礼を失していれば大使館へクレームを入れてくれ、筆頭百人隊長殿。よろしく頼む」
「!」
「トロユのお客人でしたか。キーリス王軍騎士団、南大隊筆頭百人隊長のキア・アルダルドゥールです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
『えっ、それ言っちゃっていいの?』そんな気持ちを込めて出来る限りの瞠目をガラシモスに向ける。
「僕にもさっき教えてくれました」
フランシスが少し抑えた声量で囁いてくれた。
「おお…仲が良いじゃないですか…」
「おっ、悋気か? 佳いぞ佳いぞ、気分が佳い」
大口を開けて呵々大笑される。ちょっと苛ついたよね。
明るい雰囲気をせめても演出しようと色々おどけたつもりだが、パサンは当然浮かない顔をしたまま歩を進めていた。
「キア殿。本日の魔導士の実技試験が終わっていましたら、先にサラの様子を確認しても構いませんよね」
構いませんか、ではない。確認しにいくからな、というだけの意思表示である。
「いいよお。でもサラさんはそれこそ、試験で疲れているんじゃないのかい? 君に同行させるのは酷だったりしない?」
余計なお世話かもしれないけど、と付け足しもして、遠慮がちにキアは答える。
「私を手伝ってくれなどとお願いをするつもりではありませんから」
本来は宿の『カモシカ』まで送りたい、と言いたいところだが、それよりもアークとミーネの二人とアパートで合流しておいてもらった方が安全を期せる。
しかしサラは二人のアパートを知らないから、そこへ行っておいて、などと放逐も出来ない。何より一人で街を歩かせたくはないし。
そういうわけで、通信機ではあらかじめ、王軍本部にビラールを呼びつけてもらった。
「俺一応今日お仕事するつもりだったんですけどぉ~」
「騎士隊長殿からの要請関係で、こちらもお仕事みたいなものだよ。来てくれてよかった」
「そりゃ来るよ……」
そりゃね。南大隊の誰かが直接彼の工房に赴いて招喚したはずだ。強い意志が介在しない限り、断れないだろう。
ビラールは王軍本部の受付ロビーのソファに座っていた。
私に悪態をつきながら立ち上がり、私の向こうにいるキアに向かって会釈をしている。
「ミャーノの頼みだってわかってて断るもんか」
「……あ、ありがとう」
「照れなさんな。なんか事件起きてんの?」
「どちらかと言うと防止に動いてる感じかな」
一応、キアを振り返って、彼が快諾の頷きを返すのを確認してから詳細を語った。
フランシスが手際よくパサン用にシャツとズボンを調達してきて、ガラシモスにコートが返却された頃には、経緯の仔細な説明を終えた。
さすが騎士団、レスラー体型のパサンのサイズの服がサッと出てくる。
変なところに感心している場合ではなかった。
受付の人がさっきと変わっていなかったので話が早そう、とそそくさ私がカウンターに赴くよりも早く、キアが私を呼び留めた。
「今日の実技試験ね、終わったって。ここで待ってたらサラさん戻ってくるからね」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「つまり俺は、あの子達のアパートまでサラっちを送り届ければいいんだね」
「そういうことだ。武闘面でのトラブルは、こちらのフランシスさんに押し付けてくれ」
フランシスの業務内容から考えるとフランシスはまず間違いなくアパートの場所も把握しているんだろうが、フランシスとサラを二人で送り出すのは、フランシスとは親交のないサラが気の毒であるし、ビラールとサラを二人で送り出すのはどうかと言えば、それはそれでセキュリティサービス面で心配がある。
サラの魔術があれば並大抵の武力に対しては優位に立てるんだろうと思ってはいるが、不意打ちや通り魔のような突発的な攻撃に対しての抵抗力に十分かと言えば、あまり過信は憚られる。
フランシスもビラールもつけて送り出せるんだから、そうしてしまえ。それが私の結論であった。
「それで申し訳ないんですが、その後はビラールを工房まで送ってあげてくれませんか」
「申し訳ないと思ってます? いえ、構いませんよ。僕はこれでも騎士ですからね」
一応道中、サラ(とビラール)の護衛について話を通していたとは言え、改めてお願いをすると、返ってきたのは嘆息と胸を張る姿勢だった。
「――あら、ミャーノ、まさかずっとここで待っていたの?」
待ち人が来ました。なんだか半年ほどお会いできていなかったような心持ちがいたしますよ、我が主。
お読みいただきありがとうございます!
昨日活動報告に書いていましたが、更新予定日を延期してすみません。
次回は7/12(金)までの更新を予定しています。




