13-17.使い魔、座長に進言する
「座長なら、アンタさっき会ってるぜ」
「……もしや、さきほどパサンに待機を命じていらした鎧姿の男性ですか?」
私が会ったと言い得る人間は、その人と、大道具を運んでいた少女と、小道具係の男性だけだ。
「ああ、パラース王子役でさっき出てた人だよ」
舞台は見えていないし、演技で張る時の声と普通に話す声は違うから、同一人物かどうかが素人の私にわかるもんかい。そんなけちをつけてもしょうがないので、私は曖昧に頷いただけで済ませたが。
纏う白鎧が映える整った面立ちをしていたが、そうか、あの人男――女性役ではあるけれど――に求婚する役なのか。それはそれで一部の女性から人気が出るケースだろうな。男性人気は知らんけど。
「この後の出番は…」
「カーテンコールだけ、だけど……」
「今の時点では何とも申し上げられませんが、劇団の存続に関わる可能性があります。話をさせていただきたい」
強めに言った。
劇団に、侵入者に手を貸している者が所属している可能性はあるが、あるいはそれは座長本人である可能性もあるが――
共犯者、または犯人そのもの以外が、自分が所属している劇団が関わってしまったからといって、その芸能の芽を摘み取られるのは忍びない。
人を見る目に自信はないが、まず目の前にいるパサンがそんな憂き目に遭うのは嫌だった。
ましてや、劇団に誰一人として罪過ある者が存在しないのなら尚更である。
「イマイチぴんと来ないが、そこまで言うなら掛け合わないスジはねえや」
身を屈めて手近な箱の中を見ようとしていたパサンは、それを止めて腰を上げた。
「オルハンは下手にいるはずだぜ」
「ありがとうございます」
ついてこい、とパサンは手振りで言う。
オルハンというのが、座長の名前なのだろう。
舞台裏は、ステージの幅の分、横には長かったが、奥行きはそうでもない。所狭しと小道具の箱と書き割りが置いてあったが、あの被り物は折り畳める代物ではない。ざっと見渡した印象だと、小道具の各箱の中を検めるまでもなく、嵩の低さを鑑みるに、その中に求める物が混入しようがなさそうである。
舞台裏から他へ仕舞う決まりごとがないということは、何者かが持ち去ったこと自体は確定したと考えていいだろう。
「――なので、被害に遭ったことについては、先んじて騎士団なりへ申し出ることをお勧めします」
「ふむ……金銭でも宝飾品でもないから、紛失しただけなら追加でもう一つ作ればいいかとしか考えていなかったが……」
「私人に過ぎない自分からは、お話しできる論拠に限界があります。それ故に説得力に欠けるのは承知しています」
あらぬ疑いを強めないため、という観点においての、『騎士団が竜人の外見の不審者を探している』という最も重要なポイントを話せていない。そのせいで話が急に飛んでしまうのだ。
「オルハン、一考してくれないか? ミャーノさんは本当に偶然、俺が中に引きずりこんだんだ。元々今アンタに何か進言する――できる予定はなかったはずなんだ。よっぽどのことが、何かあるんじゃないかな」
そうなのだ。私は「劇場に入りたい」「劇団に話を聞きたい」とは考えていたが、まさかこんな流れで劇団員たちに接する状況に陥るとは1ミリも考えていなかった。
こういう“訴えたい時”に目を逸らしてはいけないことを、私は知識として知っている。しかし根が、周りが日本人種しかいなかった都子のままの私は、彼のような青い瞳には未だに慣れていない。せめてもとばかりに、彼の眉間を見つめ続けた。徒らに言葉で畳み掛けるのもよくないと識っているので、黙ってもいた。
「あなたの言いたいことはわかった。しかし私は座長として、終劇まで舞台を離れるわけにはいかない」
首を横に振るオルハンに、私はゆっくりと提案を口にする。
「……劇に出演していなければ、カーテンコールに出る必要はありませんね?」
「ミャーノさん?」
「……! そうか。被害届を出しに赴くのは、私でなくてもいいのか」
オルハンが得心した表情を浮かべると同時に、私はようやく彼の眉間から目を逸らすことが許された。オルハンと私の視線はそのまま、パサンへ向く。
「カーテンコールに出られない、俳優さんとしての悔しさはお察しします。パサン、座長の名代として私と共に王軍本部へ――」
顔だけでなく身体もパサンの方へ向けると、舞台裏から外へと通ずる通路がパサンの肩越しに見えた。
そこには役者はおらず、裏方を務める関係者しか詰めていなかったはずなのだが、俄かに、臙脂の線が印象的な、いかにもな白い軍服をまとった者が増えている。
「失礼、王軍騎士団南大隊筆頭百人隊長、キア・アルダルドゥールだ……が……」
幸か不幸か、王軍本部そのものが自らここへやってきたのだった。
そして、私のよく視える目はその後ろで右往左往するフランシスの姿を捉えてもいた。
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