13-14.使い魔、聞き込む
私は己のジャケットの襟を片方だけチョイと摘まんで見せた。
相変わらず上着は青いコートと赤いジャケットしか手持ちがないが、割とその日の気分で適当に引っ掛けている。以前、狩りに連れていかれた際に青いコートを着ていたため返り血で汚れてしまったということがあったので、昨日のように狩りに行くとわかっていれば赤いジャケットを着るようにはしていた。今日は別に、何かの返り血を浴びる予定はないのだけれど。
ちなみに、当時青いコートについてしまった猪の血の染みは、即日ベフルーズが魔術で取り去ってくれている。魔術は本当に便利だ。
「鈴蘭の騎士役の俳優が衣装以外で好んで着てる服装に、赤が多いの。もしかしてその人と間違えられたんじゃない?ってコト」
「女性と間違えられたと?いやそれは……」
「あら、『俳優』と言ったじゃない。ウチの花形のクロード。いい男よ?」
歌舞伎でいう女形みたいなものなのか?『クロード』自体は私の元いた世界の印象で言えば、男女共に名付けられることがある名前だったはずなので、クロードさんとやらには、名前からしても中性的な印象が生まれた。
(舞台は別に女子禁制というわけではないんでしょう? さっきの声、多分カトレヤの役だったのが女性の声だったもんね? いや、声変わりしていない男性の可能性もあるか?)
と、口を閉じたまま首を傾げていると、パサンが補足してくれた。
「もしかしてミャーノさんは、あんまり劇を見たことがないのかね? 鈴蘭の騎士を女優が演じたことなんてほとんどないんだぜ」
「どうして?」
別に女優でいいじゃないか。そういう思いを込めて聞き返せば、少女がそれを引き取った。
「色々お歴々それぞれの理由はあると思うけど、クロードの人気はやっぱり、“美青年、かつ、男っぽくないから”じゃないかしら?」
鈴蘭の騎士の肖像が描かれたパピルスが脳裏に浮かんだ。
――顔立ちが都子にしか見えなかった、例の肖像画だ。
「男っぽいかどうかはわかりませんが、鈴蘭の騎士の顔は美青年とは少しズレません?」
「まあ、実際は男にも見えなくもない女って感じの顔だったみたいだもんな」
(ええー……)
思わぬところで悲しい評価が下ってしまった。都子の顔って第三者から見るとそういう感じになるの?
不意打ちの愁嘆場である。
「いいじゃない。史実は史実、浪漫は浪漫よ。物語での騎士様くらい、格好良くなくっちゃあ」
確かにそうだ。実際の肖像に似た役者があてられることもあるが、優先されるべきは“楽しいかどうか”。これはどこの星の世界でもエンターテインメントの鉄則であるだろう。
史実では背が低く太り気味、という記録が残っている人物だって、長身のスタイル抜群の役者が演じた方が、盛り上がるべき場面がより盛り上がる画となる。薄幸の人物は、悲しいかな、美しい容貌を持つ者であるほど、見る者の同情や憐憫を誘うだろう。救い出されるプリンセスが、美人である方が視聴者――勇者は頼むからそこは差別しない精神性を持っていておくれ――のやる気が出る。
それが人として良いことか悪いことかは別として、大衆の感情として理解はできるのだ。その程度には、都子だった頃にノンフィクション作品にも触れていた。
納得しながら相槌を打っていると、少女は徐ろに舞台側を見遣り、その身を翻した。
「ああ、ごめんなさい。仕事に戻るわ」
またね、と手を振り、先程とは別の書き割りを台車に載せて上手へ向かってゆく。
背中に向かって手を振り返しても見えないだろうとは思ったが、釣られて手を小さく振った。
視線はそのまま舞台の背景にあたる壁の裏に向け、パサンに話しかける。
「彼女は裏方さんなんですね」
「あー、モブでとかなら人が足りなければ舞台に立つこともあるけどな。結構美人だろ?」
「ええ。女優だと言われたら信じますな」
快活で清潔感のある、期待の新人中学生タレントと言われてもしっくりくる。ミステリアスな雰囲気の役も、話していた感じだと実はいけそうな気もするが。芸能人のスカウトをしていた経験があるわけでもないので、自分の評価力に自信は持てない。
舞台側から、先程まで聞こえていた声のどれとも違う、程々に低い男声が聞こえてきた。
『おお、オスタラ・ヴォルフ! そなたの気高さと強さはまるで、亡き我が母である。私の鈴蘭!』
『ご提案は有難いのですが。トロユの王太子。私の主人は、我が蘭の花カトレヤとして、既に在る。――せめて捕虜となっていただくことで、私への愛の顕れとしていただきましょう。』
短いセリフなのに、さりげなくパラースにマザコン属性を織り交ぜてくるのが大層エグいと思った。
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次回は5/27(月)までの更新を予定しています。
→29日(水)までに変更させていただきます。すみません!




