13-12.使い魔、囲まれる
「ジルダ――さっき私への言伝てに寄越されていた朱雀の方がいたでしょう。あの方が『今流行りの劇団』と言っていたのは、こちらの劇団のことですよね?」
私は、ガラシモスとフランシスを連れて、西の広場から少し戻ったところにある劇場の外郭を歩いている。
先の台詞の前半は、キョトンとしていたガラシモス宛てだが、質問として投げかけたのは、フランシスに対してだ。
その時彼もその場にいたのかどうかは知らなかったが、そう聞く私に特にツッコミは入れられず、頷きで返されたので、たぶんいたんだろうということは察した。
「ジルダさんが言ってた『被り物』がここのだってことですか? 僕は観たことないですけど。確かに『鈴蘭の騎士』の話なら竜人役の出演はありますけど……」
やっぱり。
フィルズの部屋にあった本の『王女カトレヤと鈴蘭の騎士』は途中までしか読んでいないし、その範囲ではジェノーヴの戦役の話の記述はなかったし、そもそも王子パラースとのいざこざは、時系列としてはガラシモスとの戦いの後のはずだからその後に書いてあるとも想定していたわけではないが――
鈴蘭の騎士の時代においては少なくとも竜人の種が栄えていたのだ。
それならば、ジルダがアタリをつけたのはこの劇団だろうという推測は、鈴蘭の騎士の伝承に詳しくない私にもできた。
「観たことはないのですか? 流行っているのに?」
「人気があるからこそ観られないんですよ。生半可な努力ではチケットが手に入らないんです」
「ふむふむ」
(ちゃんとチケット制なのか)
変なところに感心してしまう。
「あと別に僕、流行りに敏感とかそういう性質じゃないんで……」
「おや、それはよろしくない。監察なら流行は積極的に押さえておかなければ」
ブツブツと呟きを付け足すフランシスが可笑しくて、つい茶化してしまった。
この劇団が人気だと把握している時点で監察としての仕事はしていることは理解しつつも。
「しかし、そういうことであれば今客として入ろうとしても無理、ということですね」
「えっ? まさか、役者とかの関係者が犯人だと思っているんですか? それは奇怪しいでしょ、公演は昨日より数日は前から始まっているんですから」
フランシスがそう抗議してくるが、私はそれにはすぐには答えず、どうやら円くステージを囲っているようである壁をドフリと拳でノックした。
レンガとは違う、土を固めた石のような壁は、ノックに応えて砂を吐く。
「ミャーノさん?」
「ああ、すみません。いえ、フランシス。私は犯人がここにいると言っているのではありませんよ」
「そうだな。お前はただ確認しようとしているだけだろう?」
「確認?」
それまで黙って私とフランシスのやりとりを聞いていたガラシモスが補足してくれた。
「ジルダがもう行なっているかもしれません。竜人の被り物が小道具として存在するのであれば、今ここにそれがちゃんとあるか。それを確かめられたらと思ったのですが……」
「あのっ!」
若い女性の声が、私の顔に向かってぶつけられるようにとんできた。私に何か告げようとしたフランシスは、背中にそれを喰らってたたらを踏んでいる。まあ、たたら製鉄の現場を見たことがあるわけではないので、本当にたたらを踏む時にこういう踏み込み方をするのかは実は知らないのだが……。
「俳優さんですよね!? あのっ、私達チケット取れなくて、舞台は拝見できてないんですが……! サインくださいませんか!」
「え?」
あっという間に、自分よりも頭一つ分は背が低い女性五人に囲まれてしまう。
後から考えたらこの時「え?」ではなく、「違います」と即答するべきだったのだが――遅くてもそう続けようとした時にはもう既に私の声が彼女たちに聞こえる余地が根こそぎ奪われてしまっていた。
辺り30メートルには響かんばかりの奇声が大音声で巻き起こったのだ。
(うるせええええ!!!!!)
きゃあ、なのか、ぎゃあ、なのか、なんて些細なことを聴覚が分析することを放棄するような声が、離れた所にいた他の女性達を何人か引き寄せたようで、あれよという間に二十人を越える人垣に包囲されていた。
私に関しては使い魔の身体が頑丈なのか、鼓膜がどうにかなってしまったような痛みはなかったが、最初の五人に押しのけられたフランシスと、思わずといった体で一歩退いたガラシモスは、うんざりした顔で両手で耳を押さえている。
(ずるい! 私も耳ふさぎたい!!)
しかし悲しいかな、目を煌めかせながら私を仰ぎ見ている女の子達相手に、咄嗟でもそんな態度を取るのは躊躇われた。こんな表情をして詰め寄った相手に、そんな仕草を見せられたら、私だったら向こう三年くらい思い出しては落ち込むかもしれない。そう思ったらそんな態度は取れないだろう。
幸い、自分の表情筋が微動だにしていない――目は多少困惑していると思うが、フランシス達のような鬱陶しがるような表情にはなっていないはずだ――のを感じ取れていたので、そのまま何とか踏み留まった。
「こらこら、もうすぐ開演だろ、何してるんだ!」
「はいっ?」
土壁の向こうから男性が現れて、そう言うが早いか、私の腕を引っ張って土壁の中に引きずり込んだ。レスラーのようなガタイをした、トガのような衣装を身に纏った男性だった。トガという名前に馴染みがない人は、古代ローマの市民が着ている大きな布の服を想像してくれ。
平素なら、多少の強い力で引っ張られたところで私の体幹はびくともしなかっただろう。
しかし先程は少し事情が違って、「この状況から逃れたい」という強い希望を心の底から抱いていた。
その心の迷い(?)が、私を彼に引っ張り込ませてしまったのである。
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次回は5/13(月)までの更新を予定しています。
令和おめでとうございます!(改元時の祝い方がわからない)




