13-9.使い魔、本題に入る
オムライス 食べる配分 間違えた
思わず一句詠んでしまう。季語はオムライスだ。
季節は秋である。嘘だ。
カレーライスやハヤシライスといった、ご飯部分と上にかかるソース(ルーと区別するため敢えてソースと呼称する)は、いずれも同じタイミングで食べ切らなくてはならないものだ。しかし、丼ものでもそうなのだが、私はそれがどうにも上手くならない。
オムライスも然りで、ライスの分が少し多目に残っている状態が生じてしまった。
これは子供がよく陥る状況で、大人の自分がやるとただひたすら間抜けな光景である。
オムを喪ったライスを、わずかに残されたデミグラスソースの力を借りて美味しく食べ切る。
ふわとろ系だとそうでもないが、固く焼かれている時には、よりこの状況に陥りやすい気がするな。
「お前、レモネードが好きなのか」
「は? ああ、まあ」
「虚をつかれたような顔をするな。カルガモ亭でも頼んでいたから、そうなのかと思うただけよ。代わりはどうする? 私はコーヒーを頼むつもりだが」
「貴殿も貴殿でコーヒー好きなのだな……」
カルガモ亭でもコーヒーを注文していた。ブロシナさんのオーダーまで勝手にコーヒーにしていたのを私は覚えている。
「私は紅茶を頼もう。茶葉の種類はハーブでなければなんでも」
「大雑把め。まあ、私もコーヒーの豆まで指定できるほど通ではないが」
そうボヤくと、ガラシモスは手早くドリンクの追加注文をする。
フードが無料サービスなのだから、追加注文が礼儀なのだろうことは何となく察した。
私がエールを始めとしたアルコール類を頼まないのは単純にガラシモスを警戒しているからの選択だが、私がレモネードを注文した時に彼もまた牛乳を選んでいたのは同じく警戒なのか、それが彼の嗜好なのか。
大変勝手な印象の話なのだが、こういう酒場で牛乳を飲む、というか提供される、というのは“被ナメられ状態である”というイメージがある。
――あるのだが、ガラシモスは360度、『“貧弱なボウヤ”の対極』にある外見と威厳を有しており、そんな偏見や揶揄とは無縁そうだ。
ミャーノとて、顔つきが優男であっても首から下の肉体はかなりしっかりしているので、コンプレックスを感じるところでは決してない。しかし、並んでしまうと自分のが細く背も低いわけで、どうにも思うところが生じてしまう。
「レモネードもそうだが、コーヒーもまた四百年前にはなかったものだ。まさか死んでから嗜好が新しくできるとは思わなんだなぁ。まったく奇異なことよの」
「……」
元いた世界の方のコーヒーの歴史について詳しくはないのだが、世界的に流通し始めたのは17世紀頃の話だっただろうか。
だとすれば、コーヒーに関しては私の文化感覚としても四百年前だったようなものか。
「私を探していたんでしょう。ご用件をどうぞ。例の話が早速通ったというお話でしたら望むところですが」
「おう。申し訳ないが、三つ全て王の承認が済んだわけではない。『“竜の巣の卵石”を持ち帰ったら、シビュラを自由にすること。』、これに関しては、竜の巣の卵石――要はドラゴンの卵の化石だが、それの効力を試してみないことにはなんとも言えないという状態だ」
(存外あっさり現況を話すものだな)
ガラシモスの報告には納得もしてしまう。
サラ達が竜の巣の卵石に魔術の効果の継続が期待できると言ったのはあくまで考察、仮説であり、その結果が実証されたわけではない。
我々がシビュラを連れて帰ることについては、竜の巣の卵石の効果が出れば自動的に承認が通るだろうと理解している。
「だが、私がヴェスヴィウス火山に同行する、というのについては、ジェノーヴに今交渉がいっているはずだ。キーリスの王都に行くというのは聞いていたからな、私自らそれを伝えてやろうとした次第よ」
「……不法入城したというのは?」
私は声を潜めて、ガラシモスだけに聞こえるように訊ねる。
唇を小さく細くして発声し、正面の人間にしか聞こえないようにしているのだ。気休めだが。
「なんだなんだ、先程の衛士の竜人がどうとかいう件、私だと思うておったのか、お前さんは」
やれやれ、とわざとらしく肩を竦め大きく息を吐いて、呆れたような様子でいる。
答えた言葉よりもため息のほうが大袈裟だ。
「え…? 私はてっきり……貴殿かと」
「竜人が滅んだとされているこの時世で、そんな目立つ行動をとる影がおるかね」
先日はシーリンでめちゃくちゃ暴れて目立ってた影そのものが何か言っている。
まあ、影傀儡らしき姿は種族の推測などできないシルエットであったし、実態をとっている時に竜人の姿で現れたのは、人気のないメシキの森での交戦時だけだ。発言の内容に矛盾はない。
おそらく同様の理由で、カルガモ亭の会食時も、先刻王軍本部前にいた時も、このヒト族らしき姿をとったのだろう。
「……私は竜人に詳しくないのでお聞きしたいのですが、ガラシモス殿はその姿を生前もとれたのですか?」
「どういう意味だ?」
追加注文時に店員が皿を下げてくれたので、目の前の卓にはスペースがある。
私は半身を乗り出すように、肘から手先までを卓に乗せ、言葉を選びながら続けた。
「竜人という種族は、ヒト族の形をとれるものなのですか? それとも、その姿は、今の主人かどなたかの魔術によるものなのですか?」
「ははぁ。なるほど、そういう意味であったか」
ガラシモスは、質問の意を得たりと頷く。
「この『化身』は、“魔術”ではなく“魔法”の方だな。元々はヒト族ではなく、大地竜人の姿をとる魔法であったはずだが」
「大地竜人……」
グランタが熱を込めて口にした、その種族の名前を今日も耳にして、なんだか不思議な心地になる。
(そういえば……竜に由来する種族名を名乗ることを、大地竜人から許された、みたいな話もしていた……っけ……?)
そう反芻してから、あれ、と額を押さえた。
(……そんな話、私、グランタから聞いたか……?)
「どうかしたか」
「いえ」
紅茶とコーヒーが運ばれてきたので、乗り出していた身を引き、腰の位置を椅子の奥に戻す。
紅茶の香りより、コーヒーの香ばしさの方が勝ってしまった。双方の香りが嗅覚上で混ざってしまい、少し不快だ。私もコーヒーにすればよかった。
「大地竜人の顔つきの特徴として聞く系統とは、貴殿は離れていませんか?」
何しろ厳つい。丸み――流麗とは真逆の方向のビジュアルである。
「失敬な。その通りではあるが。私のような武官には、このくらいゴツい方が威厳があって都合が良かった」
「ふぅん。そんなものですか」
「なんだお前、自分から聞いておいて急に興味をなくすのはやめろ。――そういえば、そう言うお前さんの方がよほど大地竜人らしいな……」
人の顔を凝視するな。
それは先程までの私と変わらぬ行動だけに、彼を非難できる身ではなかったが。
「都合が良かった、ということは……任意に好きな顔に…『化身』できるものなので?」
「いや。……秘匿することでもないから言うが、これは一度決めたらその顔で成長や老化をするしかないものである。言っただろう、これは“魔法”の方だと。別にこの顔を選ばせてもらったわけでもない」
「“授かりもの”――ですか」
「そういうことよ。遥か昔のことは知らんが、私の世代の竜人は子供の時分に概ね体得する魔法だった」
嘘を見抜く能に自信はないが、嘘をついているとは感じなかった。
ガラシモスは、爬虫類顔とヒトの顔でしか顕れることはないということだ。
「――件の不法入城した者が、真に竜人かどうか、一見してわかるものでしょうか」
「さてなあ。魔法や術の類ではなく、興行用の被り物だというのなら、暗くなければわかると思うがな。何らかの変化の術の類であった場合は、無策では判別は難しいのではないか」
興行用の被り物のクオリティの基準がわからないが、元の世界の技術でも、パーティー用グッズレベルなら確かに判るかもしれない。
ハリウッドばりの特殊メイクで来られたらどうだろう。
私はプロの役者経験を欠片も持たないドのつく一般市民だから、カメラのレンズを通さない状況で特殊メイクを拝んだことがない。
もしかして、さすがに1メートル圏内まで接近した状況になれば、ああいうのも「ああこれ特殊メイクだ」と判るようなものだろうか。
ところで、不審者がガラシモスではないとするならば、もう一つ訊かないといけないことがあったな。
「あのですね。貴殿、そもそもこの国に密入国していませんでしたか?」
「はっはは。それならブロシナが外交特権で私の伴いを不問にしている」
「え、彼女とハルカン市に来ていたんですか?」
外交特権の使い方が不適切だ。
それに、善良な公務員かつ研究者であるようであった彼女は、別に暇ではないだろう。
「うわぁ、面倒な使い方されて可哀想……」
「な、なんだその目は。心外だぞ」
「外交官を便利な通行手形扱いするのはどうかと思いますね」
「あれはあれで私を護衛代わりに使っているのだ。持ちつ持たれつである。今は図書館にいるはずだ」
「図書館?」
「閲覧したい史料があるのだと言っていた」
「史料……ですか」
トロユのパラース王の研究家である彼女が一体、キーリスの王都の図書館が保有する、何の史料を求めているというのだろうか。
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4月って普通につらいですね。




