13-8.オムライス前の錬金術
魔術を無効化するエルドアン鋼を所持していても、所持者の手許の魔動式の機械は動く。敵に対峙した際と違ってその武器を手に持って機械に触れるというわけでもないから、そこは問題ないのだ。錬金術でもそれは同様となる。
魔術と錬金術は異なる理屈の下にある技術のため、厳密には“同様”というのは語弊があるのかもしれない。だが私がそもそもきちんと理解できていないこともあって、諸兄らにうまく説明はできなくて申し訳がない。
起動させた錬金カードは一旦くるりと丸まり、しかし元の幅より長くなってピインと伸びた。
その動きは、元いた世界の発明品であるところの、形状記憶の手首に巻けるバンドを彷彿とさせる。
元々は細長い長方形型の板を腕に添わせると丸まって腕輪になる、アレだ。
伸びたカードには、文字を打つためのキーボードが表示される。
まるでタッチパネル式の液晶画面のようであった。
魔動石板ではホログラムのように画面が浮き出ていたけれど、こちらの方はポケベル然としている魔動呼出機寄りの動作を見せている。
(私自身が日常的に利用していた科学技術に近いことで馴染みがあって、実に安心感があるな)
そんなことを思いながら、キーボードの盤面を確かめる。
これは元々、アーク自身が送信者として他者にメッセージを送るために作ったもの。その「他者」というのは私ではなく、ファールシー語圏の人間を想定していた。
そのため、キーボードに羅列されている文字は、私が慣れ親しんだ英米のアルファベットではなく、ファールシー語の文字だ。
ファールシー語の文字は表音文字であるため、私はその文字自体は読めない(音読しようとしたら口は発声してくれるけど)。
アークにはそのことを共有してあったので、このままの道具では私が持ち腐れることは彼女にもわかっていた。
だから、「カバー」を作ってくれたのだ。
もう一枚の錬金カードを活動させると、同じように伸びて――こちらは透明なプレパラート板のようになり、しかしキーボードの文字と同じ位置に、私の知っているアルファベットが並んでいた。これを被せる。途端に、よく知っているアイテムになった。
その文字の配置は、日本人ならまずこれだろうというQWERTY配列。
21世紀に入ってしばらくしてからサラリーマンになり、スマートフォン普及前にパソコン業務に馴染んでいた自分はこれなら使える。
アークは該当年代というか世代的に、「フリック入力の方が得意なのか」と聞いたら、そうでもなかった。
親御さんが明にスマホを買い与える前に本州大強襲が起こってしまい、その後都子と行動を共にし始めた後は、無線とパソコンの方を使うことが殆どだったそうだ。
私ときたら無線の使い方は知らないし、パソコンの構築どころかメモリの増設すら覚束ない。こんな体たらくでそんな技術環境で、私はどうやって御嶽部隊とやらの仕事をしていたのだろうか。
「入力魔道具だったようだが、上に重ねたその…図形? どこかの文字か? 何だそれは?」
「私は錬金術には明るくないので、お答え致しかねます」
しれっと半分嘘をつく。
ガラシモスが覗き込んでくるも、彼はもちろん、私の元いた世界の文字など知るわけがない。
アルファベットの表記された透明な板は、ただのキーボードカバーではない。装置により入力される文字列そのものを上書きする道具なのである。
これを私に与える事態を想定して、このオプションを開発しておいたというアーク、用意周到すぎる。
盗聴機能とか付いてないか? 大丈夫か?
そんな失礼なことを考えていないで、短く端的な文章を送らねばならない。
液晶画面の一番上に、一行、25マス、入力した文字が表示されそうな部分がある。
25文字制限って、昔の電報かよ!
『ワレラ_モンダイナシ_トロユビトト_ハナシテカエル』
よし、これで25文字だ。
やっぱり日本語は文字数が短くてもたくさん書けていいな!
濁点が一文字カウントされないタイプで助かった。
(トロユ、『トロユ』って書いて通じるよな)
若干ヤケを起こしながら、送信ボタンを押す。
すると、液晶画面からまるで蒸発するかのように――一文字目から順番に、空中に浮かんでは溶けていった。
受信機と送信機が一対しか用意がなかったこともあり(二組目を作れるほどの材料の手持ちは、アークにはなかったのだ)、連絡は私の一方通行である。無事届いていることを祈るばかりだ。
「なんとも、面妖な道具だな。最近のものに限らず、錬金術はどうにもわからぬ」
「四百年前とは、やはり技術水準は違うものですか」
「そうさな。魔術も錬金術も、現代のほうが発展しているようだ」
「ふむ…」
錬金術はともかく、魔術はなんとなく勝手なイメージで逆だと思っていた。
『超古代魔法!』とかすごい箔がついてそうじゃん?
いや、魔術と魔法は違うものだった。
「『魔法』はどうです?」
「ああ、そちらに関してはどっこいどっこいかね」
「……偉大なる魔女シビュラ様によれば、魔法の授け手とは“今の人類にはわかり得ないもの”――だそうですね。それは昔は知り得たものだということなのだと思っておりましたが」
受け継がれる年月の長さの中で喪われた知識とか、ありそうじゃないか?
「――ミネルウァならあるいは答えられたのかもしれんが、私はしがない一武官でしかない。そういえばお前も魔術はともかく魔法は珍紛漢紛だと言っていたなぁ」
そんな愚痴をこぼした覚えはない。とすると、
「また『オスタラ』の話ですか? サゥイェとして現界している御身に認知の齟齬が出るのは諦めておりましたが、さらに人違いの話を混ぜられては混乱するので控えていただきたい」
「面倒なやつだ」
自己紹介かな?
「お待ちどう」
「おお、ありがとうございます!」
待ってました!
「……しかめっ面がはじけ飛びよった」
手慣れた配膳の手つきによってコトリと音を立てて目の前に提供されたオムライスの皿に目を輝かせると、ガラシモスが何かぼやいた。が、気にするほどの内容ではない。
「いただきます!」
オムライスの卵部分は、どうもふわとろ系ではなく、どちらかといえば固めに焼かれて茶色くなっている部分が多い。一見するとパンケーキのような状態だ。
しかし、卵の茶色よりずっと深いブラウンのデミグラスソース――マッシュルームらしきものの薄切りと、エノキダケらしきものを裂いたものが一緒に煮込まれている――こちらとのコントラストで、茶色オン茶色でもとても食欲を刺激した。
卵の下に盛られている米部分を一緒にスプーンで掬って口に含めば、インディカ米の独特のサラサラした食感に、バターの香りがふんわり広がる。
(こういうオムライスもあるんだな~……)
思わず頬は緩み、二口目三口目と匙が進む。
ご馳走様と手を合わすまで、ガラシモスもずっと黙って食べてくれていたので、良い印象が彼にあまりなかった自分であるが、その点はとても好感が持てたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
続きは4/5(金)までの更新を予定しています。
ちょっと空けます、すみません。




