13-6.南門からの伝言
気もそぞろに、私は受付の男性が消えていった廊下の入り口を眺めていた。
待っていろと言われただけなので、受付のカウンターから一歩離れただけの位置で立ち尽くしてしまっていたのだ。
頭のどこかで冷静な部分が、「子供か」と突っ込んでいる。
「其方、王軍に入ろうとしているというのは真であったのか」
強く振り切ったりしなかったせいか、ガラシモスは当然のように私の背後に立ち続けていた。
先程受付の男性と話していた時と異なり、無視する――無言で流すのが正当と言えない状況だったので、私は仕方なく応答する。
「どういった経緯でその話を仕入れたのか知りませんが、そうです。……まさか、その真偽の確認にあんなところでまごまごしていたのではありますまいな?」
本部前でこそこそしていた件だ。
まさかとは思うけど……
「まぁ、そうだ」
ウッソだろ、オイ。
お前、知ってんだぞこっちは、アンタが密入国してるって。
「……話がどうにもまずそうなので、そこから先と詳細は今は遠慮してください」
「応。乗りかかった舟だ、ついていてやるから安心しろ」
「それも遠慮してほしいのですがね」
「ははは」
ははは、じゃねえよ。
危うい話を口にしないのであれば、――ここで暴れ出したりしないのであれば、問題はないのだが。
何となく視線を感じたが(もちろん、それはガラシモスからのそれではない)、それとなく見回したところで私を凝視している者はもうそこにはいなかった。
(気のせいだったのかな。今は気配散ったけど――)
元々、本部のロビーが、私に構ってられなさそうな忙しない様子だったからこそ気軽に踏み入ったところがある。
目立つのは本意ではない。
私は顔立ちが珍しいと言われるくらいで、怪しい風貌ではないはずだと思いたい――そこまで考えたところで、自分の右後ろに立ち従っている男の体躯は目立つ方かもしれないな、とは思った。
「お待たせしました、バニーアティーエ様」
程なくして、先程の受付の男性が戻ってきた。
報告の内容をきちんと聞くまでもなく、その表情は曇っていなかったので先ず安堵する。
「サーラー様のご様子も私が直接見て参りましたが、今現在も特に問題は発生していないとのことでした。先程の音は別の受験生の方が起こしたものだそうですよ」
「ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ。普段王都にいなければ、警戒してしまうのも無理もないかと」
「恐れ入ります――しかし、だとすると」
この際なので、私は気になったことをそのまま聞いてしまうことにした。
「他に何か事件でもあったのですか?」
「ああ」
受付の彼は、私の訊き方に納得がいったような表情をしてみせる。
「ええと、そうですねー……」
その言い淀み方に、自分の身分はただの受験生であり、機密に当たるような話であれば洩らせないのだ、ということにはもちろん気がついた。
気がつくが、訊いてしまった手前『言えない話ならいいです』と切り出すのも、じゃあ何で訊いた、となるような気もして躊躇われた。相手が言葉を続けるのを待ってしまう。
「――ミャーノ、だよな? なんだ、本部にいたのか」
気まずい沈黙が一秒続いたそのタイミングで、入口のある後方から名前を呼ばれた。
当然振り向いたが、思わず『誰?』と胸中できょとんとする私である。
だが、彼の恰好には見覚えがあった。
「検問所の」
それを見たのは、初めてハルカン市に入った時と、アラナワ熊を狩りに出た時、そして戻ってきた時だ。
だが昨日顔を合わせた兵士ではないように思う。ということは朱雀門の――
「キア筆頭隊長からの伝言を預かってきたんだが、呼出機を通す手間が省けたな」
「キア殿から?」
「うん。いや、呼出機を介するつもりだったけれど、呼び出しではないんだ。ただ君には情報を共有したいということでな、実は」
「ジルダさん、ここで話をしていいんですか?」
そうだ、名はジルダといった。
受付の男性は窘めるようにジルダの言葉を遮った。
その視線は如実に「部外者が通りすがるこの場で不用意に筆頭百人隊長からの伝言を話すな」と非難している。
「騒ぎにならないように大々的に報せていないだけで、別に緘口令が敷かれているわけじゃあない。構わないだろう。すまない、ミャーノ。話を続けるぞ」
受付の男性が返事の代わりに小さくため息をついたのを背に感じながら、ジルダに向かって頷く。
「『竜人』と見られる者が今朝、この王都で目撃されたそうなんだが」
それを聞いた瞬間に、反射的にガラシモスの方を見なかった私をどうか褒めてほしい――
活動報告には書き込んでいましたが、予想通り予定の日付を跨いでしまいました。
待ってもらっていたらすみません、ありがとうございます。
続きは3/19(火)までの更新を予定しています。




