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2-4.ロスタムに登山の相談をする

 登山は趣味のひとつだったので、21世紀の日本で手に入る登山道具や、山登りの常識について詳しくないことはない。

 だがそれはあくまで「既成の登山用品の商品ラインナップに明るい」「特定の行きつけの山の道に詳しい」「便利に彩られた登山用の日本語の地図が読める」だけであって、地理院地図相当の地図があったところで読めないし、知らない山には読める地図なしでは挑めないし、この異世界にどんな文明レベルの登山用品があるのか全く分からない。

 さらに登山というのは天気予想も重要なポイントなのだが、この世界には天気予報の技術はあるのだろうか。いや、農業は発達しているようだから、農村の人はきっとそういう能力に長けているだろう。

 もちろん私には、空の色や風向きで天気がわかるような知識はない。コンクリートジャングルで生まれ、電子機器のボタンを押すだけの仕事に従事していた人間なのだ。


 ああ――葛野都子という人間はなんと無能なのだろう。


「じゃあ俺はこっちだから。今晩はハンバーグにするからなー」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませ」

 昼食はハンバーグ以外にしよう。

 ベフルーズを見送ると、サラは先導して、ベフルーズとは違う方向へ歩みを進めた。

 朝の街道は人通りもあったからか、襲撃には遭っていない。ただ、昨日破壊された道はそのままだったので、ベフルーズにその惨状について解説したら「くれぐれもサラを頼むぞ」と念を押された。そのつもりですとも。

「ロスさん、でしたっけ」

「ええ、自警団の団長さんの息子さんよ。叔父さんが先生してる学校で同期だったの」

 シャヒンさんはロス坊と呼んでいたはずだから、男の子なのだろう。

「ご学友だったのですね」

「そんな気取ったものじゃないわよう。アイツはガキ大将だったから、面倒見がいいっていうか、世話焼きなのね。私は学校より師匠のところに行ってる日の方が多かったから、いなかった日にしてた授業の内容とか、頼んでないのに教えてくれてたのよねー」

「…他の方にもそんな感じだったのですかね?」

「さぁ?私あんまり他に学校に友達って感じの子いなかったからなあ」

 シャヒンさんが、男の私がサラの家に住むと聞いてロス坊とやらを茶化していたことを併せて考えると、自身の色恋沙汰に縁がなかった私でも、ロス氏がサラに好意を抱いていることは察せた。

 サラはどうなのだろう?

 ベフルーズさんが知らないだけで、彼氏がいる、もしくはいた可能性もまだゼロではないんだよなあ。

 まあ、四六時中共にいることになるのだ。そのうちはっきりするだろう。


「……誰、その男」

「失礼な訊き方しないでちょうだい。私のはとこのミャーノよ。昨日からうちに居候してるの」

「は?はとこいたのか?!」

「ごめんなさいねミャーノ、この無礼な男がロスよ」

「ロスタム・ダルヴィーシュ。ロスでいいよ、ミャーノさん」

 ぶすっとしながらもフルネームを名乗って右手を差し出してくれたので、有難く握手に応じた。

 ここは、自警団の詰所の一角である。書類などを書けるように設えられた机の近くに、待合用なのかソファーがある。その近くで立ち話をしている状態だ。

「ミャーノ・バニーアティーエです、よろしくお願いいたします」

 私の顎くらいまでの高さの少年に睨まれても、なんだか可愛いとしか感想が出てこない。

「ロス君とお呼びしても?」

「それでいいけど、あんたえらい物腰がアレだな…!サラ、この人なんなの、ただの市民じゃねーの!? あっ…もしかしてフィルズさんと同じで王軍の騎士なのか…!?」

「落ち着きなさいよ、身分は市民。ちょっと育ちがいいだけだから気にしないで」

 …今ロス君が言った「フィルズ」は、もしかして、私の部屋の元の持ち主の「ベフルーズの弟」さんだろうか…。


「それでさ。私たち依頼をこなすために西の鉱山に入らないといけなくて。誰か詳しい人いないかな?ガイド料、そんなに高額はもちろん出せないんだけど……」

「俺でいいなら今週空いてるけど」

「えっ?ロス、西の鉱山いけるクチなの?」

「おう。ここのところ討伐依頼が多かったからな。割と慣れてきたとこ」

「ロスなら私たちは問題ないけど…依頼料一日8000銅とかじゃ足りなくない?」

「んー。じゃあ、それプラス、ミャーノさんも一緒でいいから、クエストの帰りに晩飯一緒に食ってくれたらいいや。もちろん割り勘でいいから」

 サラが目で「いいか?」と尋ねてきたので、笑顔で頷く。ロス君には悪いが、サラと別行動は取りたくないので「一緒でいい」というのは有難い。ごめんな青少年。


 後日聞いたら、ロス君はランクの高い団員らしくて、本来、山岳ガイドを依頼する場合は日給だと1銀貨から2銀貨はかかるのだそうだ。友達割引ということにしてもらえたらしい。


「じゃあ、むこう3日は晴れそうだから、明日とりあえず向かうってことでいいな?」

「はい、ありがとうございます」

「キイキイ鹿が1日で見つかればいいんだけど、2日3日かかってもいい?」

「ああ、俺は大丈夫。…山狩りの準備ってわかるか?」

「普通の山登りの準備以外だと弓矢とかくらいしか思いつかないわ。私は魔術で代用してるから持っていかないけど…」

「ミャーノさんも魔術使えるんだろ?」

「いえ、私は。――サラ、クロスボウはお持ちですか?」

「ごめん、使わないからこの前お隣さんにあげちゃった。使わないと錆つくしさ…」

「じゃあこの際、ミャーノさん用にクロスボウ買っちまえば?」

 弓なんて観光地で一度アーチェリーの体験をしたことがあるだけで使ったことがない。

 クロスボウを口にしたのは、弓は錬度が必要だが、(いしゆみ)は訓練されていない一般兵が使ってもそれなりに使い物になる、ということを聞いたことがあったからだ。

 だがクロスボウは、実際に持ったことすらない。

 この手で手にしてみれば、「この身体がクロスボウを扱えるか」はわかるだろう。

「あとは、ロープ…10メートルくらいの丈夫なやつ。それから、概ね平気だとは思うが雨合羽は用意しとけよ」

「ロープと雨合羽ならミャーノの分は叔父さんのを借りれると思うわ」

「よし。携帯用のコンロと小鍋は俺が持っていくから、サラとミャーノさんは一応“万が一用”として軽い携帯食くらいと水筒って感じだな」

 持ち物の基本的な常識は私の常識とそう変わらないようだ。


 しかし、おそらくそうだろうとはわかっていたが、トレッキング用の服などを特に考慮する文化はなさそうだった。防水と透湿――外部から濡れるのは防ぎ、汗や湿気などの水分は外へ追い出す――性能を備えた服を作る技術は期待していないが、自分はそういった技術の恩恵を受けた服飾文化を享受した登山に慣れてしまっている。

 まあ、子供のころはTシャツにジーンズ、ただのスニーカー、ナップサック(リュックサックですらない)で山に遊びに行って、怪我もしなければ風邪もひいていなかったのだから、そこは自信を持とう。

「そういえば、西の鉱山の標高はどのくらいなのでしょうか?」

「えー?私知らない」

「てっぺんは1万フィートくらいだと思う」

 3千メートルとか富士山レベルやないか!

「キイキイ鹿とはそんな標高の高い場所に生息しているのですか…?」

「ああ、動物は中腹くらいにまでしか棲んでないから大丈夫大丈夫。8合目より上は雪降ってるしさ」

「思ってたよりも高い山だったので驚きました」

 本気で安心してため息をつくと、一瞬呆気にとられたようなロス君は、しかしすぐ笑い出した。

「なんだ、頼りないなあ。安心していいぞ、俺がついてってやるんだからよ」

 背中をばしばしと叩かれる。ええ、頼りにしていますよ。


「あっ、見つけた!ちょっとロスー、お母さんが探してたわよー」

「ええー?なんだよ…」

「こんにちはー、ミーネさん」

「あらー、サラちゃんこんにちは。ひっさしぶりー」

「ミャーノ、こちらロスのお姉さんのタハミーネさん。ミーネさん、こっちは…」

「――ミーネとお呼びください…!」

 サラの紹介を待たず、タハミーネという少女に突然手を取られる。

「あの…?」

 思わず間抜けな声をかけてしまう。

「は? 姉貴…?」

「ミーネさん?」

「はっ、嫌だわ私ったらはしたない」

「いえ。私はサラのはとこのミャーノと申します、ミーネさん」

「そんな他人行儀な、どうかミーネと!」

 他人ですよね。

 すごい、この身体というか、己の顔がまったく引き攣ったりせず、柔らかい頬笑みを維持しているのが自分でわかる。おい、この身体の人生、もしかしてこの手合いに割と苦労してたりしたのか。

「それでは恐れながら、ミーネ。私は何か粗相をいたしましたでしょうか…?」

「とんでもありませんわ。――ああ、突然の無礼をお許しください」

 無礼というほどのことでもないけど、うん、びっくりはしたよ。

「この後お暇はございませんこと?ミャーノ様にお聞きしたいことが色々とあるのですわ」

「姉貴、姉貴!やめろ!ミャーノさんはこれから俺たちとクロスボウ買いにいくんだよ…!」

 サラよりは背が高いものの、ロス君よりは背が低いようだ。

 そんなミーネの腰のエプロンを引っ張って、ロス君は私からミーネをなんとか引きはがそうとしている。

「まあ、そうなのですか?では、私も同行させていただいてもよろしいですわよね」

「…サラ」

「私はおっけー…だけど、――ちょっと、どうしちゃったのミーネさん」

 後半はロス君に囁くように小声で話しかけていた。

「知るか…!気持ち悪っ…男にがっついてる自分のねーちゃん思った以上にきっつ…!」

 そうだよね。これそういう状況だよね。


 ここは自警団の詰所で、ロス君とミーネは団長さんのお子さんである。

 団長の娘さんに初対面でナンパされている私は――針の(むしろ)であった。

ロスとサラは同い年くらいで、

ミーネは二人よりも2~3歳年上。

つまり外見年齢的にはミャーノとミーネは同じくらいです。


2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。

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