13-3.サラの魔導士入団試験日・後編
王軍本部にサラの試験の進行具合を確認しにいきたかったところで、ミーネとアークの申し出をどう躱そうか考えを巡らせようとした時、遠いいつか聞いたような“花火の打ち上げ音”が耳に届いた。
私はその音を耳にしても身を竦ませることはなかったが、アークとミーネの様子はそうではない。
ミーネは瞼を大きく開いて驚いていたし、アークは――
かつて明だった彼女は、その躰を亀のように丸めて屈めていた。
「アークちゃん? 大丈夫ですか、アークちゃん」
アークがどうして頭を抱えて蹲ったのか知る由もないミーネは、それでも私よりよほど早く彼女の異変を心配して声を掛けた。
その轟音は一回きりで、音とともに僅かに身体に伝わった響きの余韻はすぐに消えた。だが、アークは小さくなったままだ。
「――すみません……だいじょうぶ、です」
その声は、私の予想と異なり、震えているわけではなかった。
「ミャーノさん、ミーネさん、今のは着弾ではなく、射った音です。外で深刻な騒ぎが始まった様子もないですし、少なくとも今すぐここがどうかなるってことはないと思うのです」
分析を述べながらゆっくり立ち上がるアークに、私もミーネも少し呆ける。
(アークは怯えたわけじゃない。反射で身を守ったのか)
そういう意味では、身動ぎしなかった私の方が素人だった。
そもそも真実として、個人の戦闘に発展しない限りは、暴動から戦争まで、そういった諍いに関して私は素人そのものだ。
それを少し忘れていたかもしれない。
“本州大強襲”やら“御嶽部隊”やらの語句についてはアークからの伝聞で認識できている程度の自分だったが、今、じわりと『明と都子が身を置いていた環境』というものを理解し始めることが――やっと、できた気がした。
「そうか。……アーク、どちらがいい?」
「えっ?」
「この場合、私が一人で斥候に出るのと、三人全員で様子を見にいくのと、どちらがいい?」
私は専門知識を持ってこの世界に生まれたわけじゃない。
だったら、遠くからあんな音のする有事に際しては、専門家の判断を仰ぐべきだ。
「三人ともここにいるべき……って言いたいところなのですが、その二択って、サラさんの無事を確認したいってことですよね?」
「ああ」
本当は使い魔としては判断に時間を割いたりしていないでとっとと駆けつけるべきなのだと思う。
だが、だからといって今この時共にいるミーネやアークをないがしろにするのは違う。私の主人ならきっとそう考える。
「わかりました。僕のことは戦闘要員に数えてください。戦闘系錬金術式の準備もあるのです」
異次元行李から、トランプほどの束のカードを取り出すと、彼女は私に何枚かを手渡した。
「僕はここでミーネさんを守りながら待機しています」
「よろしく頼む」
“ついてくる”とゴネられるとは不思議と思っていなかったけど、実際に物分りが良いとちょっと罪悪感があるな。
ミーネは後々、私が去った後に
「ミャーノってば、アークちゃんに選択させるなんて意地悪なところもありますのね」
「いえいえ、あれは僕を頼ってくれたというやつなのです」
という会話があり、アークが得意そうにしていてちょっと羨ましかった、という話を語ってくれたのだった。
アパートを出て、小路にて空を仰ぎ見る。細長い用水路のような視認範囲でしかなく、どこかに狼煙が上がっていないかという確認すらできない。
人混みというほど通りに人はいないが、疾走っては周りの人間を刺激してしまうのでそうはできない。私はアパートと隣の建物の間の隙間に入ると、外壁となっている煉瓦の接ぎ目に足を引っ掛けながら駆け上がった。
隙間が狭かったので右と左の壁を交互に駆け上がるのが可能なのか少し不安ではあったが、都子よりも長い四肢はそれを全く問題にしなかったようだ。
都子の時点で、一軒家のブロック塀程度なら足をひと掛けして登ることが出来ていたのだから、このミャーノの身体でなら、二階建てや三階建ての建物の屋上くらい、駆け上がれるのは当然だと思う。
……まあ、そんなことが出来ていたというかしたことがあるのは十代前半までだから、大人になった都子ではダメだったかもしれないんだけど。ミャーノは出来たんだから結果オーライの発想ということでよかろう。
とにかく、屋上に上った私は、今度こそ一目散に駆けた。
広い道に面した建物の上からは一旦降りて、また上る、という、面倒な手順を踏みながら。
着いた、と思ったその時、王軍本部の玄関の門扉の影から、素っ頓狂な声が横から飛んできた。
門扉につながる塀に沿うようにストンと降り立った私に、その人物はギョッとしている。
「って、お前さんか!」
「――……ええっと」
「ガラシモスだよ。半月ばっかり会わないだけで忘れてくれるな、オスタラ」
「忘れたわけではない。あと、私はミャ――」
「ああ、ああ。はい、はい。騒ぐな、こちらだ」
ホモサピエンスの容姿をとったガラシモスがなんで王軍本部の入り口にいるのだ。そう聞こうとした矢先に、ガラシモスは私の右腕を取ると、彼の立つ影の中に引き寄せようとする。
大人しく引き込まれてやる理由が私にはなかったので、両足を踏ん張って抵抗してやった。
「触るな不審者! おまわりさモガッ」
「さ・わ・ぐ・な!!!」
踏ん張っていたら腰を抱き込まれ、口も塞がれる。噛んでやりたかったが、ガラシモスの掌が大きく筋張っていたために、歯をうまく立てられない。
こういう場合、舐めてみせたら反射的に手を離すだろうことは予想できたが、ぜっっっっっっったいに御免である。
むくつけき男とまでは言わないが、それでもヒト型のガラシモスはミャーノよりもごつごつしたおっさんの外見をしている。どんなに不意をつきたくてもそんな行動は選択したくなかった。
「~~~~~ッ」
「いいか、離すが、冷静になってくれ。良いな、オスタラ――ほれ」
「――何も良くはないし、私はオスタラでは――もういい。今ガラシモス殿に用はないが、なぜ貴殿がこのような王都の中に――」
口を塞いでいた手は離してくれたが、腰を抱えた太い腕は離してくれない。
ええい放せ、気色の悪い。
抗議の意を満タンに己の拳骨に込めて、その無骨な腕をガンガンと叩いた。
ガラシモスは私よりかなり背が高かったので、抱えられた私は両脚が浮いてブラブラしてしまっている。
「痛い、痛いだろうが。わかった、下ろすから! こけるなよ」
「こけない!」
子供か!
そもそもアンタが抱え上げたんだろうが!
下ろされると同時に私はすぐ中に入ろうとしたが、
「待て待て、私を放っていく気か」
今度はガラシモスは私を引き戻そうとはしなかった。
「もういいです。貴殿の事情より、サラの安全を確認することの方が優先事項だ」
「影根性よなあ」
この御仁はまだ私のことを影だと捉えているのか。
訂正するメリットが何もないので、正す気は毛頭ないけれども。
背後にガラシモスがついてきている気配を強く感じながら、足早に玄関を跨ぐ。
そうしてロビーに踏み入った時点で、王軍本部内部がどうやらばたばたとしているのを感じ取るのだった。
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次回更新は2/25(月)までを予定しています。
(それよりも前に更新をできることを希望している……)




