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13-2.サラの魔導士入団試験日・中編~アークの錬金術~

「さて……ミャーノさん、玄関閉めてくれます?」


 己の部屋の埃を粗方叩き出したアークが、ダイニングで床を拭いている私に声をかけた。


 この身体の膝と腰は、四つん這いで雑巾掛けを頑張っても全く痛くならない。

 昔小学校時代に雑巾掛けをしていた時にこの身体が欲しかった、などと全くもってどうでもいいことを考えていた時に声をかけられたので、おかげでハッと我に返る。


 ミーネのほうは自室の清掃を先に終えていて、魔動コンロをいじっていたところであった。

 今更何だろうと思いつつも、私は言われるがままに静かに扉を閉めた。


「シーツと毛布作ろうと思いまして」


 視線だけで疑問符を飛ばしていた私に答えるようにアークが回答してくれたのはいいが、申し訳ないけれどそれでは全然ピンとこない。

 ミーネの方を確認したわけではないが、ミーネも小首を傾げているようだ。


「錬金術で作るのです。そういえばミャーノさん達の前で錬金術使ったことなかったですね」


 アークはそう言うと、例の異次元行李(こうり)を、綺麗になった床に置く。

 おもむろに、中から大量の羊の毛玉を取り出し始めた。羊ではなくアルパカとかかもしれない代物だったが、後で確認したら羊で合っていた。アークの故郷で飼っていた家畜のものらしい。

 紡ぐ前の、というより、羊から刈っただけで洗浄する前のもののようで、白いとは言えない色合いをしている。控えめに“黄ばんでいる”と言うには、泥や砂らしき汚れが()()目立つのである。

 そして続いて、綿の塊を()()()()と取り出した。

 こちらはさすが植物の実というだけあり、羊の毛に比べれば綺麗であった。


「よいしょっと」


 最後に威勢をつけながら取り出したのは、大きな合板(ごうはん)と石灰岩の入った袋。


「まあ、こんな大きな錬金板(れんきんばん)で?」


 初めて聞く用語だが、そのただの合板にしか見えないそれが、錬金術に使用する道具であることを察することができた。

 アークの、どころか、錬金術とやら、そのものが初見だ。


 シーリンでは皆が通う学校で錬金術の講義があるのだから、ミーネも使えるのかどうかはさておき、行使される様子そのものについては初見ではあるまい。

 私はミーネに対して何となく見栄を張ってしまい、さも「錬金術自体は見たことあるぞ」みたいな顔でアークの行動を観察していた。


(でも女性ってそういうのすぐ見抜くって言うしな……見栄がバレたらその方が恥ずかしい。素直に「わぁー、初めて見るなあ!」とか言ってしまえば良かった……)


 後悔先に立たずである。


 自分もかつて女性ではあったはずなのだが、そういう観察に長けていた記憶がない。

 そのせいでミーネが鋭いのか否かの判断さえ付かず、内心そわそわしてしまった。


「大は小を兼ねるってことで、実家からは大きいのだけ持ち出してきたので。まあ、大判の布を錬成するにはこれくらいの方が大雑把にやれておススメなのです」


 アークは話しながらの片手間に、掌中(しょうちゅう)に収まる石灰岩で、合板にガリガリと、魔術士の描く紋様(レイ・ライン)のように模様を描く。

 魔円陣や魔方陣は、それらが何を表しているのか私には(いち)ミリも理解できなかったが、アークの描くものはそうでもなかった。


 アークから見て左側より始まり右側へ連なる、文字と図で構成されるこれは、加工の工程図だ。

 羊毛から汚れを落として、しかし適度に油分は残す。

 その毛の塊を紡いで糸に、その糸は指定した形で編み上げる。

 文量や長さ、回数を細かく指定した、綿密な設計図だ。


 一度も手を休めずに膨大な書き込みを終えたアークは、最初に書き込み始めた場所に羊毛の塊をどっさりと置き、合板の右下を右掌(みぎてのひら)でペタンと叩く。


「ポチッとな」


 石灰岩の()から緑色の粒子が溢れる。

 それはまるでたくさんの蛍の光のようだった。


 この使い魔の目は、夜目同様に閃光であっても潰れないらしい。

 ミーネは眩しそうに目を細めていたが、私は瞬きもせずに済んだので、羊毛の変わりゆく様子が拝めた。


 編み上がった時には、アークの小柄な身体には、姿を変えた羊毛(もとい毛布)がかぶさっており、彼女は重たそうにもがいていた。

 合板の左下には落とされた汚れが砂になってまとめられている。


 かぶさった白い毛布を己の膝に手繰り畳みながら、アークはこちらへ苦笑を寄越した。


「最後に『畳む』って命令入れるの忘れてました」


「何も確認せずに一気に書き上げるだけでとんでもなかったわ。ご実家は毛布を作っていたのですか?」

「そういうわけではないのです。僕は大体のものは数値をまあその、覚えてますので」


 なるほど、魔術士でない者も扱い得る錬金術というのは、科学ではない。

 この合板――練金板とやらを使って行える、魔術の亜種であると私は理解した。

 サラが曲解していたのをそのまま拝借して私の中では『アカシックレコード(仮)』と通称している、アークのそのチート能力は、本人曰く『検索エンジン』である。

 アークは“いわゆるレシピ”を覚えているのではなく、検索しながら記述していたのだろう。


「ミーネさん、これと同じものでよければお作りするのです」

「ぜひお願いしたいです! あ、お代はきちんとお支払いしますからね」

「ありがとうございます、がってんなのです。――≪メモリーリコール≫」


 アークが電卓のボタンみたいな言葉を唱えながら練金板の左下にぺたりと触れる。すると、さっきの毛布の製造時に粒子として消えていったはずの設計図が、錬金板面に、あっという間に再記された。


「あら便利」

「でしょう」


 アークが少し得意げなので、

(一般的な錬金板にはUndo(元に戻す)機能がないってことか)

 と理解を深めた私であった。


 アークは同じ要領で、綿の実を元にシーツも作り上げてみせた。



「錬金術はもっと科学寄りの技術なのかと思っていたよ」

「材料に対する加工に関しては、何もファンタジーはないんですけどね」

 ミーネが大喜びでベッドメイクをしに自室へ入ったのを見届けてから、私はアークに()いて彼女の方の部屋に足を踏み入れた。

 手足が長いぶんくらいは、シーツを敷く手伝いになれるだろう。

「世間一般の錬金術士は、少なくとも故郷(クニ)の他の術士はもう少し手間取ってましたから、僕を基準にしないほうがいいのですよ」

「そうなのか」

「材料がないとどうしようもないですし、分子を自在に結合やら解離やらするのは魔術士の独壇場(どくだんじょう)なのです」

「魔術が“マジヤバイ”とはそういうことか」

 です、とアークは肯定した。


「アークちゃん、ミャーノ、お昼はどうしますか?」

「ああ、私はちょっと王軍本部に様子を見に行きます」

「僕もついていってもいいですか?」

 私は、アークにはミーネと一緒にいてもらおうと思っていたのですぐに返事ができず。

「あら、アークちゃんもサラちゃんのところに行くなら私も行きますわよ」

 ミーネならそりゃあそういう思考の運びになるだろう。

「三人でぞろぞろ本部を覗きに行くのは少し気がひけますね」

 正直な所感を述べてしまった。

お読みいただきありがとうございます!


次回更新は1/31(木)までを予定しています。


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