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12-12.使い魔、アラナワ熊の報酬をもらう

「15銀と10000銅」


 口が緩く縛られた麻袋が、まずジュイから手渡された。

 アラナワ熊の報酬である。


「一応確かめてね」

「はい」


 卓を借りて、そこに貨幣をざらりと明け、()()()()()()()()と数えながら、なんとか、脳内で銀貨の銅貨への換算を行う。

 暗算は苦手なのである。


(19万7500銅か)


 自分の感覚では成人の一ヶ月分の稼ぎ相当である。

 キイキイ鹿の重要部位が9万銅相当以下だったことを鑑みても、悪い稼ぎではないはずだ。

 しかしジュイは少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 貨幣の数が問題なく合っていたことを告げながら、どうして浮かない顔をしているのか問うた。


「毛皮がまるっと()れてたら、それだけであと2金貨はふっかけられたなって。脚ごとのも綺麗に斬れてたから、それはそれで手頃な売り物として買い手がつきやすくて、どこでも買い取ってもらえるんでいいんだけどね」

「おや、それは勿体ないことをいたしました。次は留意いたします」

 なんだとちくしょう、たったそれだけのことで半額以下になってしまったのか。運搬の問題があったとはいえ、そう聞くと大変に惜しい。

 性根が()()な自分であったが、いつものポーカーフェイスのおかげで表情には出さずに済んだと思う。

「次があるのか……いやミャーノさんならありそう」


「すごいねえ! うわあ、俺こんな獣臭い状態のアラナワ熊拝むの初めて!」

「あー、触っちゃダメっすよ? 雑菌ついちゃう」

「ばいきん扱い刺さるー! でも了解だ」

「勝手に連れてきてしまい申し訳ありません、ジュイ」

「気にしないで。従者サン連れてるようなお偉いさんを無下にできないでしょ」


 グランタの背後に(たたず)んでいるジャンを見()りながら、ジュイは私の勝手を許してくれた。

 下手(へた)に逆らえるもんじゃないし仕方ないよ、と言ってもらえているようでホッとする。


 今我々がいる地下室は、ひんやりとしている。心地いいとは言えない肌寒さだ。

 すべすべした石でできた解剖台に、アラナワ熊の頭部と四肢、二又(ふたまた)の尻尾がついた臀部が並べられていた。台の横のワゴンには、私がひと抱えするほどの大きさから手のひらほどの大きさまでのいくつかのガラス瓶が並べられ、内臓や眼球、そして肉球の豊かな手のひらが、瓶を満たす液体の中に浮いている。その液体は魔術で精製された保存液らしく、エルドアン鋼を持ちながら触れてはいけないよ、と冗談を言われてしまった。

 今は短剣しか持ち出してきていないので、それは友人としての軽口という認識で良いと思う。

 雑菌扱いのグランタとは違うはずだ。


 どれが肝臓でどれが膵臓(すいぞう)で、胃が、小腸が、腎臓が――

 グロテスクだが、それ以上に知識欲が刺激される光景に釘付けになりながら、ジュイの解説を受けた。


「本命の肉垂(マフ)はあれね」

 そう言いながらジュイは、ランタンを頭より上に掲げた。

 そうしてもらわなくても実は私には四方がはっきり()えているが、もちろんそんな申し出はしない。

 グランタは「綺麗な縄文様(じょうもんよう)だなあ!」と大袈裟なくらいの声を上げて、梁から()げられた紐に、洗濯物のように()されている肉垂(にくすい)に感心している。

「ああやってカラカラに乾くのを待つんだ」

 へえ、薬材としてはそういう処理をするのか。

 肉垂というのはほぼ脂肪だと思うのだが、()すことで凝縮でもされるのかね。

「さっき『まるっと獲れてたら』なんて言ったけど、自分が今まで見てきたアラナワ熊はもっとズタズタなものばっかりだったんだ。もちろん、そういうのでも肉垂(マフ)は綺麗な状態で納品されていることがほとんどなんだけれど。まあ、だからミャーノさんはすごいんだよ」

「それは光栄です」

 褒めてもらえて嬉しいので、素直に礼を言う。

「ミャーノは、(もと)狩人(かりゅうど)なのかい?」

 グランタが口を挟んできた。

「まあ、狩った経験はありますよ」

「地元でもさぞかし凄腕だったのだろうね」

「そんなことは。親爺殿(おやじどの)たちと比べたら五十歩百歩でしたよ。――もし私の腕が村においては群を抜いていたとしても、魔獣に襲撃されたその時に不在では意味がなかったのですが」


 『設定』を口にする。

 流行り病で家族を亡くした後、村すら魔獣(モンスター)の襲撃で失ったという『ミャーノ・バニーアティーエの経歴』だ。


 だけど都子としての経歴(かこ)も大して変わらないのかもしれない。

 アークと出会って()った『私』の未来には――(あきら)君の知る『西暦2031年以降の葛野都子』には――きっともう、実家とか故郷(ふるさと)とかが無い。

 ミサイルの流星も魔獣の襲来も、“(うしな)った”という『結果』という観点で、今の私(ミャーノ)にしてみれば大した違いはないのである。


 『設定』を作った当初は、『嘘』であるがゆえに、設定した内容を忘れそうなこともあった。だが、アークと会った後はもはや『()がごと』として――『事実』として、脳髄に刻まれ始めている。


(脳髄なんて、無いのだけれど)


 『使い魔』としてこの世界に顕現しているミャーノ(わたし)には元々ない“過去”を、都子としての人格が勝手に捏造した。捏造である自覚が確かにあったにも関わらず、それが事実のように感じてきているのは、妙な話だ。


「グランタ。あなたが()()に興味を持って私に構おうとしているのであれば、ただただお気の毒なので申し上げますが――」

 私は敢えてグランタの顔をじっと見据えながら告げる。

「私は村も家族も失っています。あなたが気にしている『大地竜人(カドゥルロイド)』というものについて()()()()の無知です。何も聞き及んではおりません」


 信を置いたわけでもない人間に、一から十まで本当のことを口にしている、そのことを不思議に思う。


 グランタは目を逸らさず聞き返してきた。


「じゃあ知りたい?」


 2秒だけ考えて答える。


「あんなことを聞かされては、ヒト族なのかどうかくらいは気になりますかね」

「淡泊だね……? 自分の系譜(ルーツ)って、気にならないかい?」

「そういう評価はよく受けます」


 知れたところで、使い魔召喚の仕組み的にはこの身体の人はこの世界に生まれていないのだし。

 都子(わたし)としてはそもそも他人の血肉の系譜を知ったところで。


「その話、自分は聞いてていい話なのかな?」


 ジュイが、垂れ耳(ロップイヤー)の先を左右それぞれ握りながら、申し訳なさそうに口を挟む。


「すみません、ジュイ。あなたの地下室(いえ)で勝手にこちらの話を始めてしまい」

「そうだよねえ、ここで話し込むのはちょっと風邪ひいちゃうかもしんないねえ」

「そういうことではありません、グランタ」

「確かにちょっと冷えてきちゃったかも。(うえ)でよければお茶でも出しますよ」

「おっ、それは有難いや!」

「グランタ」

「若」


 それまでずっと黙っていたジャンが、さすがに図々しいグランタに、短く苦言した。

お読みいただきありがとうございます!

次回は年明け更新になるかもしれません。


全然関係ない短編小説とか間にアップできればなあとちょっと思っております。


今年2月から書き始めてやっともうすぐ40万字の本作ですが

今年はお世話になりました!

来年もよろしくお願いいたします(年末〆るには気が早いですが!)。

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