【キーリス異聞】使い魔のいない刻・10
番外編ですが、情報自体は本編にも絡んでいます。
ミャーノがいない世界線の話なので注意。
パールシャが王軍の騎士団南大隊百人隊長になって三年と少し経った時点、謝肉祭の後、一つ大きな問題が王軍に突きつけられた。
もっと限定的に言うのであれば、魔導士団の問題なのだが、魔導士団と騎士団は寮が共同のため、やはり騎士団にも関わってくる問題となっている。
「どうしても騎士団から相部屋候補を出さなくてはならないのでしょうか……」
「一般の魔導士として社会勉強させたいというのが陛下のご意向みたいだからねえ」
「……であれば、“タンジャンを騎士に一時雇用してルームメイトに充てる”というのはダメですね……」
「ダメだね」
パールシャにダメ出ししているのは、彼の上司である南大隊筆頭百人隊長のキア・アルダルドゥールである。
「しかし、役職でもない騎士に、殿下のルームメイトを務めさせて、万が一があったら、その騎士が可哀想だと思うのですが……もういっそ、私が相部屋になってもいいですよ」
「君、面倒くさくなってきたな? うーん、百人隊長が一人部屋なのは、『それなりに休息をちゃんと与えるから、多少は過酷な仕事でも我慢してこなしてね』っていう意図があるみたいだからなあ……それはそれでちょっと……」
彼らが相対した難題とは、グランタ王子の魔導士団への入団であった。
魔導士団に比べ、騎士団の方が構成団員の数が多い。
そのため、騎士と騎士が同室になることはあっても、魔導士同士が同室になることはあまりない。
あまりない、というのは、女子寮に限っては騎士団と魔導士団の団員比率が、騎士団の男女比率と異なり、半々という事情がある。
女性の場合は、部屋の整備状況の都合で、魔導士同士同室になることもある。
現在は女子寮で修繕が必要な部屋はなく、かつ女性団員が溢れているわけでもなかったので、女性魔導士があぶれた場合は、一時的に一人部屋となっていた。
職業柄か、騎士はルームメイトがいることにストレスを感じず、逆に魔導士は、多少の差はあれ、感じる性質の者が多いようである。そのためか、特に不平不満が出ていない。
パールシャは騎士である。
百人隊長の役職に就いている身でもあり、ヒラ騎士よりは自分の行動に責任を負うことができた。
少なくとも、「万が一」があった時は、ヒラ騎士は誰も連座しない。
一緒に首が飛ぶとしたら、目の前の筆頭百人隊長だけである。
「とはいえ他に妙案があるわけでもないからねえ。一緒に死ぬかあ」
「おや、私に信が置けないとおっしゃいますか」
「君がやらかさなくても、君がとばっちりを受ける可能性はあるから、そこは覚悟させてよ。ていうかこの場合、上司としては君ではなく俺が相部屋を申し出るべきなんだけどさ」
「いやあ、筆頭隊長より適任だとは思っておりますよ。友人と言ってしまうのは恐れ多いので申し上げませんけれど」
「うん…まあ…そうなんだよね……ごめんね……」
「問題ありません」
「今度またおごるから食事一緒に行こ」
「それは別に結構です」
「チッ」
パールシャは家名を失い士族を名乗ることができなかった平民でありながら、なぜかグランタ王子と顔見知りの身であったのだ。
とは言っても、顔見知りになったのは二ヶ月ほど前のことである。
それは謝肉祭の後片付けの時分のことであった。
「カドゥルロイド?」
「大地竜人。南方の古代少数民族なんだけど、知らない?」
「いえ……」
パールシャはその日、キアを経由して王宮に招喚された。
キアは何事かと思い、パールシャに命じる前にその目的を王家側に確認したが、その返答内容は大した話ではなかったので、最終的には気軽に部下に声をかけたのである。
呼び出したのはグランタ第二王子であった。
なお、余談ではあるが、彼はあくまで王子であり、次期国王たる王太子は別に立てられている。
グランタ王子の関心事は、謝肉祭に際して街角で警備兵として見かけたパールシャの系譜であったようだ。
「違ってたらごめんなんだけど、パールシャさんの顔立ちさ、南の方の血混じってるでしょ?」
「たしかにそうであります。私自身南方の村の生まれですが、母方の祖母の出身はもっと南の森深い村だったとは聞いております。しかし、詳しい話は申し訳ございませんが、存じませぬ」
「南の森なら間違いなさそうだな。その森の村のことは何も知らない?」
「……滅びたとだけ……しかし、私は祖母の顔を知らないので、母からの又聞きでございます。それゆえ、本当に滅びたのかどうか、その真偽すら保証することができません」
呼び出されたそこは、もちろん取調室などではなく、グランタの執務室であった。
執務机に就いたグランタの横には、侍従のタンジャンが所謂『休め』の姿勢でつき従っている。パールシャは二人の正面に用意された椅子に座らせてもらっている、という状況である。
執務机は壁に背を向けて椅子に腰掛けるように配置されており、扉は正面ではない。
国王の謁見の間にパールシャは入ったことがないが、謁見の間以外は、扉の正面や、窓を背後にした位置に机や椅子を置いていないことは知っていた。襲撃に備えてのことだという。
謁見の間もそうすればいいのに、と、警備を主な業務とする騎士たるパールシャは思ったが、『こんな配置でも暗殺なんか怖くないんだよ』という見栄が必要なことも理解していたので、そんなことを特に意見箱に投函したりしなかった。
ちなみに、王宮の入り口には、カトレヤ女王の代から『目安箱』が設置されている。
カトレヤの親友であった伝説の千人隊長・鈴蘭の騎士の要望がきっかけで置かれたものである。
取り出し口側の鍵が何回か修繕されてはいるものの、東西南北の各門にある『おかえりなさいゲート』と同じく、結構な時を経た歴史的遺物の一つであった。
身分を問わず匿名で好きに投書出来て、その内容は福祉面のお願いから悪政官の告げ口までなんでも構わないとされている。
それがどんなに不遜な内容であろうが、虚偽であろうが、罪に問われることはない。
告発系の真偽については、王軍の監察部が精査を行ってきたが、それでこの四百年は特に問題にはなっていないというのは大きい。
誰が何を入れてもいいぞとは言っても、実際には目安箱自体の警備のために騎士隊が交代で見張っている。
歴史的には、投書した人間が意図的に虚偽の告発を行うことはほとんどなかったのである。
「そうか。君の、額から頬骨にかけての綺麗な丸み。それは、大地竜人特有の美しさだよ。街で君を見かけたら、誰なのかと調べざるを得ないくらいには、それは特徴的なんだ」
お読みいただきありがとうございます!
説明挟んで長くなったのであと1話か2話、パールシャ編が続きます。
次は12/15までに更新予定です。




