12-11.使い魔、若と従者を連れて行かされる
「困りますよ殿下、接触はしないという約束で外泊が許可されたのですよ」
「ごめんってば~……『使い魔』って聞こえてきたら我慢できなかったんだもん~」
「ごめんで済んだら騎士団は要りませぬ」
「それにあいつ、実物すごい可愛い! 『熊殺し』なんて嘘だろ?! いや、触ってみたら少なくとも肩にはおまえくらいの筋肉があったけど」
「……デスストーカーの討伐の半分は彼が担ったらしいのに、今更でしょう。そして、美形と筋肉は関係ありません」
「あれ大地竜人の血筋で間違いないと思うんだよね。嫁いでない姉か妹ウチ誰かいない? ウチにあの遺伝子欲しくない?」
「あ、一応ご自分の相手に望まれるわけではないのですね」
「男同士じゃ子供できないでしょ、頭大丈夫?」
「ぶん殴りますよ殿下」
「ごめんなさい」
そんな会話が、私の与り知らない205号室でなされていた頃、ミーネが食堂に、サラとアークを消灯時間だからと迎えに来たのであった。
『大地竜人』について、サラ達に確認をしたかったが、機を逸してしまったな。
ちなみに、3階の304号室が私の部屋で、305号室がサラたちの部屋である。
何マル5号室は、この『カモシカ』では大きめの部屋で、本来はサラたちのように三人以上のための部屋となっていた。
「サラ、例の呼出機に受信はありますか。というか、私のものも預けたままでしたね。すみません」
「ちょっと待って。……あ、私のは連絡来たみたい!」
やはり。先程の男が魔術士で、魔導士の受験を控えていて、呼出機がどうとか言っていたのだから、サラにも通達がきていて当然だった。
「試験は明後日ですって。わー、なんか緊張してきちゃった」
今更そんな可愛らしいことを。
なお、私の呼出機も確認したが、まだウンともスンとも言っていない。
明日は、ミーネとアークの入居に私が手伝えることがあれば頼ってほしいということを伝えて、今日は寝ることにした。
寝ることにした。
ぽこん。こつん。
ぽこん。
「んー……」
既視感。いや、既視感とは言わないな、これは。
経験に心当たりがある場合は既視感ではなく、ただの既視だ。
私は一度横たえた身体を寝台から引き剥がした。
(眠らなくてもヘーキだし、寝起きはぱっちりスッキリしているこちとら使い魔ですけれど、休むと決めたとこを妨害されるのは嫌なんだよなあ……)
最初に思わず出してしまった唸り声以外は口に出さず、昨夜と同じく、窓の木枠より壁側の陰に忍び足で寄っていく。
顔が出ないようにそっと緞帳を開ければ、土で薄汚れた白球が飛び込んできた。緞帳や床に汚れがつきそうなので、こういう使い方をするなら洗ってほしい。
とんとーん……
木の床を軽快に転がる音がする。
204号室の宿泊客から苦情が来なければ良いのだが。
私は瞳を、非難するような半眼にして、外を、地上を伺った。
「ミャーノさん! 腑分けが終わったから呼びにきた」
「アラナワ熊……の? もう?」
それは、お疲れさま。一人でできるような量と筋肉ではなかっただろう。
三階に向かって、昨夜と違って普通の声量でジュイは話しかけてきた。まだそんなに夜が遅くないからだろうか。
十分聞こえる。
「ヘットヘト。別に見ないならもう要る店にも分けておろしちゃうけど、検分したいならその前に今ウチに来るといいよ」
「見ます」
「アイ・サー。そんじゃ……」
「いや、飛び降りません。店で待っていてください」
304号室の窓から二晩連続で、膝の天然スプリング着地をするのはやめておいた。普通に正面玄関から出ることにする。
まだ寝入っていないだろうとアタリをつけて、305号室のサラ達に、『コロティネ』に行ってくる旨、報告をしてから出た。「明後日が試験」という最優先から気を散らさせそうな報告ではあるが、女子三人でパジャマパーティーをしていたようなので、問題にはならないだろう。
「あれあれ? 夜遊び? 俺もついていこうかなァ」
「で……若、あなたはー!!!」
階段を降りる途中で、グランタに捕まった私の方が問題かもしれない。
グランタの従者らしい男は「ええかげんにせえよキサマ」という感情を一ミリも隠していない。よくわからないけど大変だね。
「なんてね。さっきの会話聞こえちゃってさ。アラナワ熊の腑分けがどうのって話してなかった?」
「ああ、喧しくしてしまい申し訳ありません。ええ、そうです。友人を待たせているので、急いでいます」
言外に「だからついてくるな、そこを退け」と含んだつもりだったが、
「そうかぁ、じゃあ早く行こう。腑分けしたてのアラナワ熊なんて超レアだし!」
私の背中側に回り、押して急かすグランタは意に介していない。
「えーっと、この事態はあなた的にはよろしいのでしょうか?」
私は黒髪の従者さんに助けを求めたものの、彼の痛む頭を押さえるような仕草を見て「ダメだけど逆らえないんだな」と察したのであった。
「ジャンはついてこなくていいよ」
「そうは参りません」
「ミャーノだって俺だけのほうがいいでしょう?」
「グランタもついてこなくていいですよ」
「ひどくない?!」
しまった、つい本音が。
「おっと、つい本音が」
「重ねてひどい!」
茶番を展開していたら一階のロビーに着いてしまった。
大の男三人が、夜10時ごろの深夜手前とはいえヤイヤイ騒いでいたので、宿の店番の人の注視を受けてしまっている。
うるさくて申し訳ない、という意味を込めて、店番の人に会釈をしたが、その会釈を受けた店番の人は、なぜか「びくり」とその身を反らした。
「……?」
なんだろう、今の反応。
コンビニのレジの人が、常連でもないヤクザなおっさんに恫喝された時みたいな?
いや、どちらかといえば、大企業のヒラッヒラの一社員が一人でエレベーターに乗ってる時、大勢の取り巻きを連れて会長が乗り込んできちゃった、みたいな――?
「本当にいらっしゃるんですか? 友人を訪ねるといっても、友人関係は昨夜からなので、あまり面倒事は持ち込みたくないのですが……」
「ほら、ジャンは遠慮してって」
むしろグランタが遠慮して、ジャンさんだけがついてくるならもしかして問題ないのではないだろうか。
「逆にジャンさんだけなら問題なさそうなのですが」
「ミャーノ、さっきから思ったことそのまま話してない?」
そんなことはない。
「そんなことはありません」
気のせいだよ。
「ミャーノ様。申し遅れました。私、タンジャン・ウンデキムと申します。ジャンとお呼びいただいて問題ございません」
「これは申し訳ありません。早とちりで不躾なことをいたしました」
勝手に愛称で呼んでしまった。グランタが悪いんだぞ。
内心でそう焦って悪態をついていたら、黒髪の従者さんは私のフォローを続けてくれた。
「とんでもございません。むしろ我が主の無礼をお詫び申し上げます」
「ちょっと、俺を蚊帳の外にして二人で親睦深めないでよう」
この段階で宿を出てきてしまっている。
「ただ、ミャーノ様、主人はこうなると言う事を聞きません。お供をさせていただけないでしょうか」
「……仕方がありませんね。友人自身がダメだと言ったら、さすがに退いていただけますか」
そうして、溜め息をついて、グランタに押されて乱れてしまっていた青いコートの襟を正したのだった。
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次回更新は11/30(金)までに行う予定です。
番外編を挟むかもしれない。




