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2-3.使い魔の見る夢

 寝台のシーツはひやりと冷たかったが、「寒くて困る」とは思わなかった。

 熱い、冷たい、温かい、寒い、痛い、気持ちがいい、――それらは感じることができるが、「冷たいから嫌だ」とはならないのが不思議だ。冷たかったら冷たかったで、痛かったら痛かったで、そのまま冷たさも痛みも感じ続けても問題はなく、平気だった。

 指を針で刺したら、普通の人間は、痛いから反射的に針から指を遠ざける。だけどこの身体はそれを刺し続けることができる。そんな感じだ。

 危ないから、身体に悪いから、その不快を遠ざけるのだから、あまりいい反応だとは思えないのだが、これが主人を守るための機能なら、理屈は理解できる。

 そんなことを考えながら、私は眠りに落ちた。

 生物(せいぶつ)でないのなら、もしや睡眠も不要ではと思ったが――眠れるということは、必要なのだろう。



 ――鼻腔を刺激する、嗅いだ事のないような臭いの煙。

 本能的に袖で口元を覆って、布越しに呼吸をする。

 ここはどこだ?


 私は四つん這いだった。足元は瓦礫。鉄筋の金棒が飛び出してぐしゃぐしゃになった、コンクリート。

 目の前は、茶色い――赤褐色というのが近いか――煙で、よく見えない。


 耳鳴りがひどくて、だが、遠くで轟音が響いている。



 ――()()()()()と、私はミャーノの身体で、眠りに就いた寝台にちゃんと身体を横たえていた。



「使い魔も、夢を見るのですね」

 街で買ってもらった新しい服を着て(せっかくなので緋色のジャケットも身に付けた)、部屋から出ると、吹き抜けのバルコニーの下からサラが「おはよう」と朝食に促してくれた。

 ハムエッグのような料理に栄養が脳へしみわたるのを感じながら、昨夜夢を見たことを話題に出す。

「へえ、どんな夢だったの?」

「内容自体はおぼろげなんですよね…楽しい夢ではなかったと思います」

「叔父さんがあんなことするから…」

「もう謝っただろ?!」

「何もなかった…昨夜は何もなかった…!」

 思わず目の焦点をぼやけさせながら己に言い聞かせてしまう。

「でもミャーノ、ソマさんと戦った時あんなに強かったのに、どうして叔父さんにはぐだぐだだったのよ。私別に好奇心で観察してたとかじゃないのよ?あなたが強いの知ってたから、自分ではねのけられるだろうと思っちゃってさ」

「何もなかったことにしてほしいのに、させていただけない…」

 クルトンの入ったスープを飲み下す。美味しい。美味しいのに、なんかこう、しょっぱい。

「ベフルーズさんに剣を向けるわけにもいかないでしょうに」

「叔父さんのほうが筋力なさそうだし、素手でもあなたの方が強いでしょう?」

「いやその、びっくりして…足腰が抜けてたというか…」

「サラちゃん~~もうやめて~~俺もミャーノもダメージ喰らってるから~~!」

 勘弁してくれ、とベフルーズが行儀悪く食卓に突っ伏す。と、思いついたように私に向かって呟く。

「…使い魔だったら、主人を守ることの次に、自分を守ることに力が発揮されるもんだと思うんだが…」

「…『私の叔父』だから?もしかして家族なら『主人』の拡大解釈に含まれるの?だから抵抗できなかったとかなの?ミャーノ」

「抵抗も抗議もしていたつもりだったのですが」

「悪かったってば」

「まあ真面目な話、サラの大事な叔父御ですから。もしものときはベフルーズさんも私を盾にしてください」

「ちょっとお、ミャーノは私を守ってよ」

「ええ。あなたを守るということには、あなたのご家族を守ることも含まれましょう」


「そういや気になってたんだけどさ…おまえ、バスタードソードなんて使うのか」

「え?ええ。そういえば、ベフルーズさん昨日『珍しい』とおっしゃってましたか」

「ああ。剣に慣れない内から訓練を受けられる場合はロングソードかサーベルでやるし、我流で使えるようになるような奴もたいていロングソードかサーベル。この辺で安く手に入る種類だからっていうのが大きいんじゃないのか?それで慣れちまうとバスタードソードってのはバランスが崩れるって聞いたぞ」

「そういえば十把一からげに売られていた剣の中にこのタイプのものはありませんでした」

「だろ?…ん?だったらそれ高いやつなのか?手持ちでよく買えたな」

「いいえ。それ、まだ借りものなのよ」

 サラは要領よく、昨日のソマとの一部始終をベフルーズに説明した。

 鹿のどの部位を要求されているのか、については自然に省きながら。

 ……昨夜は何もなかった……昨夜は何もなかったんだ……。

「西の鉱山かー。坑道の中じゃなくて山道なら、魔物より熊や狼の方が遭遇率高そうだな…二人だけで行くわけじゃないだろうな?」

「一応、ロスに相談してみようとは思ってるの。誰か西の鉱山の山道に詳しい人いないかなって…。こういう時、王都みたいにギルドがあると楽なんだけど、結局依頼料の上に手数料がかさばっちゃうからなあ」

「…西の鉱山に出る熊ってどれくらいの大きさなんでしょうか…?」

 登山に際してはツキノワグマでさえ遭遇を恐れなければいけなかった本州の日本人なので、正直ヒグマレベルになるとモンスターとそう変わらない。

 熊鈴(くますず)なんて持って山に入ったらエサになるだけだ。

「大人の熊だと5メートルくらいだぞ」

「それはもう動物ではなく化け物なのでは?」

 よく自重で潰れたりしないな…。

 地球の古生代にいたレベルの1メートルトンボとか飛んでたら泣く。

「なんだミャーノ、熊が怖いのか?」

 ニヤニヤとされてしまった。

「意地悪ですね、ベフルーズさん…」

「そりゃ怖いでしょうよ…。ミャーノの世界にも熊いたんだ」

「狼も熊もいましたが、熊は私の時代では少なくとも3メートルほどが関の山です。それでも専門の狩人以外は遭遇は命の危機ですよ」

 そこまで話して、まさかと思ってベフルーズに尋ねてみる。

「…ちなみに、狼の大きさは…」

「体高はこのテーブルより低い。体長はサラと同じくらいかね」

「それなら私の世界とあまり変わりないですね」

 一瞬ホッとしたが、十分危険だ。

「私たちは鹿を狙いに赴くわけですが、狼も鹿を追う獣ですよね。バッティングしないことを祈ります…」

「大丈夫よう、私がついてるって」

「いやいや、ミャーノを頼ってやれよ」

「私の実力については私自身が平時はわからないので、ソマの査定を信じるしかないですね」

 剣を握って対峙すれば、ちゃんと身体は動いたのだ。

 ソマのテストをクリアした、この身体を信じよう。


 皿洗いを申し出て、ベフルーズと並んで台所を片づける。

「ベフルーズさんは本日はどうされるので」

「俺、学校の教師やってるんだ。昨日は休みだったんだが、また今日から4日間講義があってな」

「ほう、先生だったのですね。何を教えていらっしゃるのですか」

「んー…史学と錬金術担当って感じだけど、読み書きや算学とかも教えることあるぜ」

「専門が決まっているわけではない?」

「数人で交代でやってるから、得意なことをそのときの生徒に合わせて色々教えてる」

「学校は西の街なのですか」

「ああ。おまえらと一緒に出発するよ」

「ベフルーズ先生とお呼びしたほうがよろしいですか」

「よせ、さん付けもしなくていいよ」

「ではベフルーズと」

 からかうように確認したつもりはないのだが、拗ねたように許可を出すベフルーズからは、先生然としている様子は想像できなかった。

ハムエッグはサラの手料理でした。

ロスは前日にセリフの中だけで出てきた人物の名前です。(衛兵のシャヒンさんが話題にしていた)


2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。

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