12-6.使い魔、熊殺し呼ばわりされる
「ん? どこ行くんですか?」
フランシスに咎められた。
「……南門から入ろうと思ったのですが」
「はぁ? すぐそこの西門から入ったらいいじゃないですか? なんでわざわざ南門へ……あ、あー、なるほど。いや、今は僕といるんだから、身分証明とか気にしなくていいんですよ」
「そうでしたね」
今、どうやら少しばかり思考が抜けている。
熊だったものを束ねて担いでいる肩も重くなってきた。サラとやや長く離れていたせいで、段々常人のように疲弊が発生してきたのだろうか。
ともあれ、ハルカン市の城壁までは戻ってこられた。もう1時間もしたら日が沈み始める頃合いであろう。
ちなみに、北門は王家関係者の出入り用らしい。
なので、北の山から帰ってきた我々は北門からではなく他の門へと帰るのである。
なお、行きは南門から出発した。どうやら南大隊だけは顔パスになっているようなのだ。
フランシスの画の賜物であろう。
「そういえば、フランシス殿。熊肉は要るんですか? もし貴方がお望みなら、このままモモ肉? 左脚だか右脚だか、そのままでよければ差し上げてもいいのですが」
タンパク質くれ、と最初言っていたけれど、あれは方便だろうから。今となってはそのまま真に受けるのも悪い。
「……ミャーノさん、親切で言いますけど、アラナワ熊ってそこそこ高級食材なんですよ。ホイホイ簡単にあげていいもんじゃありません。今回は遠慮しておきます」
「そうなんですか。すみません……」
「せいぜいウサギかキツネでも狩る程度かと思ったらアラナワ熊とか予想外過ぎましたし」
「私のこと調べてたら、私の懐が寂しいことはご存知でしょう」
「僕がそれ知ってたらなんだって言うんですか」
「騎士団の入隊試験受けるつもりなんですから、日数は余裕ないわけですし、小遣い稼ぐなら一獲千金一択じゃないですか」
「普通は、だからって『大っきいクマ狩っちゃお!』とはならねーんですよ。行動指針がざっくりすぎるわ! 一獲千金の方を諦めろってんですよ。王軍の騎士になったら定収入できるんだし」
そこまで一息にツッコんでから、フランシスはわざとらしく「はぁ」と一拍置き、その先を続けた。
「……ま、定収入より身分証明が目的だったなら。あんなデタラメな狩り方をできるなら、納得はしますけど」
「ご理解どうも。お、ここが西門ですか」
「厭味言ってんスよ、ちゃんと聞いてくださいよ」
褒められてんのかと思ったわ、すまんな。
「まぁまぁ。とりあえず、こっちにすごい形相で向かっていらっしゃる衛兵さんの対応をお願いいたします」
南門が南大隊の管轄だったようであるから、単純に考えればこの西門は西大隊、白虎の管轄になるのだろうか。
「そういえば、フランシス殿の所属はどちらの大隊なのですか?」
「この西大隊ですよ」
やはり西門は西大隊でいいらしい。そしてフランシスの所属は西大隊だったのか。
(西大隊といえば――)
近づいてきた衛兵がいよいよ声を掛けてきたので、急務でない思考はそこでぱたりと止めた。
「おい! そこの怪しい人! 人かな? とにかく止まって! け、けものくさっ! ……あれ、フランシス?」
「彼は確かに怪しいですが、朱雀の筆頭百人隊長、キア・アルダルドゥール殿の客人です。昨日の隊報ご覧になりました?」
私は立ち止まって、フランシスに前に出てもらう。
というか、今『けものくさっ』て言われた? 血抜き前よりマシになってるとは思ったんだけど。
(……ううむ、まだ十分臭かったかも)
フランシスはよく文句言わかなかったな。私はどうやら無意識に臭いを感知しないようにしていたきらいがあるのだが、いや、それはフランシスだとて同じなのか。遺骸というものは、臭いものなのだ。
「え? ああ、読んだけど……あ、この顔見た! “武のバニーアティーエ”だ!?」
そういえばそんなアオリが瓦版についてたね。
衛兵さんは無遠慮に私を指差して、目を丸くしていた。
「はじめまして」
彼は先輩になるはずの人だ。多少の無礼は許そうじゃないか。
内心そんな偉そうなことを考えつつ、「早く通過したいんだけどな」と強く思う。
重たいのだ。荷物が。持てないこともないだけで、重くはあるのだ。さすがに。
歩いている間は気が紛れるのでそこまででもないのだが、立ち止まると途端に嫌になってきた。
「……それ、なんなんですか?」
衛兵さんは呆然と、私の担いでいる“それ”を仰ぐように指差す角度を変えた。
「ねぇ、びっくりしますよね。アラナワ熊狩ったんですって」
まるでその場にいなかったかのような言い回しをする。これに関しては、後で「デスストーカーの件と違ってこれはミャーノ単身での手柄だ」ということについて気を遣ってくれたのだということに気がつくのだが――それは後々の話であり、今現在は、他人行儀なフランシスに私は少しばかり不満を抱いてしまうのであった。
「それじゃ、僕は一旦これで」
「取材はもういいんですか?」
「逆ですよ。あなたにひっついていても、これ以上情報を僕にはくれないと言ったじゃないですか。王家関係者に接触するのが目的の一つであるとなれば、監察官としてはその情報で十分です」
「なんでしたら、そのご関係にパイプをつないでいただいても私としては有難いのですが」
「……馬鹿言ってないで、呼出機の招集にちゃんと待機していてください、お願いだから。あなたがこうやって変な挙動すると、僕たち末端の人間は追いかけないといけないんですよ」
はい、と不承不承頷く。
フランシスに見捨てられ、もとい彼とは解散した私は『コロティネ』へ向かうことにした。
『カモシカ』も『コロティネ』も南地区の宿や店になるので、まず大雑把にこの西地区から南地区へ移動して、細かい場所はその辺の人に聞けばいいかなと甘い見通しでいたわけである。
「……おや?」
門から入ったところは裏通りだったので人がいない様子で、二十歩ほど歩いたところで表通りに出た。表通りにはもちろん人通りがあったのだが、波が引くように、私の周りにおいてだけ無人の空間が作られたのである。
「おや、ではないよ、ミャーノ。何で昨日の今日で君は王都のど真ん中で熊を担いで歩いてるんだ」
「あれ、リカルドさん。こんにちは」
「はいこんにちは、昨日はお世話になりましたね。――君、もしや割と考えなしなとこがあるのか?」
「あ、あはは、やはりまずかったようですね」
「西門から『熊殺し』が入ってきたから、混乱が起きないようにと“付き添い”の要請が南大隊にきた。そんなもの、一人で持って歩いたらどう考えても騒ぎになる」
「面目ない……西門から入った時に普通に見送られたので、大丈夫かなと、なぜか、つい」
熊を担いでいる様は別段大したことない風景であろう、と何でだか思ってしまった。
しかし、そんなわけはない。表通りに出たところは、平屋から三階建てまで背の低い建物の表側が連なっており――
「丈が二階の天井より高くなるのは、大広場の大道芸くらいでしか見たことがないぞ」
そう。今の、自分の担いでいる物の嵩について、ここにきてやっと実感がわいたのである。
相変わらず無人空間は保たれていたが、どよめいた様子は鳴りをひそめた。なるほどこれが騎士効果か。
護送か連行に見えてたらどうしよう。外聞が悪い。
それにしても要請とやらが伝わるのが随分と早かったなと思ったが、王都内にいる警邏担当の騎士は通信機を携帯しているのだそうだ。
王都は、シフトを組まれている魔導士たちによって、一日中魔動通信機の使用が可能になっているらしい。つまり、魔導士たちの念によって電波が張り巡らされている。魔導士は頭脳労働のイメージがあったが、意外と力技でゴリ押ししている側面もあるようであった。
「しかし『熊殺し』とは……少しイメージが悪すぎませんかね」
「いや、一言で全てが理解できる良い言い方だった。『“熊殺し”が西門から入った。例の“武のバニーアティーエ”なので事件性はないのだが、南大隊の誰かは付いていってくれ』。どうだ、無駄がないだろう? ……うん、納得できないという顔をしてもダメだよ。どこにそれを持って行く気なんだ?」
「ええと、薬局の『コロティネ』という店に納品しにいきます。――リカルドさん、道を聞いても?」
「いいとも。乗りかかった船というか、乗りにきた船だからね」
「――は??????????????」
「どうしました、ジュイ? え、もしかしてこれ、アラナワ熊ではなかったりしますか?!」
朝同様、『コロティネ』の表玄関ではなく、裏側に回って推定約1トンの熊の体(六分割且つロープで一纏め済み)をそっと下ろした。自分の分の身長が差し引かれてもなお、一階の屋根の高さは越えている。
そんな獲物の報告をするために、店内にジュイを呼びに行き、裏庭に置いたところだと案内したら、昨夜の飲みの最中には見せなかったような崩れた表情をされた。
「ちょっと待って、ミャーノさん。まさかこれ全部北の山からここまで素手で運んできたの?」
「えっ、手袋などしないといけなかったということでしょうか?」
「そういうことじゃない。そういうことじゃない」
大事なことだったのか、念を押されてしまった。
「あらー、これはすごいのだわ。ミャーノ、さすがに重くなかったの?」
「いや、重かったですよ」
ジュイより遅れて裏庭に出てきたサラは、ジュイと違って変な顔はしなかった。
半日ぶりに見る主人の顔は、変わりなく可愛い。
「重かったですよ、じゃないんだよなあ。自分が説明不足だったのが悪かったね、肉垂だけ先に運んでくれれば良かったんだ」
「ん? でもその辺に置いておいたら他の動物に食い荒らされたり……」
「だから、魔術で迷彩かけて……」
「ジュイさん、ミャーノは魔術が使えないのだわ」
「へっ?」
ああそうか。少なくとも王都ではそれが狩りの時の常套なのだ。
「すみません……私がいたところではそういう気遣いは特になかったので……」
「なるほど、エルドアン鋼の使い手というのは、不便だな」
後ろに控えていたリカルドがフォローをしてくれる。
無能扱いじゃなくて、特殊な装備を優先することによるデメリットを甘んじて受けていると解釈してもらえたということだろうか。
エルドアン鋼についてはジュイも知識があるようで、私が何か付け足すまでもなく得心した様子だ。
「でもだからって、魔術が使えないなら尚更運ぼうと思って運べる重さじゃないっしょ」
「そうだなあ。まあ、実際運んでいたのでな……」
ジュイとリカルドは私ごしに会話をし出した。
「……うちの田舎では、腰が曲がってしまったお婆さんも200kgは担げてましたから……」
田舎ではなかったが、電車でたまに見かけた野菜や穀物の行商のお婆さんたちを思い出しながら言う。
高齢者でもそうだから若者の自分なら担ぎ方でどうにでもなる、と言いたかったのだが、説得性にはちょっと苦しいところがあった。
しかしリカルドも言った通り、事実運べていたわけなので。ジュイもリカルドもそれ以上は特に追及してこなかったのであった。
お読みいただきありがとうございます!
長くなったので一旦この辺で切りました。
> 次回更新は11/8(木)ごろまでに行う予定です。
⇒と言っていたんですが1週間早く更新挟めました。




