12-3.フランシス
フランシスの同行の申し出に対して、
(お断りするべきか……?)
と、私は、二三秒迷った。
これが山登りだという認識があったからである。
そうならばこそ、道案内をお願いしたらいいじゃないかという側面はあるが、単独行でない場合は、――サラとベフルーズ以外の人間の目に触れる場合は――あくまで“常人の所作”を維持しなければならないのがとても面倒くさい、と思ったのだ。
地図がなくてもなんとかなるだろうと考えた一番の要因であり唯一の拠り所が、この身体の人でなしな身体能力なのだから、それが使えないとあっては、端的に言うと、困る。
「……困らせてしまいましたかね?」
「ああいや、そうではないのです」
そうなんだけども。
「ただ、あなたにお世話になってしまうのは申し訳ないなと。そういう意味では困っていますね」
「そういうことであれば、僕にも益はあるのでご安心を」
フランシスは受付係の見本のような綺麗な微笑みをたたえると、続けた。
「今夜タンパク質足りないなと思ってたんですよねえ」
「……わかりました。ではお願いしましょう」
「すみませんね~」
「いいえ。不案内なのは確かですので」
そう言いながら、私はやはり居心地が悪い。
不快そうな表情をされるのが好きなわけではないが、根拠も良く分からないのに愛想よくされるのは、不気味だと思ってしまう。
都子は小心者なのだ。
フランシスを伴って一時間ほど散策した。
その間、山鳥や小さなリスくらいは見かけたのだが、その他の獣には全然遭遇しない。
「時間帯が悪かったでしょうか」
シーリンでキイキイ鹿を狙った時間帯とそう変わらないはずだが、標高が違うのだから、動物の行動する時間帯も異なるのかもしれない。
「でも、街の猟師の人たち、討伐でもない限りは大体昼間に狩ってきてる気がするんですよねぇ」
「ふぅむ。――どこか休憩できそうな開けた場所はありませんか。清流の近くだとなお良い」
「清流ですか? ああ、そうか。水を飲みにくるかもしれませんね」
では、とフランシスは登る道を示した。私は素直に頷いてついていく。
「それにしても、今のところ痕跡すらないですね、アラナワ熊」
「友人からはこの山も生息域だと聞いてきたのですが」
アラナワ熊の特徴は、縄文様のごとき襟巻状の肉垂だそうだ。その肉垂を乾した物が、リウマチの薬になると言っていた。これがまた、ご高齢者に大人気らしい。
そんな大人気とあっては乱獲が問題になったりしないのか、と訊ねたが、ジュイはその問いにはきょとんとしていた。
巨躯の獣で、一体から採れる肉垂の量が多いことが大きな理由で――そして、その巨躯に立ち向かっていくコストとその儲けが見合わないらしい。
普通なら、徒党を組んで一体を倒すのがよっぽどなんだそうである。
「友人さんって、ハルカン市のですか?」
「ええ、そうですけれど」
「ミャーノさん、こちらにお知り合いいたんですか?」
「……ああ、そこが気になっていたんですか。いいえ、昨日知り合ったばかりですよ」
そうだ。ルイスもジュイも知り合ったのはつい昨日のことだ。
「友人と呼んでも差し支えないと思いたいですね」
これは自分に向けた言い聞かせだ。
そもそもこの世界に生を受けてから、ひと月程度しか経っていない。
(期間の短さを考えたら、割と健闘しているほうじゃないか?)
縁の恵まれように、そんなことを改めて思う。
「気になっていたと言えば、私も一つあるのです」
「僕にですか?」
「はい」
あの木片を宿に置いてきてしまったことを少しだけ後悔したが、別に問題はないことにも気がつく。
「騎士団の瓦版にあった私の似顔絵、もしやフランシス殿の画でしたか」
そう問うて、すぐに是非は返ってこない。フランシスは少し目を丸くしている。
「――写実の絵で言い当てられたのは初めてですよ」
一息吸って吐いてから、彼はようやくそう答えた。
お読みいただきありがとうございます!
次回更新は10/8(月)ごろ行う予定です。




