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12-2.使い魔、一人で山に登る

 サラをジュイの店に置いて、私はハルカン市の北にある小山(こやま)に足を踏み入れていた。案内(あない)はない。

 登山用の地図など、この国(キーリス)には少なくともないそうだ(これはサラに聞いた話なので、もしかしたら専門家同士だと共有されている地図があるのかもしれない)。ここで私が言っている「登山用の地図」というのは、私が都子(みやこ)だった時日本で売られていた「主な山についての、“登山が趣味の素人”用に登山道や目印などがわかりやすく表記された地図」のことである。玄人(くろうと)は国土地理院が提供している地図から自分で登山ルートを検討するのだが、かつて語った通り、都子(わたし)()()の素人だったので、もちろんそんなことはできない。


(この辺りでは趣味で登山をする人間、というのがいそうにはないから需要はないんだろうが、そういうのを作ることができたならそれでひと財産築けた可能性あるんだよなあ)


 つくづく、ものの役に立たぬ素性(すじょう)である。


 手持ちは、クロスボウといつもの片手半剣(バスタードソード)にカトレヤの短剣、そして井戸水の入った水筒と干し肉と蜜菓子のみ。遭難して山で夜を明かすことになったとしても、そのための用具はツエルトすら置いてきた。

 現代日本(あっち)だったら、そんな“舐めプ”で、入ったこともない山に登って遭難した日には非難囂々(ひなんごうごう)だろう。しかし、シーリンの西の鉱山に二回挑んだだけのくせに、私はやけにこのミャーノの身体と五感を()()()()していた。


(この身体なら、多少のことでどうにかなったりするまい)


 と、いうことである。


 目的はもちろん、狩りだ。

 この小山はシーリンの西の鉱山と違い、大した高さはない。故に、生息している動物の種類が標高によって大きく変わったりはしない。それはつまり、案内なしにどこを歩こうが、獲れる獣の種類は大して変わらないということである。


 ジュイに聞いてみたところ、この小山には子供やお年寄りも入ってくるため、弓矢などの飛び道具の使用は推奨されていないということだった。なので、今日クロスボウを使うつもりはない。

 シーリンの西の鉱山は、自警団に届け出て入るという仕組みがあったので飛び道具も遠慮なく使えたというわけだ。


 人が入っている山にしては(やぶ)こぎが必要なのは、別に私が道でない場所を歩いてしまっているというわけではないと思う。人が良く入る山特有の「目印」が、ちゃんとこの道についているのだ。

 先駆者が「ここの分かれ道はこっち」という意味で樹にリボンや縄を結んでいたり、「ここらの足場はここを踏め」という親切心で岩にペンキで(マル)がつけられている(この私には「○」に見えている文字だか記号だかは恐らく、「○」ではない、ファールシー語の文字だとは思う。翻訳の術が働いて「○」あるいは「×」で脳には伝わってくるのである)。

 土が少しぬかるんでいる。

 藪が育っているのは、数日間雨が続いたから。

 人がわざわざ入ってこないその数日間のうちに、道はあっという間に藪で覆われてしまうことがある。

 コンクリートジャングル育ちコンクリートジャングル勤めの都子(わたし)だが、そのことは趣味の登山においてさすがに体感があった。

 しかしぬかるみのせいで辟易していることを一つ報告したい。


「うわっ」


 一人で歩いているというのに、不快感を思わず声に出してしまう。

 ヒルだ。血を吸うアレである。移動している姿を見ると、伸びきっている瞬間においては全長20センチくらいある。

 これはヤマビルでいいんだろうか。全然詳しくないし、詳しくなる気もないので追及はしたくない。

 オオカミはともかく、サソリが数十倍数百倍の大きさ、クマが二倍の大きさという世界だ。ヒルも私が見たことがある大きさのそれより()()()でも不思議は何もない。

 大きいとその分おぞましさは増すのだが、唯一いいことが「返り討ちにしやすい」ということであった。

 デカい分、こちらに飛びついてくるのがわかりやすいので、そのたびに片手半剣(バスタードソード)でばっさりと容赦なく切り裂いている。

(実は天然記念物で保護対象とかじゃあありませんように……)

 ヒルというのは私の知る限り、こっそり取りついてきて血を吸っていく、わりと忍んでいる生き物のはずなのだが、

「何故こいつらはこんなに正面からくるんだ……」

 藪こぎをしていると言った通り、足元がかなり見難(みにく)いのだ。それにも関らず、この山のヒルは、激しく跳ねてこちらに飛びついてくる。

 ヒルならヒルらしく、それらしい戦法をとってこいよ。今の私(ミャーノ)の腕なら一発で絶命させられるから私にとってはこれでいいんだけどさ。


「そこに誰かいるんですか?」

「はい?」


 独り言だったはずなのに、藪の向こうからリアクションが返ってきた。


「あれ、バニーアティーエさん?」

「……フランシス殿?」

「おやおや、やっぱり。何してんですこんなところで。市内で待機してろって言ったでしょ僕」

「ああ、受信機は市内に残っているサーラーに預けてまいりましたので」


 リアクションの声の主は、王軍本部の受付にいたフランシスだった。


「それならまあセーフですけど……それで何を? 剣抜き身なんですけど?」


 食いついてくるなあ。確かに私は今、長い剣をむき出しで無造作に持っていて、ちょっと怪しいのは認める。


「薬用動物狩りに。いや、ヒルがひっきりなしに寄ってくるもので……」


 正直に答えておいた。

 別に誤魔化す話でもない。


「なるほど。それにしては軽装ですね」

「そうですか? 地元ではこんなもんでしたよ。あなたは――山菜狩りで?」

「ええまあ」


 フランシスはその背に竹籠(たけかご)を背負っていた。

 自分の目線の位置からは見えないが、フランシスの姿勢から伺うに、その籠には少し重さがあるようだ。すでに狩ったものが納められているようである。


「……」

「…………」


 沈黙が気まずい。

 しかし空気を読まずに性懲りもなく襲ってきたヒルがいたので、私はヒルの方に視線をやらずに剣を振る。

 すると、フランシスが少し目を見開いて、それから告げてきた。


「ついていってもいいですか? この山、馴染みではないでしょう? 僕、役に立てると思いますよ」

お読みいただきありがとうございます!

活動報告にて夜になってから書きこんでいたのですが、予告に遅刻してすみません……。

うっかり家に帰れなかったんで許してください……。


次回更新は9/30(日)ごろ行う予定です。

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