12-1.主従、薬屋を訪ねる
「というわけで昨夜は、アヤさんのご親戚とルイスと飲んでおりました。事後報告になりまして申し訳ありません」
「全然気がつかなかったのだわ……すぐ寝ちゃってたから、私はそれで別に構わなかったけれど」
深夜に宿へと帰ってきた際は、玄関から堂々と入って階段を上り、部屋へ戻った。
サラ達の部屋は私の部屋より奥にあったから、扉の前を通る人の気配もなかっただろう。
余計なことまで――たとえば、私が出たのは窓からだったから、宿のスタッフは、もしサラに私の行方を尋ねられたとしてもわからなかったであろう、ということだとか――は言わなかったので、「ふぅん」というだけの反応である。
日が昇り、階下にざわざわと人の気配がし始めたところで、「おはよー、起きてるー?朝ごはん食べに行きましょう」とサラがノックしてきた時には、私はサラの見込み通り起きていた。
そもそもほとんど寝ていなかったのである。目を閉じて横になり、休眠をとったのは二時間ほどであっただろうか。
しかしサラがいてくれるおかげで、寝不足にすらなっていない。
「サラ。今日の予定なのですが、ビラールがミーネとアークに終日ついていられそうでしたら、私、狩りに出て参りたいのですが」
「突然どうしたのよ」
豆鉄砲とまではいかないが、輪ゴム砲が飛んできた時のような顔を、サラがしている。
指だけでパチンと飛ばすアレだ。
「実は、昨夜ですね……」
実は昨夜ジュイに、所持金の確保のために一仕事しておきたい、という相談をしていた。
いや、その相談自体はルイスにも宛てていたのだが、自分にできた仕事の実績から、私は特にジュイにお伺いを立てたかったのである。決して、ルイスを頼りにしていなかったわけではない。
それすなわち、薬となる鳥獣の狩猟である。
「おはようございます、ジュイ。昨日は寝めましたか」
「おはよ~……」
「ダメそうですね」
「ふぁ…大丈夫…すぐ支度するからちょっと店の方で座って待ってて……」
ミーネ達には不義理を詫び、『コロティネ』を訪ねた。
店の正面玄関ではなく勝手口をノックすると、十数秒をおいて愛らしいロップイヤーが……ではなく、寝ぼけ眼の青年が顔を見せる。
「…あれ? そちらは?」
「はじめまして。私、サーラー・バニーアティーエという者なのだわ。サラと呼んでくれたら嬉しい」
「ああ、ミャーノさんの親戚の子。はじめまして。自分はジュイ・リー。よろしくね、サラ」
ぼんやりしていた顔を瞬時にはっきりとさせて、ジュイは握手の手を差し出した。
ジュイの言い回しに、なんだか変な感じがすると思ったが、すぐに或ることに思い当たる。
これまでは、まずサラ(あるいはベフルーズ)の交友関係や所属社会があって、そこに私が参入してくる体だったのだが――ここにきて、「“知り合いのバニーアティーエ”の一番最初」が私になるというケースが発生した。
この状況が、妙にくすぐったい。
(小学校デビューした児童じゃないんだから……)
くすぐったさを感じている己の、この世界における社会性の幼さを、こっそりと恥じ入る。
「勝手にすみません、ジュイ。サラもお邪魔して構いませんか」
「ぜんぜんいいよー。さあ入って入って」
「お邪魔しまーす」
先に言われた通り、店舗部分の間にある小さな卓にあった小さい椅子に腰を掛けさせてもらう。
サラは興味津々の様子で、狭い店内に置かれた薬の壺たちを眺めていた。
座っていろと言われた手前か、行儀悪くうろうろはしないようだ。その辺りが、やはりサラはよく躾のされた子なのであった。
サラがついてきてくれたのは、別に私の保護者であるからとかそういう動機ではない。
「あなたもデスストーカーの退治に一口噛んでたのはルイスから聞いたよ。魔術士なんでしょう?」
「ええ。私も、アヤの従兄が薬師さんだと聞いたから。話を聞いてみたくて、ミャーノについてきたのだわ」
サソリの毒について、サラが調べようとしていたことは各位覚えておいでだろうか。
彼女は、デスストーカーの神経毒を、鎮痛薬として使うことができないかと考えていた。
生薬というものについて、私が都子として元々持っていた知識はほとんどない。ただ、「生き物から作られる薬というのは、そのままだととても強すぎる薬になってしまうこともあるから気をつけろ」という、ぼんやりとした先人の警告は記憶にある。その認識についてサラに訊いてみたのだが、こちらの世界でもその考え方は概ね同じであるらしい。
サラは調薬の基本について心得があったが、専門ではない。
生き物の毒の薬への転用に関しては魔術というよりも医術の分野らしく、サラはジュイにそれを聞きたかったのだ。
「毒を薄めて薬にするって、自分はあんまりやりたくないんだよねえ」
「どうして……というのも変ね。確かに好き好んで『しよう!』という方が珍しいでしょうけれど」
「うん。自分のお客さんは街の人がほとんどだから。――ちょっと多く服んじゃっただけで危なくなるような類の薬は、あんまり処方したくないかな」
「なるほど……」
「麝香みたいに、ちょっと濃くなると『ウッ』てくるだけで別に毒にならない系の生薬はまあいいかって感じ」
ムスクの香り自体は都子は合成香料しか嗅いだ経験がないが――“現代っ子”なのである――こちらの生薬としての麝香もやはり動物からとったものであるらしい。ジュイが指差した先には、いくつかの小さな瓶に入った、掌大の毛むくじゃらが並んでいた。瓶にはしっかりと蓋が施されている。開けると臭いのかもしれない。
「でも必要な時は自分もやるよ。だから、目的――というか、理由かな? うん。自分は、サソリの毒を薬にしたい、あなたたちのその理由が知りたい」
ジュイは、真摯に慎重だった。
薬師としては、その姿勢は信頼できる。
サラは特に私に視線を遣ったりせず、ジュイに目を合わせたまま、真っ直ぐに返答した。
「私の師匠の知り合いが、慢性的な頭痛に悩まされているの。人が苦しんでいるのは、何とかしたいわ」
――嗚呼。
サラやシビュラがトロユにされている仕打ちを考えたら、サラのこの簡潔な決意の、なんと高潔なことか。
私は思わず目を瞑った。
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次回更新は来週9/7金曜日までに行う予定です。
2018/9/2 18:20ごろ サソリの毒云々のあたりに一文追加しました。




