11-10.使い魔、酒場に連れてこられる
宿『カモシカ』を離れて三分ほど歩いた先で、先導して歩いていたジュイがとある酒場の入り口を指差し、私に入店を促す。
(今更ながら、いいのかな。サラ達を宿に置いて酒場になんか来ちゃって)
サラ達が怒るかもしれないなんて思っているわけではない。サラ達は――サラは、私にとって何よりも優先すべき護衛対象なのである。
自分の足で出てきておきながら、気にしているのは誰よりも私自身であった。
ここまですっかり無言でついてきてしまったが、不思議と、それで間がもたないなどという気はしなかった。
目線の先でふさふさ揺れるロップイヤーに釘付けだったからであろうか。だとしたら、ジュイの方は居心地が悪かったかもしれない。ごめんなさい。
(ウサギの耳ってあったかいんだよなあ。毛の流れにそって撫でたいなあ)
胸中で謝りはしつつ、しかしその不躾な行いを全く改めはせず、ジュイのロップイヤーに好きなだけ心を奪われていたので、
「ミャーノ。……おい、ミャーノ?」
ジュイとはまた違う男性の声で名を呼ばれるまで、足を踏み入れたその店内を、一瞥もしていないことにやっと気がついた。いけない、警戒心が息をしていない。
「おや、ええと、リ…ル……」
「ルイスだよ。今朝の今夜で忘れてんじゃねえ」
「ああ、そんなことは。失礼しました」
忘れてはいなかったよ! 名前がとっさに出てこなかっただけなんだ。
決してリカルドとごちゃまぜになっていたわけではないんだよ。
私は軽く頭を下げて、共にサソリ――デスストーカーを討ち果たしたという本日の労に触れることにした。
話題を逸らすというか、彼の憤りの矛先を逸らすためでは、ない。
「クラウさんは、その後回復されてますか」
「あ、ああ。おかげさまでな。夕方にはもう退院してたよ。……ありがとう」
「いえいえ、我々は確かにお手伝いを申し上げましたが、我々がいなくてもきっとクラウさんはご無事でしたよ。本当によかった」
「……ルイス。自分ら、そろそろ座ってもいい?」
「えっ、ああ、すまんな」
呆れたように着席を要求したのは、ジュイである。傍らでじっと黙って、私とルイスの会話を聞いていたらしい。
ルイスは席から立ち上がってはいたが、その着いていた卓の上には、既に残りが少なくなっている酒のジョッキが二つと、乾き物の皿が載っていた。
ジュイは当たり前のように、ルイスの前にあるジョッキではない方のジョッキの前の椅子に腰を掛ける。
「あれ、ルイスとジュイはお知り合いだったのでしょうか」
「うん、まあね。驚いた?」
「はぁ、驚きました」
「自分の方が驚いたけどなあ」
私が間の抜けた反応を返すと、ジュイに苦笑されてしまった。
それはそうかもしれない。
遠い南の街で何年も会っていない従妹の手紙に書かれていた男が、己の友人と共に魔物の討伐をしたと聞いたなら、「すごい偶然だ」と思うだろう。
それと比べたら、王都に住んでいる年齢の近い青年二人が友人同士であるという状況は、何一つ驚くべき点などない。
「そうかもしれませんが、私には今の状況が全くわからないんですけれども」
「じゃーん。これなーんだ」
「……?! 何ですかこれ?!」
思わず語調を強くしてしまう。
ジュイが、ルイスの腰のカバンから勝手に取り出して私に見せたのは、モスタンでビラールが見せてくれたのと同じような魔動石板である。問題は、その画面だった。そこに表示されているのが、まるで写真のごとく写実的な――
「私、指名手配でもされているので?」
――私の似顔絵であった。そう、絵だ。大変、巧い。
「なんでさ。心当たりでもあるの? ここにお巡りさんいるから、吐いちゃいな。ラクになるよ」
「誰がお巡りさんだ」
私の戸惑いを茶化したジュイに、ルイスは唸っている。
「これねー。騎士団の内部だけで配信されてる瓦版。今夜の一面がミャーノさんだったの」
自分の似顔絵に注意を持っていかれてしまって周りの文字を認識できていなかったが、確かによく見ると『野盗のついでにデスストーカーも討つ』『武のバニーアティーエ復活なるか』などというアオリがある。
言いたいことは色々あったが、一つ深くため息をついて、私は改めて口を開くことにする。
「――ルイス。そんな内部報を騎士以外の方に見せてしまってよいものなのですか?」
ジュイが、店の前を通りかかっただけの私を“ミャーノ・バニーアティーエ”だと認識できた理由はこれか。
おそらく、ルイスがジュイに「今日の出来事」を話す際、この似顔絵を見せたのだろう。
薬屋も客商売である。一回見かけただけの男の顔をしっかり記憶していても、不思議には思わなかった。
「一般に開示しちゃいかんニュースはこれには載らないから、別に禁止されてはいない」
そういえば、日本でも警察が発行している新聞があったな。
「しかし、私の顔がわかったとして、ジュイはなぜ私のとった宿の部屋の窓もわかったんです?」
「ああ、それは俺がジュイにあんたの宿泊先を教――まど?」
個人情報ダダ漏れかよ、と憮然としてしまったが、ルイスはきっと私達に礼を言いに来てくれようとして、宿をフランシス辺りから聞き出しただけなのだろう。
私がそう己を納得させていると、ルイスはルイスで胡乱な視線をジュイに向けていた。
「窓ってなんだ、おい、ジュイ」
「えへへー」
「私、部屋の窓から降りてこいと言われて出てきたのですが」
「言われたからって降りて来ちゃうのもどうかと思うんだが?! 危なっかしいやっちゃな!!」
なぜか私が説教される流れになってしまった。理不尽である。
二人が「ビール」と追加注文したので、私も同じものを頼んだ。
口にしてみると、エールと呼ばれている酒よりも、喉越しの刺激が強い。こちらのほうが、私が馴染みのある向こうのビールに近い気がした。
酒精もエールよりは強いかもしれないが、ワインよりもずっと優しい。
これなら二、三杯飲んでも問題はあるまい。
うん、美味かったのだ。
自分に多少甘くなってしまったのは目を瞑ってほしい。
「お二人はよく一緒に飲まれるんですか?」
「五日に一度くらいかな。と言っても、自分は基本夜は家で適当に食うから、ルイスが外食する日に付き合うだけなんだけど」
結構な頻度ですね。
訊いてみたら、ルイスは寮住まいなんだそうで。
規定の時間内に寮の食堂に行けば朝昼晩、賄いがいただけるらしい。
「ウチにルイスが来ると『ああ今日は食いっぱぐれたんだな』っていう」
『もしやルイス、あなた、ジュイ以外に外食に誘える友達がいないのでは…』
などと、余計なことは突っ込まなかった。
「あれ? 夕方までに帰れなかったんですか?」
「昼過ぎには解放されてたよ。……悪いか、力尽きて仮眠だわ。起きてクラウと話してたら夕食の時間が終わってて…」
素直に昼寝と言え。
「……待てよ。あんたは王都についてから本部でハルニスさんに連れていかれたって聞いたけど、もしかしてずっと休めてないんじゃないのか?」
おっ、良いところに気がついたねキミィ。
「お構いなく。私、体力はあるほうのようですので」
「厭味か!」
「いえ、そんなつもりは」
本当にない。
徹夜行軍でトラブルもあったのだ。ルイスの倒れ方のほうがまともな人間の様子というものである。
「それに、私を呼ぼうとおっしゃったのはきっとジュイのほうでしょう?」
だからルイスが責められるべき点など、――私の宿泊場所の情報を横流ししたことくらいだろう。
「おっ、よくお分かりで」
「ルイスが私と飲みたがるとは思えませんしね……」
「そんなことはない!」
少し喰い気味に身を乗り出して、ルイスは私の言を強く否定する。
「……そ、そうですか」
勢いに思わず上半身を反らせてしまう。
ルイスは無言で居住まいを正すと、しかしやはりソワソワとしてしまいながら訊ねてきた。
「――鶏ももだったら唐揚げと串焼き、どっちがいい」
「串焼きで」
私は即答する。唐揚げは夕食に食べたばかりだったので。
意図が読めないまま答えてしまったが、ルイスがさっさとウェイターに注文をしたため、問う必要はなかった。
「ミャーノの分は俺のおごりだ。俺の歓迎の意志を思い知るがいい!」
「えっ怖い。あ、いや、ありがとうございます」
「なんでそこでミャーノさんに限定しちゃうのケチー。だからモテないんだぞー」
「お前におごる理由はないだろ! あとモテないのは今関係ないし!」
おごってくれると言った太っ腹な先輩(予定)に加勢することも否定してやることもできずに、私は誤魔化すようにジョッキに口をつけたのであった。
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次回更新は来週8/30木曜日までに行う予定です。




