11-9.使い魔、金策をする
気を取り直し、あらためて卓上の残金を数える。
「にい、しい、にい、しい、ろく……」
銀貨4枚、1000銅貨7枚に、500銅貨1枚。銅貨に換算すると、57,500銅だ。
この宿の値段は一部屋一泊3500銅で、朝食がついている。
昼と夜の外食が合わせて3000銅として、
(……ええと)
私は算数が苦手なのだ。暗算にはちょっと時間が欲しい。
このまま10日受験が行われず待機となった場合、食事と宿泊のみに絞ったとして、65,000銅。
「まずい、8日分しかないのか」
思わず口にしてしまう。
早めに受験が行われることが期待できたとしても、今後の行動に制限がかかってしまう理由が金欠というのは情けない気がする。
なお、この問題は実はサラにはない。というか、自分の宿代もサラが、というかバニーアティーエ家が負担してくれる旨を言ってもらえてはいるのだが、払えるなら自分で払いたいところでもあるのだ。
だって、使い魔であることがわかっているサラとベフルーズはそんなこと思わないだろうけど、客観的に見たらただのヒモになってしまうではないか。
(キアから報酬をもらえたとして、猪2頭の時の6銀貨を超えるかわからないし……あ)
胸の裡でぽんと手を打つ。
(そうだ。狩ってくれば良いのでは?)
シーリンですら、猟を生業にしている者が少ないというのだ。こんな首都では言わずもがななのでは?
ぽこん。
こつん。
傍から見ると、暗い部屋で銭を数えているという、物凄く根が暗そうな行為であることに気がついたその時、窓にある小さな緞帳が波打った。
窓はガラスがはめられておらず、厚めのカーテンで塞がれているだけのものだ。
使い魔の能力のおかげで灯りが不要なため、月明かりも必要とせず、帳は下ろしたままなのであった。
ぽこん。
(何だ?)
もちろん、私は訝しむ。
外から何か……大して重さのないものが当たっている。
少しだけ用心しつつ、緞帳をめくってみることにした。もちろん、身は石壁を背にして、外からぶつけられている何かで怪我をしないようにして。
そっと、片手半剣の鞘で緞帳を持ち上げた。
ころんっ、とんとん……ころろ……
どこか軽やかな音をさせながら、私の掌の中に収まるほどの大きさの、薄汚れた白球が、暗い部屋に転がり込んできた。
月明かりがまっすぐに、扉に向かって差す。
まるでそれがレッドカーペットのように、白球はまっすぐ扉まで転がっていき、ぶつかって止まった。
石壁の枠から、ほんの僅かに外を覗くと――
『こんばんは』
声は聞こえなかったが、彼がそう口を開いたように見えた。
(誰だ?)
そう思うものの、彼の顔にはとても見覚えがあるような気がした。
だが思い出せない。本当にどうにかならないのか、このへっぽこ記憶能力。
(全く知らない顔じゃないんなら、どこかで顔を合わせたんだろうな)
少なくとも今、目も合ってしまったわけで、無視する気にはなれない。
降りようかと、廊下へ続く扉の方へ身を翻そうとすると、彼がぶんぶんと大きく手を振りかざした。
その両手で人差し指を合わせながら、四角く形を描き――開いた掌を己の側へ掬いあげるように――
「『その窓から降りてこい』……?」
私がそう呟くと、彼はウンウンと頷く。まさか聞こえたのか、今の。
あとここ、三階なんだが。
(まあ、この身体ならいけるか)
窓もギリギリ、通る。落下防止に柵はついているが、上半分は開いている形状のものだ。
問題はない。
「少々、お待ちを」
私が、やはり呟くようにそう告げると、彼は小さく首を傾げた。
(テーブルに金を出しっぱなしなのはいけない)
私は小心者なのである。
貨幣を財布にしまい、後顧の憂いをなくす。片手半剣は腰帯から外した状態で鞘を掴み、短剣は帯びたまま、クロスボウは寝台に置いて、私は柵に片足を掛けた。
眼下の彼はニッコリとして、後ろへ退く。
(よい、しょっ)
心の中だけで掛け声をかけて飛び、無事に着地した。膝から外へ衝撃が逃げるように、ゆっくりと折り曲げたのが良かったようだ。
(おお、割と音させずに着地できるもんだな)
「アンタ、見た目ただのヒト族なのに、まるで獣並みだね。さてはクロスボウ以外もかなり使える?」
「クロスボウ?」
今置いてきちゃったところだけど……。なんでこの人、私がクロスボウを使っていることをそもそも知っているんだ?
武器の種類名だけ聞き返した私の声には、その気持ちが全て籠もっていたらしい。
折り曲げた膝を戻す拍子に、ふと彼の顔を下から見上げた。
下弦の月をバックに、ふっさりとした垂れ耳に気づく。
(かわいい)
素直な萌えの感情が胸に開く。「ほっこり」というやつだ。
「初めまして、ミャーノ・バニーアティーエさん。自分はジュイ・リー」
「初めまして……」
それ以外に何て言えばいいのか、咄嗟に口にできない。
「この耳見たら気づくかと思ったんだけど。いや、もしかしてもうそんなに似てないのかな? 子供の頃はそっくりって言われてたんだよ」
「えっ?」
ジュイは、ロップイヤーを片方掴んで所在なさげに少し振る。
私がこの世界で縁の出来たロップイヤーは、まだ一人しかいない。
「ギデオンの甥、アヤの従兄だよ、よろしくね。ミャーノさんのことは、アヤから手紙で聞いてたんだ」
「そうでしたか。彼女には大変お世話になっております」
「いえいえ、ご丁寧にどうも」
そう言われるも、アヤと目の前のジュイは全然顔は似ていない。……と思う。
ロップイヤーが可愛らしいのは同じであったが、耳だけ並べられても違いはわからないだろう。
――すごくどうでもいい想像をしてしまったが、壁から耳だけ出して「どれがアヤやジュイでしょう」とかクイズしてる様、シュールにも程があるな。
立ち話もなんだしちょっと一杯、と表の通りへ連れ出されることになった。
銅貨だけ懐につっこんでおいて良かった。財布は部屋のサックの中に置いてきてしまっている。
「自分のことは“ジュイ”と。『コロティネ』は別に、家名ってわけじゃないから」
「コロティネ――あああ!」
「えっ? まさか気がついてなかったの? じゃあ何で降りてきてくれたの?」
思い出せた。
彼は、夕方、コマツナ食堂までの道のりにあったあの薬局の、店番の青年だった。
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次回更新は来週8/23木曜日までに行う予定です。




