2-2.ベフルーズの確認
ベフルーズの心づくしのクリームシチューを堪能し――いや本当に野菜はやわらかく味がしみていて、シチューはチーズが入っていてパンも進んだ――入浴(という名のシャワーだったが)を済ませて、部屋に案内してもらった。
風呂は使い魔には不要だと思っていたのだが、土埃や花粉はついたりして汚れるだろう、と思い直し、遠慮なく使わせてもらうことにしたのだった。
「ミャーノの部屋ここな」
「おお…」
二階の西側に3つある部屋の、真ん中のドアを開いて、ベフルーズはランタンを机に置いた。
電気はあるらしいのだが、ある程度大きな都にしか通ってはいないらしく、この辺りの一般的な灯りは火を利用しているそうだ。
「俺の部屋は階段側、逆がサラだよ」
夕食後、サラに、サラの部屋の前で不寝番等の必要はないのかと尋ねたのだが、この家の敷地全体に警報装置のような術が仕掛けてあるからそんなに心配しなくても大丈夫だと宥められた。
「ここはどなたの部屋だったのでしょう。私がベッドを使ってしまって本当によいのでしょうか」
「俺の弟だ。3年前に王都で殉職してしまって…ずっと使ってなかったから、気にするな」
「――お悔やみ、申し上げます」
「気にすんなって」
殉職ということは、警察か軍隊に属していて亡くなったということだろう。
昼間、ソマが私の剣筋を「騎士道剣術」と鑑定していたから、王都というからには騎士団もあるのかもしれない。
「そこのクローゼットも使っていいから。コートは中にかけてあるよ」
「ありがとうございます」
それじゃおやすみ、と言いかけて、ベフルーズは私の頭部を指す。
「…と?悪いな、髪の毛濡れてることに気づかなかった」
「ああ、短いですから、すぐ乾きますよ」
「風邪ひくぞ。≪ドァーク≫――暖気よ、旋風となれ」
ベフルーズが、指揮棒のように人差し指をくるくると回すと、勢いのある温風が頭部を撫でた。
「自分以外に使うの久々だからなあ、どうだ?…うん、いい感じ」
すっかり水気を失ってふわりと温まった髪を手櫛で梳いてくれる。
「ベフルーズさんも魔術を遣われるのですね」
「サラほどとはいかないが、これでも割と優秀なんだぞ」
「サラはベフルーズさんよりもっとすごいんですね…」
主人としてすっかり認識できているので、使い魔としてはとても嬉しい。
ほくほくしていると、ベフルーズが次第に昼間のような睨み方をしてきた。
「それ。おまえ、サラに変な気起こしたらただじゃおかねえって言ったのちゃんと覚えてるだろうな?」
「はっ?はい」
「サラは魔術馬鹿なとこがあって彼氏がいたことすらないから、色々免疫がないんだ。――それをいいことに、手を出したり、すんなよ」
「しませんとも!というか、そもそもこの身体は生身でないとサラから聞いております。であれば、」
「子が作れるとは俺も思ってないが、ヤることは可能じゃないのか?体液が偽造されるならタネだって出せるだろ」
「生々しいこと言いますね!? って、ベフルーズちょっと」
軽くパニックに陥ってしまい、「さん」をつけ忘れた。
ズボンの中に手を突っ込まれてはさすがにうろたえる。かろうじて下着の上だが、男が男のズボンに手をつっこむというのは――女が男にやっても問題ですけどね!?
「勃たないなら心配は半減するわ」
「わ――――!? おやめください!ちょ、ほん、待って!落ち着いてください!!! …うわっ」
腰をかがめてベフルーズを押しのけてたが、もんどりうってベッドの縁に背中を打つ形で転ぶ。
姿勢が崩れてしまってとっさに起き上がれない、というかベフルーズが邪魔で起き上がれない。
「あっ!硬くなってきてんぞてめえ!異世界召喚魔法ってどうなってんだ精巧すぎるだろ…!」
「ちょっともういいでしょう!?さするのやめて!やめてくださいってば!!」
「やっぱりこの野郎、勃つんじゃねえか!」
「うわああ嘘でしょう!? やだーっ!さ、サラ―――ッ!!!」
「!はっ…」
思わずサラに助けを求めてその名を叫ぶと、ベフルーズの動きが「しまった」という顔で止まった。
「な に し て ん の よ」
「あ…あの…違うんだよサラちゃんこれね…」
「何してんのか言ってみなさいよ」
「し…身体検査…そう身体検査…」
「どんなセクハラ検査よ!? 後半見てたっつの!!!」
見てたなら助けてくださいよ!
「叔父さん」
「はい」
「あのねぇ、ミャーノは……――いいわ。ミャーノ、申し訳ないけれど水に流してやってもらえるかしら…」
「わ、わかってます」
何を言おうとしてやめたのかはもうどうでもよくて、私はとにかく股間の状態がサラから見えないように体勢をもぞもぞと変えることに腐心した。
「…悪かったけど、ミャーノは使い魔だけど男だってことをサラちゃんはちゃんと警戒するんだよ」
「何も反省してないわね!今ミャーノに手出してたの叔父さんじゃないの!」
「出してねえわ!確認してただけだわ!」
「詭弁にすらなってないのだけど!? 姪っ子の情操教育に悪いっつの!」
「すみませんでした」
叔父が姪の使い魔に謝罪をするという気まずい光景で、異世界のはじめての夜の騒動は幕を下ろした。
その頃には、刺激されて反応しただけの部分はすっかり落ち着きを取り戻していたのだが――私のショックは治まっていなかった。
解散して、ランタンの灯りを消すと、部屋の中は月明かりだけで照らされる。
太く長くため息をついて、ベッドに仰向けに横たわり、しみじみ痛感した。
私のこの身体は間違いなく、男性だ――
セクハラだけど、男同士でこれくらいなら割とやる、という異世界文化です。
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。