11-7.コマツナ食堂のゆうべ
地方というのは、大なり小なり味や食材の傾向に特徴がある。
海に近ければ海産物が多くて、山に近ければ獣肉がメインになったりする。
暑いところなら辛いものが好まれ、寒いところでは甘いものが好まれる。
地球では北極に近い国だと、白メシに砂糖をぶちまけて食べたりするところがあるが、とにかくカロリーを稼ぐためだと聞いて、「なりふりかまってられない感」を感じ、戦慄した覚えがある。
モスタンで朝食をいただいてからは、街道の途中でパンと干し肉を口にしたくらいで、料理らしい料理は食べられていない。
この食堂での食事が初の王都メシということになる。
思えば、シーリンで中華料理に出会ってから、私は期待していた。
競合他社のいない地方よりも、都会の方が切磋琢磨されるはずだ。
特色があって偏り易い地方と異なり、都会では様々な地方の人間が寄り集まるため、バラエティに富むはずだ。
何となく勝手にそう思っていたのである。
(ふ、ふつう~~~!!!)
声に出さなかった私を褒めてほしい。
思ったことが失礼すぎて、私の素性を知っているサラやアークにすらそんな胸中はこぼせない。
有り体に言って、平均的な味がした。
強いて言えば、ちょっとしょっぱいかもしれない。
(そうか……そうだよなあ……東京で治安のいい通りにある庶民的な居酒屋なんてまずチェーン店だし、全国展開できる無難な味だもんなあ……)
不味いわけではない。
コマツナ食堂の名誉のために言っておくが、お腹を空かせた時に立ち寄ったサービスエリアのトンカツ定食並みにはちゃんと旨いのだ。今食べているのは鶏の唐揚げ(たぶん)だが。
なお、これは持論であるが、全国で最も平均化されている平凡な「旨くないけど不味くはない味」はしょうゆラーメンだと思う。
あの独特だが一般的な「食堂の中華そば」というやつは誰が祖なんだろうか。誰かご存知なら教えていただきたい。知っている人は、“この世界”にはいないだろうけど。
「ミャーノ」
「うん?」
丁寧に咀嚼していると、ビラールが話しかけてきた。隣に座っていたのだ。
そっと耳に口を寄せてくる。男が男に耳打ちは嬉しくない。
「最初の夜くらい、当たり外れのない食堂を紹介しとこうと思ったんだよ」
「えっ?」
私は思わず顎を片手で掴み、唸ってしまう。
「アンタ、普段仏頂面に見えるけど、たまに物凄いわかりやすい顔してるぜ」
そうも囁かれ、ニマニマとされてしまい、多少機嫌を損ねた私は顎をそのまま擦る。
サラ達を盗み見ると、じゃれるビラールにきょとんとしているだけで、ビラール以外の面子にはバレているわけではなかったようだ。内心ほっとする。
そんな安堵もビラールには伝わったようで居心地が悪い。なんでバレたんだろう。
「ミャーノは辛いのとか好きなクチかい?」
「辛さの種類にもよるが、痛いほど辛いのはちょっとな。君は好きなのか?」
都子の身体の時は辛すぎるとお腹を壊していたが、今はきっと大丈夫なんだろうとは予想できた。
が、だからと言って進んで試そうという意欲はわかない。
「俺もピリ辛程度までかな。おんなじ辛いでも、ワサビやカラシの方が好きだね」
「……!」
「おや、ご興味ある? アンタが純血の獣人だったら、確実に今、耳がピコピコ動いてたな」
「からかわないでくれ。まあ、興味はあるが」
ワサビって言った。カラシって言った。後者は、洋カラシはあるんだから和カラシもあるだろうと期待していたけど、そう言えば西洋ワサビはまだ口にしていない気がする。ワサビってどっちのことだろう。
「ミャーノは猫科が似合いそうよね」
「あら、立ち耳でしたら犬科の大ぶりなのもいいと思いますわ」
「僕は垂れ耳派なのです」
「アーク、垂れ耳じゃピコピコしないわよ」
「そうでした」
そうでした、じゃないよアーク。
女性陣に好き勝手言われていたが、特にコメントは挟まなかった。
そんなことより、訊きたいことがあるのだ。
「もしかして…… うどん とか そば とか」
「あるよ、そばがき。ウドン? はちょっと知らないけど」
「そばがき」
復唱してしまう。ちらりとアークに視線を遣る。
「ミャーノさんが期待してるの、蕎麦切りの方でしょ」
「あ。それだ、それ。ありがとう、アーク」
行儀が悪いのでやらないが、心はパチンと指を弾いていた。
「いえいえ。あるんです? ビラールさん」
「ううん、俺はそばがきしか知らないかな。それも蕎麦使った料理なんだね?」
「つまり蕎麦粉はあるんだな! ……アーク!」
「わかりました。醤油は作ったことあるんで、麺つゆも作れると思います。なんならうどんもやりましょう」
「偉い。キミは本当に偉い」
「なになに、それ美味しいの?」
色めきたった私にグルメの気配を察知したのか、サラも興味を示している。
「切るのには技術が要りますが、旨い蕎麦はほんっっっっっっ……とうに旨いのですよ」
「へー」
胸の裡では「味噌がピンと来てなかったからもしかしたら麺つゆや蕎麦の旨味も違う印象かもなあ」とは思うが、変に先入観を与えない方がよかろう。
「とりあえず蕎麦がきを食べに行きたい」
そう思えば箸が進む進む。伴って喉も乾くので、エールをもう一杯頼んだ。
「ミャーノ、元気になりましたわね」
「俺グッジョブ」
ビラールのもう一方の隣に座っていたミーネが、ビラールとこっそりそう言葉を交わしていたことには、私は気がつかなかったのであった。
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次回更新は来週8/9木曜日までに行う予定です。




