11-4.騎士の顔
言うまでもないが、私は「取り調べ」というものを、執り行ったことも、受けたこともない。
私の知らない西暦2031年前後の都子がどうかは知らないが、少なくともアーク……もとい、明に都子が自称したことだけを信じるならば、警察関係者にはなっていないと思われる。まあ、30代の時点で警察官になってなければ、――私の知っている行政機構のままであるなら、ではあるが――一生警察に入ることはないだろう。だって、入るための試験受けられないもん。それなのに、
「何故私がこの席に座っているのです?」
「まあまあ」
王軍本部地下には取調室があった。もっと奥の方に留置場があるそうで、グラニットも一旦そこに収監されているとのことである。
私たち、キアとハルニスと、ティルタというその魔術士は、取調室にいた。
そして私は、キアの隣、ティルタの正面に座っていた。
ドアの前には、ハルニスが立っている。
私とハルニスのポジション、逆じゃないだろうか?
「ではこれから事情聴取を始める。先程も確認したが、肩の怪我の痛みがひどくなったら休憩をとるから申し出なさい」
「……はい」
ここで初めて声を聞いた。ティルタの声は高くもなく低くもなく、意外と聞き取りやすい。
そうか。肩を怪我していたのか。だから医務室にいたんだ。
「私が彼に話していたのを聞いていたよな? 君が三年前、ゾルフィータ盗賊団にいたのを知っている。三年前の大討伐の時だ。ゾルフィータ盗賊団のほとんどが捕縛されたあの時、君は現場にいただろう」
「……」
一息に質問されたティルタは、答えようとしたのか口を開きかけて、しかし、結局声には出さない。
私はそこには、彼女の悪意は別に感じなかった。
これはキアの質問の仕方が悪いと思う。情報量が多い上、「知っている」のだから「現場にいただろう」というのはもはや質問ではなく、確認だ。
意図的な訊き方なのかもしれないが。
「君が魔術士なのも知っている。なぜなら当時、私の部下が君の炎の魔術で命を落としたからな」
「……え」
彼女は動揺した。私は意外性を覚えない。
グラニットの話し様から、この反応は容易に想像できたからだ。
彼女がグラニットの師なら、「良心にとって最悪の結果」に至った覚えが、彼女にもまた、まだ無かったのだろうから。
と、キアが突然妙な質問を続けて投げた。私の顔を指しながら言う。
「ところで、彼の顔に見覚えは?」
「……?」
ティルタは私の顔を改めて見ながらも、何でそんな質問をされたのかわからないという様子だった。
これには私も胸中に疑問符を浮かべてしまう。
しかしキアは彼女のその反応に満足そうだ。
(フィルズの顔を覚えているのかを確認したかったんだろうか)
いや、キアはフィルズの顔を知っているんだから、私が似ていないのを知っているのでは?
対外的には血族なんだけど、詐称だから似ている方がおかしい、というのは、サラとベフルーズしか知らないので、思い込みを以って私の顔を見れば、「そういえばどことなく小鼻の形が…」なんてこともあるのかもしれないが。それは絶対気のせい、勘違いである。
「彼はその君が殺した騎士の身内だよ」
私の顔を見つめていたティルタが、目を逸らしたので――私は逆に彼女の顔を無遠慮に眺めることにした。
紳士にはあるまじき行為だが、被害者遺族としてなら許されるだろう。
黒い髪で、肌は少し地黒で。陽光に強そうなその肌には、怪我人らしくない艶やかさがあった。
怪我人と言っても、顔を負傷しているわけではないので当然なのだが。
「覚えている――覚えて、います」
私とキアの視線になのか、居心地が悪そうな彼女は、漸うぽつりとそう呟いた。
「あの日、私が炎の魔術を使った騎士の顔は覚えています。彼は亡くなったんですか」
「君の目の前で亡くなったわけじゃないから知らなかったとしてもおかしくないか。君に二回焼かれた彼は身動きが取れなくなって、他の賊にやられた傷が原因で死亡した」
「……」
私はフィルズの顔を知らない。
でも、頭の中には、ベフルーズに似た、でもベフルーズよりはサラのような幼さを持った、赤毛の青年の笑顔を浮かべることができてしまった。
その青年が、重度の火傷の痛みと息苦しさに苦悶の表情を浮かべ、乱戦の中、賊に刺されて、息絶える。
それはとても辛かった。
「ニットはどうなりますか」
彼女は唐突にそんなことを訊く。
いや、唐突ではなかったのかもしれない。私には唐突であったというだけで。
「グラニットはまだ貴女のような過ちは犯していないはずです」
ここまで黙っていたのに、つい口を開いてしまった。
キアには特に咎められない。
ティルタは私の顔を見ない。見られないのだろう。
「彼は私の権限で保釈している。モスタンに留置している他の賊の証言がとれて、ミャーノの――この青年の見解通りの“犯罪歴”であるなら、君と違って縛り首になる可能性はまずない。安心したまえ」
およそ安心できないようなことをキアが告げる。
「君、どうして騎士団に助けを求めたんだい」
第二班が捕まえた――というより、保護した形なのか、ということに関しては、察しがついていた。
どうしてそうなったんだ、ということについては、キア達もこれから訊くつもりであったようである。
お読みいただきありがとうございます!
次の更新も一週間後の来週土曜を予定しています。




