【キーリス異聞】使い魔のいない刻・8
前回に引き続きの番外編後編です。情報自体は本編にも絡んでいます。
ミャーノがいない世界線の話なので注意
ティルタの聴取が終了した後は、取調室と留置場との何度かの往復が、パールシャの今日の仕事であった。
他の男性の賊らの内にも、魔術を遣える疑いのある人間がいて、それらの聴取にはパールシャの付き添いが重用されたのだ。
取り調べを担当する騎士には魔除けが支給されたが、エルドアン鋼の使い手がいるのであれば、それを活用しない選択肢は、少なくとも朱雀においては、無かった。
城下町における新人騎士の仕事は主に、先輩騎士の行う街の哨戒への随行である。
“捜査権限を持つある程度上位の騎士”に、取り調べの「サブ・メンバー」として従く、というのは稀であった。
パールシャは、まだまだ新人騎士である。
しかし、平素より寡黙な性質の真面目な青年であることを見込まれていたところへ、此度のゾルフィータ盗賊団討伐において、臨機応変の戦略を採れる能も備えていることが示されたので――彼を知る上官たちは、一人もこの起用を問題視しなかった。
むしろ、ヒラ騎士の身分のままでは別ベクトルでの問題が既に発生していたので、特に反対をする益がなかったのだ。
「百人隊長? マジかよ」
「マジですよ。今日の昼に一方的な辞令がきて」
パールシャは、百人隊長であることを示す襟章がつけられた制服が見えるように、上に着ていたパーカーの前を少しくつろげてみせる。見せられたフィルズは改めて目を丸くした。
パールシャは仕事終わりに、制服はそのままに上着を羽織って、フィルズの見舞いに寄ったのだった。
その頃にはもう、フィルズは背中にクッションを挟んで上体を起こすことが出来ており、スープを飲める状態まで回復していた。
「さっき総務の人に魔術で縫い付けられました」
「魔術士ってなんで魔術使わなくてもいいことまで魔術で済ませるんだろうな」
この時パールシャはピンときていないが、フィルズは己の兄と姪の顔を浮かべていた。
「私は裁縫が得意ではないので、気持ちはわかります。縫い目綺麗ですか?」
「ああ、綺麗だよ。えー。なんだそれ。まぁおめでとう」
「素直にありがとうとは受けられないですね。昇進理由がひどすぎる」
パールシャがただの一騎士のままでは、捜査に連れ回すにも、討伐に運用するにしても、いくつかの問題の顕在化が予想された。
権限もそうだが、彼を拘束する時間がどうしても長くなってしまう点が、上官たちには不都合だったのだ。
ならばこき使ってもよい管理職に召し上げてしまえ、とは、少し乱暴な理論である。
「実力が伴っていない百人隊長とか、頭が若干痛いのですけれど」
「よほどお前のこと嫌いでない限り、誰もそこは問題視しないだろ」
「ええ…? どう考えても実務経験の量で、私も私の部下になる人も困るでしょう」
「そりゃ通常業務ってヤツの下積みは回数こなせてないけどさ。百人隊長だったらヒラがやる仕事も結局やらされてるし、これから経験積んでったらいいだけじゃん。へーきへーき」
「そんなものでしょうか」
パールシャは、一日中の取り調べに、実は緊張して疲弊していたことを、今ようやく自覚し出した。
なんなら、昨日の討伐で酷使した筋肉が、今頃になって痛い。
彼は、パーカーの前合わせを掻き抱くようにして、フィルズのベッドの端に顔を突っ伏す。
疲れているな、とフィルズは感じた。
パールシャは普段、疲弊していてもそれをあまり表情に出さない男であった。
実際に体力があり、精神力があり、心身共に耐久性が高い人間ではある。しかしそれでも人間である。
たった半年に満たない付き合いのフィルズでも、パールシャが人間であることはわかっていた。
「たとえお前がどんなに上司としてダメだったとしても、おれがお前を見損なうことはないから」
「………うん」
パールシャは突っ伏したまま、くぐもった声で短くそう応えるのがやっとだった。
友人に優しく慰めてもらってやっと、自分がそんな普段取らないような姿勢で友人に甘えたことに気がついたからである。
パールシャは少しだけ恥ずかしくなって、余計に顔を上げることができなくなったのであった。
「…パールシャさん? どうしちゃったんです? 寝ちゃったんですか?」
「起きてると思う」
「………いいえ、私は寝ています」
フィルズの包帯を取り替えに来たタチアナが不審がって声を掛けるまで、結局パールシャはそのままじっとしていたし、フィルズもそのままパールシャのつむじを黙って眺めていた。
パールシャはこの後、フィルズが業務はともかく日常生活に支障のない程度に回復するまで見舞いに通った。
百人隊長に任ぜられた翌朝からパールシャは一人部屋へ移動となったために、厳密にはもうフィルズのルームメイトという地位は失っていたが、部屋に戻れないフィルズにとっては「退院」するまでは、フィルズのルームメイトはやはりパールシャであるに違いがない。
この時、フィルズはパールシャに、己と話す時に丁寧口調となることをやめさせることに成功したのであった。
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