【キーリス異聞】使い魔のいない刻・7
番外編ですが、情報自体は本編にも絡んでいます。
ミャーノがいない世界線の話なので注意。
ゾルフィータ盗賊団の討伐。
それが今回の、キーリス国王軍騎士団南大隊、通称・朱雀に課せられた仕事であった。
盗賊団はこのご時世、各地方にそれなりに数あれど、名前までついて知られているような盗賊団というのは珍しい。それくらい、規模も被害も大きかったのである。
フィルズ・バニーアティーエと、パールシャの両名は、キア・アルダルドゥール百人隊長の隊の者として作戦行動に参加していた。
その中で、フィルズが盗賊団に傷つけられ――パールシャが獅子奮迅し、討伐は為された。
今日のパールシャの仕事は、その際に捕縛したゾルフィータ盗賊団の者たちに事情聴取を行うことだった。
フィルズはまだ、王軍本部奥の医務室で安静にしている。
昨夜パールシャが同室として特別に面会を許された時には、面会といってもフィルズは痛み止めの薬によって深く眠っていた。しかし、「予断を許さない状況は脱した」と、たしかにそれを乗り越えたらしい笑顔で治癒士の女性がパールシャに教えたので、幾分か彼の気持ちは穏やかにはなった。
あくまで、幾分か、である。もちろん彼は、盗賊団のその行いを許してはいない。
パールシャがフィルズを追い討ちから庇えなければ、佩いている片手半剣がエルドアン鋼でなかったら――フィルズはおそらく助かっていない。そのことをパールシャはわかっている。
そうしてフィルズが死亡した世界も存在するということを、パールシャが知ることは永遠にないのだが。
「おはよう」
留置場へ通ずる通路へパールシャが差し掛かると、彼に爽やかな挨拶の声が掛けられる。その主は今日これから共に仕事をする上司であった。
「おはようございます、キア隊長」
「フィルズが峠越えたって聞いたよ。本当によかった」
「ええ。それに、タチアナが看護担当になってくれたので、安心できます」
「ああ、白の軍団の子だろう? 丁寧な仕事をすると軍団長が褒めていたのを聞いたことがあるよ」
「実際丁寧ですよ。私も世話になったことがあります。大したことのない小さな擦り傷ですけれど」
「君も怪我することがあったのか」
「えっ? しますよ…?」
「すまんすまん」
軽い調子で和やかに言葉を交わす上司と部下は、留置場の扉を開いて中に入る。
敷居を跨ぐと、二人は口を噤んだ。
この王軍本部地下留置場は、地上階のロビーや医務室や応接間と異なり、やや湿っぽく、明り採りすらないために、暗い。
基本的には容疑者の立ち位置となる人物が多く留置される牢屋であったが、騎士団が捕えて留置する人間のほとんどは現行犯であるので、「無辜の人間かもしれない」という前提があまりない。そのせいで、あまりよい留置環境とは言えなかった。
「南大隊第一班第四百人隊長、キア・アルダルドゥール」
「南大隊第一班騎士、パールシャ」
「ご苦労様です」
留置場では、どんなに顔の広い騎士だろうと魔導士だろうと、その地位が高かろうと、名乗ってから入場することが義務付けられていた。
留置場の門番は必ず三人以上が担当し、誰か一人が厠などの用に離席するにしても、二人は見張りを離れてはならない。また、その三人は必ず異なる大隊から選ばれることになっていた。
キーリスにおいては、王軍の入団試験でも、面接の試験官の所属が一つの隊に偏ることはない。
この「できるだけ所属は分散させよう」という精神は、三、四百年前からのこの国の一つの特徴であった。
討伐作戦など、統率の重視されるものについてのみ、その限りではない――というのもまた、伝統である。
此度のゾルフィータ盗賊団の討伐で負傷者を多く出してしまった朱雀は、一週間ほど留置場の門番業務を他の隊に交替することが決まっていたので、キア達を迎えた門番は三人とも朱雀以外の騎士であった。
「事情聴取を行います。出なさい」
「……」
パールシャは、その牢の錠を外すと、己と同じくらいの年のその女性に声を掛けた。女は座り込んだまま、動かない。
捕らえられた盗賊団で彼女だけが妊娠していない、あるいは子の居ない女性だったので、彼女だけが留置された。もちろん、男連中と牢は分けられている。他の女性は、刑務所へ直接送られていた。他に医療施設を伴う監視施設がないための措置であって、問答無用での投獄ということではない。
パールシャ達にとってはその後の聴取で判明することだが、女達は元々、男達の妻や恋人であった。ゾルフィータ盗賊団は、元々一つの集落に端を発した集団だったのである。
「どうしました。具合が悪いなら申告を」
「……問題はない。今出る」
彼女はパールシャの態度に面食らっていただけだったのだが、パールシャは彼女の戸惑いの理由をすぐには察せなかった。キアの方は、パールシャが男性の容疑者には丁寧な語調では別段ないことを知っていたので、その態度についてこれまでもこれからも何か言う気は特にない。
つまるところ、キアもパールシャも、そういう点で女には甘かった。
いわゆる取調室への連行が行われ、キアと女は着席する。パールシャは入り口の扉近くで直立している状態だ。
「発動」
キアはまず、魔除けを有効にした。
女が、魔術士であるゆえに。
「名前を」
「ティルタ」
「年齢は」
「知らん。二十は越えている」
「そうか。ゾルフィータ盗賊団の一員としての生活はもう長いのかい?」
「……冬を、三回迎えたはずだ」
「そう、三年ね」
壊滅を迎えたこの季節は、初夏であった。
「団内に血縁はいるかい?」
「血縁はいない。だが、皆自分の家族のようなものだ。他の者はどうなったんだ?」
「質問していいとは言っていないよ」
「う……」
「聴取もしないままいきなり死刑なんてことはこの国では私の知る限りはないから、君はまず自分の心配をしなさい」
キアがパールシャに対して感じているように、パールシャもまた「キアは女性に甘いな」という感想を抱く。
「魔術はどうやって修得したんだ? ゾルフィータに入ってから三年じゃ、この盗賊団で学んだということもないだろう」
「親に仕込まれた。もう死んでいる」
「君、生まれはキーリス国なのかい?」
「そうだ。母親はキーリス人だった」
それを聞いたパールシャは、「父親はそうではない」なのか、「父親は知らない」なのか、について気になったのだが、キアはそれについては追及を放置した。
事情聴取の側面において、そこは瑣末な話だと判断したのである。
「魔術士なら文字は書けるね?」
キアの問いに、ティルタは頷いた。
キアは一枚のわら半紙を取り出し、彼女の前に墨と毛筆を置く。
金属のペンでないのは、毛筆に比べると武器にされてしまいやすいからである。
紙にはあらかじめ、上段に一枠、中段と下段には行が設けられていた。
「一番上には頭目の人名、その下には、まとめ役の人名をわかるだけ書きなさい」
これを逮捕した賊全員一人一人に対して行う。
そして、この時点でその図の信憑性が最も高くなるのはティルタによるものだった。
なぜなら、彼女は他の賊と異なり、本人も盗賊団も意図しないタイミングで隔離された状態だったからだ。
大部屋で留置されている男の賊たちは、組織の実態について虚偽の編制で口裏を合わせてくる可能性があるが、彼女がその口裏と足並みを揃えることは難しい。討伐作戦の決行までにあらかじめ申し合わせていない限りは、という但し書きがつくが、実際のところティルタにその用意はなかったので、キア達騎士団側の目論見は正しい。
筆を手に取ることもしないで、ティルタは紙面をただ見つめていた。
物理的には、彼女が「書かない」という黙秘行動をとることは可能である。
また、ティルタはそこまで考えが及んでいないが、彼女が魔術士であるがゆえにキアが発動させなければならない魔除けの稼働限界時間はおおよそ一時間であるため、キアも一時間でこの聴取を終了、あるいは他の者に交代する必要があった。
通常であれば。
「言っておくけど、アミュレットの効果切れ待っても無駄だからね」
キアがそう言って顎で示したのは扉の方向。
扉ではなく、パールシャであった。
パールシャはその発言の意図を察して、その左腰の片手半剣の柄を引いて見せる。エルドアン鋼であることを表す彫金だ。
「あ……」
ティルタのその思わず洩らしたような驚きの声に、パールシャの方こそ「ティルタがまだ“気がついていなかったこと”」に驚いたが、彼は表情にすら出さない。
「顔覚えてなかった? 君の炎の魔術を打ち消したの、彼だよ」
お読みいただきありがとうございます!
また後半があります。
最後らへん編集中1000文字くらいエラーで消えて軽く凹みました。
書き直したけど全く同じ文章って書けなくないですか…?僕は書けないです…
次回更新は来週火曜日を予定しています。
2018/7/4 19:30 キアのこの時点の階級を間違えて筆頭百人隊長にしていたので百人隊長に修正しました…すみません




