2-1.主従、帰宅する
バニーアティーエ邸に帰り着くと、ベフルーズが夕食を用意して待ってくれていた。
そういえば都子は一人暮らしで、帰りを待っていてくれる家族はいなかったから、こうして灯りが付いていて、家の中の空気が暑かったり冷たかったりしない、こんな雰囲気は久しぶりだな。
「お、いいなミャーノ、そのコート。いいとこの坊ちゃんみたいになったな」
「ありがとうございます。サラが見立ててくださったので」
「この人に任せてみたら、くすんだ緑のボレロとか選ぶのよ。センスは叔父さんとどっこいだわ」
「うーん?! なぜ俺は巻き込まれてけなされてるのかな???」
「靴も買っていただいたので、お借りしたこちらのブーツは後ほど磨いてお返ししますね。ありがとうございました」
「ああ、元々履き古してたヤツだから気にしないでいいよ」
初対面が全裸にマントだったせいでこちらの第一印象は最悪だっただろうし、私にとってもベフルーズはこちらを敵視してくる人として映ってしまったが、本来のベフルーズはこちらの性質なのだろう。
面倒見がよく、人に優しい。こんなお兄ちゃんが欲しかった。私は長女で、兄弟は弟が一人いるっきりなので、兄や姉は永遠の憧れなのだった。
「あと新しい下着、明日の昼にはいくつか届くはずだから…もうちょっと我慢してくれな」
「いたみいります。しかしサラから使い魔について伺ったのですが…サラの話を聞く限りだともしかして私、内側からは服は汚れないのでは」
汗や血はそれらしく見せているだけで体液ではない。とすれば垢も発生しないということで、下着や靴下は汚れないのでは、ということに思い至っていた。
「あー、そういうもんなのかもしれないけど……気分?外側より内側こそ交換したくないか?」
「そのお心遣い、かたじけなく」
ありがたくご厚意を享受しよう。
「ミャーノ~、手洗ってとりあえずごはんにしよう!洗面所案内するから」
「あ、よろしくお願いします」
「そのカバンとコート貸しな、お前の部屋用意しといたから、そこに置いといてやるよ。…剣はどうすんだ?」
「助かります、ベフルーズさん。剣は――このまま携帯します。使い魔なので」
「おっけー了解。てかバスタードソードかそれ。珍しいな」
サラに引きずられてベフルーズから遠ざかったタイミングだったので、剣についてのその感想の意味を訊き損ねてしまった。
珍しいのか?
「水道あるんですね…」
「地下水なんだ。飲める水質よ」
「飲めない水質のものもあるのですか」
「街中の水道は石管でできた上水道だから、あんまりオススメしないとかそんなんかな」
「なるほど」
サラが手本として見せてくれたように蛇口を捻って流水で手を洗う。石鹸などは使わないようだ。
「ミャーノのとこにもこういうのあったのね?」
「ええ。基本的には水源の豊かな国でもありましたから、飲めるほどの綺麗な水が確保できるということはとても安心します」
「そう、なんだか嬉しいわ」
それに恐らくだが、この身体は脆弱な現代日本人の腹と違って石灰含有量などが多いところで何ともあるまい。
「いただきます」
「あら、その短いお祈りいいわね」
「アレだな、高速詠唱よりは詠唱省略」
あるんだ、高速詠唱と詠唱省略。
「信仰してる特定の神がいたわけではないのですが…ウチの民族、土着の神様が八百万いたところに、外国の神様も好き放題招き入れてたので…強いて言うなら精霊信仰が近かったのではないかと」
神社仏閣の神仏よりは、自然――山とか海とか、嵐とか――に畏敬の念があった気はする。それでもお参りはしたし、お守りも買ってたけれどね。
観光旅行先に教会があればロザリオも買ってしまうし、グローバルに八百万の神様今日もありがとうな感覚で生きていた。
「だから『いただきます』なのね」
「通じますか」
「俺もなんとなくわかるわ」
食べることができるという感謝の気持ちは、宇宙の果てまで変わらないのかもしれない。
メインディッシュはクリームシチューです
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。