10-13.VS サソリ
周囲20町から、徐々に我々のいる三角陣へ。投網を絞るように、サラは操る。
サラ本人の耳あるいは他の感覚器官で超音波を捉えることは出来ないのだが、魔円陣の術式は、術者が「超音波を感じ取れるように」理論が構築されているんだそうだ。ダニエラにも紐解ける内容なのかはわからないが、ダニエラが息をひそめるように、展開される術式を読もうとしているのが、私には感じ取れた。
(ダニエラはやっぱりリカルド達とはそこは違うんだな)
パーティの構成を考えるとそれが居るとしたら四人のうち一人くらいが妥当だろうとは思った。
いずれにしろ、クラウが回復してから話をしよう。
「あの、あらかじめ確認しておきたいのですが」
「なんだ」
足元に注意を払っている最中だというのに話しかけてくる私に苛立つように、しかしリアクションをしてくれたのはルイスだ。
「解毒に血が要るわけですから、蒸し殺してはいけないんですよね」
「えっ? そ、そうじゃないのか? 加熱したらなんかの成分が死にそうだし」
「ですよねえ」
サソリの位置が特定できたら、サラの魔術で周囲の土砂を硬化させて閉じ込めて、やはりサラの魔術で超高温で蒸したら簡単に死ぬんじゃないかとは思ったのだ。ダメか。
そんな稚拙な策を講じていると、サラがリカルドに呼びかけた。
「リカルドさんの方向に来るのだわ!手前3メートルで正面からも音波をぶつけるから、地上に飛び出すところを狙って頂戴」
「了解しました」
まるで魚群探知機のような感知の精度である。サラは追い込みと観測を並行して行い、カウントダウンを行う。
「4、3、2、1」
メコン、と直径1メートルほどの、天井の低いドームが地表に発生した。
――密林のワニと見紛うようなサソリが顔を出す。
魔物“デスストーカー”は、平均全長が3メートルだと、さっきグラニットから教えてもらっておいて本当によかった。
でっけえ。グロい。細部の解像度高くなってて気持ち悪い。
いや解像度ってなんだよ。キモいけどこれ現実なのよね。
節足動物も鎧兵も弱点はその継ぎ目にある。
仕留められないまでも、血液と、尻尾の剣尖部位を回収できれば用事は済むのだが、そんな危害を加えた時点でサソリは暴れ狂うと容易に推測できたし、こんな図体のサソリに暴れられたら怪我をしかねない。
見た目は凶悪だ。人間は敵わなさそうにも見える。だけど少し考えてみればそれは誤解だと結論づけることができる。
そんなに強くはないからこそ、毒で人間を弱らせてから改めて襲うという捕食の手段を採っているのだ。
もっとも、追い詰めたら窮鼠猫を噛むわけで。
覚悟をがっちり決めて、確実に仕留める必要があった。
「ルイス、右爪第二関節を狙え」
「了解!」
「ミャーノ、君のタイミングで尾を切り落とせ」
「了解」
ルイスのボロの出方につい苦笑いしてしまいそうになりながら、私も短く承諾した。
全長は3メートルよりは少し小さめだろうか。振り回される巨きな鋏に巻き込まれないように、そしてルイスの邪魔にならないように遠回りに疾って後ろへ回ってもよかったのだが――
「よい、しょっと」
「は?」
私は左爪の甲殻部に左足をかけ、サソリの頭を右足で踏み越え、頸部に降り立つ。その一瞬を狙って、サソリはその尾の剣尖を、もちろん私目掛けて刺しにきた。
「ミャーノ!」
恐らく無茶な私の行動に、素っ頓狂な声を二回上げたのであろうルイスには「コイツの気が私に向いてる今の内に右腕部を切り落とせばいいのに」と思いつつ、答えながら、太さが20センチはあろうかという尾の節に、片手半剣で楔を入れた。
「問題ございません」
大した摩擦抵抗もなく節は切り離されて、その尾は落ちた。遠ざけるため、剣尖部を避けて尾の方に、片手半剣の腹を叩きつける。
サソリは自切、いわゆるトカゲの尻尾切りみたいなのができる生き物だ。デスストーカーにおいても、その仕様が、浅学な私の知ってるそのサソリさん達と同じなら、奴には大してダメージはなく、ルイス達の攻撃行為は易しくも難しくもならないはずだ。
ルイスにより無事、右腕部は切り落とされていた。
リカルドは、尾と右腕を喪ってバランスを崩したデスストーカーの胴体を長剣で叩いたり蹴ったりして転がそうとしているがなかなかうまくいかないようだ。
そうこうしているうちにデスストーカーから逃走の気配を感じとる。逃げられるのはまずい。尾や右腕部に血液、あるんだろうか。
(あれ? サソリの血液って何? 私そもそも虫の類の仕組みをまるで知らないんだよな……)
また自分に失望するも、リカルド達が得ようとしているものを得れば大丈夫だと思い直した。
「サラ、デスストーカーが逃げそうです。あれの脚元を凍らせて固めることはできますか?」
「オッケー! ≪アブー・サード≫――凍てつけ!!」
水の分子がデスストーカーの脚々に纏われ、霜づき、――だが、その凍りついた脚は期待に反して繊細だったようで――足留めとはならず、しかし、デスストーカーの腹部は地面に落ちた。
脚が全て砕かれた状態になったためである。
「けっこうえげつない結果になりましたね」
「ミャーノがやれって言ったんでしょお!?」
「すみません」
「いや、助かりました」
リカルドは、私とサラの応酬に真面目に礼を述べると、左腕部を切り離した。
だるまとなっては最早抵抗がままならないデスストーカーの腹に、リカルド自身の靴の先を差し入れる。今度こそ腹を見させたのであった。
「これでよし――一時間もすれば痛みも和らぐはずです」
ダニエラは、デスストーカーの背中を開いて抽出した血液に何やら魔術で加工を施したものを、クラウの傷口(左ふくらはぎを刺されていたそうだ)から注入した。即効性があるわけではなかったが、一足先に安堵の表情を見せたダニエラには、同じ処置を行った経験があるのかもしれない。
「ダニエラさん、あなたも休憩を取った方がいいのだわ。一時間くらいでよければ私が代われる」
「……そう、ですね。さすがに私もそろそろ集中が切れそうですので、甘えてしまいましょう」
サラの申し出に、ダニエラは申し訳なさそうなものの、有り難そうでもあった。
「では、日差しも出てきましたし」
私はそう言うと、アーク達に見えるように、頭の上で大振りにパチパチ手を叩いた。
「何してるんだ…?」
「その眼差しはなんでしょうか。馬車の仲間と予め合図を決めておいただけですよ?」
急に拍手しだしたアホにでも見えてしまったのだろうか。だって急なことだったから、他にわかりやすい合図を思いつかなかったんだもの。
アークとシャルヤ君が手を振り返して、動き出そうとする様子が見えた。
クラウもしばらく安静にしていた方がいいだろうし、日差しの辛くない馬車の中でダニエラ共々休んでもらおう。
「……、……」
「喋らなくていいわ、クラウ。サラさん、ミャーノさん、この子の代わりに御礼を言わせてください。もちろん、私からもです。ありがとう」
「えへへ、お安い御用だったのだわ」
「どういたしまして」
まだ喉が痺れて声が出ないクラウは、それでもなんとか想いを伝えようとして――だけどその意は、サラに鎮痛の術の引き継ぎを終えたダニエラが伝えてくれた。
私たちはその謝辞を素直にうけた。
リカルドとルイスも、ダニエラに慌てて追随して礼を述べてくれたのがなんだかおかしかった。
程なくして到着した馬車に、ダニエラとクラウ、サラを乗り込ませて、そのまままた馬車を北へ進めさせる。
「ところで、私、リカルドさんとルイスさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「ん? 何だい」
仲間の危篤という峠を越えて胸を撫で下ろしてすっかり油断しているリカルドに、私はそろそろツッコむことにした。
「あなた方、王軍の騎士――しかも朱雀の方ですよね?」
ダニエラさんは魔導士でしょうけど――と付け足すのは、忘れずに。
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次回の更新は金曜日を予定しています。
2018/6/5 16:56 途中で右と左がぐちゃぐちゃになってたので修正orz




