10-12.在地領主の研究成果
「ハルニス、やはりあれはやりすぎなのではないかな」
「貴方が『無試験で通してもいいかもな』などと不用意におっしゃるからですよ」
「冗談だったのに……さすがに他大隊の百人隊長面接くらいはするよ」
「実技試験は確かに済んだようなものですが」
既に王都寄りの位置となってモスタン街道を進む朱雀の筆頭隊長とハルニスは、そんなことを話していたらしい。
既に朝焼けも過ぎ、完全に朝の空となっている。
私はそんな薄く白い空を仰いで、一つため息をつく。アークに聡くそれに気がつかれ、声を掛けられてしまった。
「ミャーノさん、どうかしましたか」
「サソリを探すなら、と少し思いついた手がもう一つあったんだが。最早この明るさでは使えないなと思って」
「……それ、アイテムが要るテだったりします? 僕はこちら側で待機ですし、行李に用意がなければ作っておきましょうか」
「そんな顔をしていたか?」
「思いっきりヒトの行李見つめてましたよね」
目が口ほどに物を言ってしまったようである。
「私は魔術士なので、お役に立てるかと」
「……自衛を第一にしていただけるなら、ぜひご協力をお願いします」
サラの簡潔な自己紹介をうけて、年嵩の方の男性が頷く。
「…………」
思わず、チクリともしないすべすべの顎を撫でて唇を尖らせる。不審に思われたのか、青年の方に
「何か言いたそうだな」
と、言われてしまった。
私はどうも先程から、うっかり態度に出してしまっているようだ。
「お気に障ったなら申し訳ありません。随分あっさりと戦闘への参加を認めていただけるものだなと思ったので。いえ、彼女は大変優れた魔術士ですが」
「あんた自身については俺たちが協力を拒む選択肢を与えなかったのにそういうことを言うのか?」
「剣を振るう筋肉は見た目でわかりやすいでしょう? ――私のことはミャーノと」
「あ、サラです」
抜き身のままで柄を持つ手首をひらりと翻して、そのまま自己紹介する。サラが便乗した。一時的な付き合いと判断したのだろう、愛称のみだ。
「ダニエラよ。彼女はクラウ」
「ルイスだ」
「リカルドという」
ショートカットの女性は、毒で受け答えが難しい様子の方の女性についても紹介をしてくれた。
男は若い方がルイスだ。
リカルドと私がお互いのグループの代表として、短く握手を交わす。
私は、自身の認識ではもちろんサラの従者の立場であるので、本来ならこの握手は彼女とリカルドが交わすべきなのだ。しかし、今後のことを考えると、一目見ただけですら年長側の私が、サラに傅いている様を見せると、面倒だと思ったので、そうした。
サソリに限らず、即死しない毒を打ってくる生き物は、獲物を弱らせることが目的だ(ただし、その生き物が捕食側だった場合に限るよ。いかにも毒持ってますよという外見をしている動植物の目的は「毒があるから食べないで」だもん)。
「クラウさんを再び襲ってくるのを待っていらっしゃるのはわかっているつもりですが、こちらから仕掛けませんか?」
「待っているのはその通りだが――どうやって? なんかおびき出す方法でもあるのか」
デスストーカーは土中に潜むタイプのサソリ――魔物らしいことを、グラニットとアークから先刻聞いた。
「超音波で炙り出してみましょう」
ルイスの疑問には、私ではなく、その実行ができるサラが答えた。
「超音波? そんなの魔術で出してるの見たことないぞ? というか――出せても俺たちにはわからないから超音波なんだっけ?」
「ダニエラ、可能なのか」
「私は試したことはありませんが、理論上は可能なはずです」
半信半疑らしいリカルドが、この場で唯一他の魔術士であるダニエラに確認をとっていた。
「ウチの実家の畑ではよくモグラの撃退に使っていたのだわ」
バニーアティーエの荘園は広大だったものなあ。メシキの森や西の鉱山近くは彼らの土地ではなかったようだから、猪や熊なんかのでかい獣による害はそんなになかったんだろうが、モグラとは割と長く戦ってるらしい。ひいおじい様だかひいひいおじい様だかの代からの因縁である。
「待て待て、撃退しちゃあ駄目だ。俺たちは仕留めなきゃいけないんだから」
「そこは私に任せて。モグラの撃退って、ただむやみに追い払えばいいわけじゃないのだわ」
ルイスのツッコミに、サラは胸を叩く。どーんと。
地方のでっかい畑を管理していた士族の娘の説得力半端ない、と私は思うが、まあ彼らにはその辺は言っていないのだから、ルイスの戸惑いはもっともだ。
私もぼんやりしていないで、捕捉をした。
「Aさんの畑の横はBさんの畑ですので。ただ外へ追いやっただけでは今度は隣の農家から訴えられてしまいますよ。彼女の家では、害モグラの研究もしていたそうです」
ちなみに、その理論を完成させたのは、元治癒士のお祖父さんから研究を引き継いだベフルーズなんだそうだ。ベフルーズが救命医療に関してはサラより得手だというのは、もしかしたらお祖父さん譲りなのかもしれない。
「ああ、なるほど……でも、モグラは目が見えないから超音波って聞くけど、魔物に超音波って効く――聞こえるのか?」
「試してみる価値はあるかも。計算上はあと六時間猶予があると言っても、クラウの体力を考えたら早い方がいいに決まっているのよ」
ダニエラが、辛いだろうに息をひそめているクラウを気遣って言う。
「でもサラ、私はクラウにこうして術をかけ続けるのでいっぱいいっぱいで、手伝えないわ」
「大丈夫。周囲に建物があるわけでもなし、私一人で5町は精密に調整出来る。大雑把でいいなら20町いけるのだわ」
5ヘクタールってどのくらい? 東京ドームくらい?
農業にも野球にも全く明るくないのでそんな単位出されてもパッとイメージ出来ないのだが、十分広範囲なことはわかる。
「本当はクラウさん――とダニエラさんを馬車に避難させた上で対象を誘導したいのですけれどね」
「囮みたいなものだからな……いいんだよ。こっちはあんたらに協力してもらってる時点で申し訳ないんだ」
サラが地面に描く紋様の光を視界の端に入れつつ、接地している靴の裏に神経を集中させる。
ダニエラ、クラウ、サラを囲うように、三角形で、ルイス、リカルド、私の三人は外側を向いて構えた。
お読みいただきありがとうございます。
次の更新は来週月曜か火曜の予定です。




