10-10.アークとグラニットの道中雑談
「だからって縄も解いちゃうの?」
「こけた時危ないからね」
「モスタンに戻るまで拘束してたじゃないですか」
「逮捕の体裁はとっておかないといけないし。それを言ったら、馬車の中に置いてた他の野盗の人たちの方こそ縄は不要だったんだが。サラの術でぐっすりだったからね」
「あんた、ちょっと強いからって賊をナメすぎじゃねえのかなあ……」
「そうですか?」
「…グラニットさんでしたっけ? 保釈していただいた身でちょっと態度が横柄なんじゃないですかねえ」
「なんだこのチビ」
「僕は平均身長だ!」
「二人とも、煽り合うんじゃない」
グラニットは別に特に背が高いわけではなく(私よりも少し低い。それに、たぶん年下だ)、アークも、サラと同じくらいなのでそこまで小柄というわけではない。
そりゃあ、グラニットと並べば低いけど。
「アークはなんかすごい錬金術士ですからね、下手なちょっかい出して身体の組成いじられても知りませんよ」
「ミャーノさん、そんな頭の悪そうな注意の仕方しないでもらえます!?」
だって錬金術のことは相変わらずよくわからないし……。
サラとミーネとビラールには幌の中にいてもらっているが、私は護衛を兼ねて外で随行している。
アークにも中に乗っていて良いと言ったのだが、彼女としては私とグラニットを外で二人歩かせることに抵抗があったようだ。
「変なパーティだな、あんたたち。いくらミャーノの旦那が強いからって、他に戦士タイプがいないなんて」
(『ミャーノの旦那』って、なんだかヤクザな呼ばれ方だな……)
「別に冒険者というわけではありませんから」
「え? でも騎士隊に雇われたって――傭兵じゃねえの?」
「成り行きです。私たちは元々、王都を目指して旅をしていただけです」
「モスタン街道であんたらが暴れるから、僕たちが巻き込まれたんじゃないか」
プンスカと憤慨するアークの頭を、撫でて宥める。
「うるせえなあ。アークだっけ? あんたもミャーノの旦那のご親戚か?」
サラがはとこだという説明はしてあったが、ミーネたちの紹介は名前と非戦闘員だということくらいしかしていなかった。
「ち――がうけど……」
「血縁ではありませんがね。もう可愛い姪っ子のようなものです」
「ミャーノさん」
嬉しそうだ。息子とか娘扱いをするには、この身体とアークの年の差は近すぎるから、それで勘弁してくれるなら有難い。
でも、姪っ子が可愛いのは間違いない。そうでしょう? サラ。
「……なんだそれ。いい年こいて家族ごっこかよ」
「ん? すみません、今何か」
「なんでもねえ」
アークの満足そうな表情に気を取られて、グラニットの呟きを聞き逃してしまった。
聞き返す私に、グラニットはバツが悪そうにしていたから、聞き逃していて逆に良かったのかな。
「旦那様、何か見えます」
「ですから旦那ではないと――キア殿に追いつくには少し早いですね」
御者さん――シャルヤ君と言うらしい――の報告に、私は前方へ目を凝らした。確かに誰か、――数人といったところか――いるようだ。
「肉眼では少し厳しいな」
「ミャーノさん、これ」
アークが行李から、黒い筒が連なったものを取り出した。
「まさか双眼鏡か?」
「ふっふっふ。単眼望遠鏡も作ってありますが、まあこの距離なら立体視のことも考えてこちらの方が――」
「わかった、貸してくれ」
「もう都子さ――ミャーノさんはもう少し僕の検討過程の苦労話聞いてくれてもいいと思うよ!?」
“昔っからそうなんだから! 銃だって使えりゃいいって適当にその辺にあるの乱暴に使うからすぐダメにして――”とブツブツ口ごもっているが、それはたぶん私の知らない未来の都子の所業であって私の責ではない。
銃なんて海外旅行先のアクティビティでライフル撃ったことしかないっつーの。
(おお、こりゃいいや)
どういう仕組みかわからないが、この双眼鏡は自動でピントを合わせてくれるようだ。
レンズの向こうに見えたのは、風体から察するにおそらく男性が三人に女性一人。
馬車はない。
グラニット達と交戦したポイントはもう過ぎているので、ほかのパーティの姿があってもおかしくはないのだ。
「シャルヤ君。見た感じですが、野盗の残党という感じはしません。近づいて問題はないでしょう」
「そうですか。ではこのまま進みますね、旦那様」
「……ところで、こちらの馬車は何人まで荷台に乗れますか?」
「えっ? 個々の体重にもよりますけど、そうですね、この馬なら八人くらいまでは大丈夫では」
「なるほど、ありがとう」
「……旦那、もしかしてあの連中を拾っていく気かい?」
もうグラニット達の旦那呼びを訂正するのは諦めた。
「ええ、そうするつもりですが」
「……オススメしないぜ。あんた、騎士隊に合流しようとしてるってことは、他の賊との交戦を想定してんじゃねえの」
「でしたらなおさら。徒歩でこの街道を抜けようというにはいささか装備が軽そうですしね。追い抜いて置いていくには気が引けるというもの」
「実は賊の釣り餌で、馬車に乗せたらお仲間を人質にでもとるかも」
「そうなったらグラニットの麻痺の術をもう一度使ってもらいますよ」
「まさか俺を戦力に数えてんのか?」
「最初からそのつもりでしたが?」
「……他の盗賊に遭遇した時、仲間かどうかの面通しにでも使われるのかと思ってた」
「はい。その用にも使わせていただきますよ」
「…………」
グラニットは呆れた、という顔をしていた。
『そんな都合よく自分がお前の指示に従うとでも思ってんのか』とでも言わんばかりの表情だったが、グラニットに関しては私はなんでか妙に楽観視している。
「無駄だと思うよ、グラニット。この人、こういうことに関しては他人の言うこと聞きゃあしない」
「……こういうこと……? ああ、そういうことか」
「そうだよ。たまに裏切られて損してるくせに、懲りないんだ」
「いるんだよな、そういう奴……力もない奴がそういう判断してるとイライラすっけど、強い奴がそういう判断しててもこれはこれで腹が立つな」
「わかる」
「……?」
さっきまで仲違いしていたように見えたアークとグラニットが、なにやら頷き合っているぞ。
突然どうしたのかわからないけど、まあ、いがみ合っているよりは全然いいな。
「旦那様、先方も我々に気がついたようです。何か言っているように見えますが……なんでしょうね?」
「えっ?」
シャルヤ君の言葉に、私は意識を前方へ移した。
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