10-9.ただいま護送中
「何で俺だけ荷台じゃないんだ…」
「街に着いたら私が君から話を聞きづらくなるからですよ」
「はぁ? 俺らを尋問するのはあんたら騎士団じゃねえの?」
「騎士団だとは思いますよ。しかし、騎士隊長どのに雇われはしていますが、私は騎士団所属の者ではありませんのでね」
「――え、マジかよ。あの中で二番目くらいに騎士サマ顔してるのに?」
えっ、そう? 一番は誰だろ、ハルニスかな。
私とサラは、捕らえた野盗たちをモスタンへ護送中である。
「……てか荷台の中、あのお嬢ちゃん一人でおっさんたちの面倒みさせて大丈夫なのかよ」
「ご心配なくー。施術は済んだのだわ」
サラが幌の中から御者台に出てきて、御者殿の横に腰かけた。
「施術?」
「暴れないように睡眠導入と強力な鎮静の術をね」
「…何で俺にはそれをしないんだ? 俺は魔術士で、おっさんたちよりは脱走する手段がいくらか――手ぶらでも使える術があるんだぞ」
後ろ手に縛られたままの青年は自棄気味に唸る。
「予備動作なしで垂直に時速4000kmで飛んで行ったりしない限りは、どんな逃げ方をしても私が捕まえることを理解しているでしょう? 理解できていないのなら、君は魔術士としてもう少し合理的な思考を備えるべきだ」
「何だその例え?! もう少し現実味のある例はなかったのかよ!」
注文の多い囚われ人だな。
スペースシャトルかなんかの準初速が確かそんな感じだったろ。あんまり詳しくないけど。
「まず名前をお聞きしたいですね。私はミャーノと申します」
「あんたから名乗るのか……俺はグラニット。野盗仲間には『ニット』って呼ばれてたから…あいつらは『グラニット』って言っても誰のことかピンとこないだろうな」
「それは取り調べの際に有用そうな情報をどうも。グラニットとニット、どちらで呼ばれる方がお好きで?」
「好きな方で呼んだらいい」
「ではグラニーとか?」
「新しい名前を作るな! どっちでもねーじゃねーか!」
いやあごめんごめん。
君の反応が良くてつい。
「私の故郷では君と同じ名前の石を磨いたものが、高級品として取引されていました。綺麗な名前ですね、グラニット」
御影石だ。
確かガーネットと語源が一緒だったような気がする。
「…そんな褒め方する奴、初めて会ったぜ。あんたの故郷、この辺じゃねえんだな」
「ええ、少しばかり遠いですね。ということは、君は生まれもこの辺ということですか」
「……まあな」
今のはちょっと誘導尋問ぽかったかな。
「魔術はどこで学ばれたのですか? 独学にせよ、何かしらの手ほどきがなければ習得できるものではないでしょう」
「基礎は学校だよ。……信じねえかもしれねえけど、十四くらいまでは普通に暮らせてるただのガキだったんだ」
「いえ、信じます」
「少しは疑えよなあ……」
グラニットはそう言うが、その育ちなら彼の甘さにも納得がいく気がしたのだ。
「ねえ、でも、あなたの麻痺の術は学校で学んだものではないでしょう? 麻痺の状態を癒す術は学んでも、麻痺させる術は学校で教えてないでしょ?」
傍で黙って聞いていたサラが突っ込んで聞く。
護身のためとはいえ、スタンガン代わりになるような術は教えないものらしい。
この後、自分のいた世界ではそんなものを常備する被害者側の人間もいたという話をサラにしたら、ドン引きしていた。
「……野盗仲間には、そういう術を教えることができる魔術士もいるんだよ」
(――そいつだ)
キアが捕らえようとしていたのは、おそらく。
「魔術を教えられるほどの手練れなのに野盗に属しているとは…あまり良い魔術士とは言えませんね」
「悪い人じゃないよ」
「人柄ではなく、行いについて申し上げました」
「……」
「あなた方野盗の目の前で死ななかったとしても、傷が元で死に至った傭兵もいれば、荷や馬車を奪われたことで、獣に襲われて亡くなった旅人もいるでしょう」
「……いい生き方だとは俺らだって思ってねえよ」
「グラニット。君が盗賊行為に直接加担したのは何回目なのですか?」
「え?」
「岩の擬態は実に巧かったですし、私がそれを破った時は意外そうな顔をしておいででしたからね――初犯ではないのでしょうが」
「なんでそんなことを聞く?」
「ええ。それなんですけどね――」
「なんでミャーノさん、そんな奴の保釈を――しかも保証人になってるの――?!」
「話の流れかなあ。なんとなくこうした方がいいような気がして……」
そう。モスタンの街のギルドに、拘束した野盗を引き渡す際、ギルドの支部長にはキアの親書を渡して便宜をはかってもらった。
『たしかにこのサインは朱雀の筆頭百人隊長殿のものですが――本当に大丈夫なのですか?』
『大丈夫ですよ。そこにお書き添えいただいていると思いますが……』
『ええ。“ミャーノ・バニーアティーエの戦闘能力についてはキア・アルダルドゥールが保証する”とありますけれど』
――ミャーノ・バニーアティーエが要求した場合、捕囚の内一名を保釈してよい――
そんな一筆をもらっておいたのだ。
もちろん、親書の本題は、騎士隊が私に護送を託したことの連絡と、モスタンのギルドでは託された野盗の拘留をしておくようにという指示である。
「なんとなくって。話の流れって……」
アークはこれ見よがしに、ため息を細く長く吐く。
「気持ちはわかるけれど、そんなに呆れないであげて、アーク。一応、キア筆頭隊長とこそこそ二人で話し込んだ結果みたいなのだわ」
そこはかとなくトゲのある言い方をされている気がするが、気のせいだろう。サラのとりなしに、アークはそれ以上ケチをつけるのをやめてくれた。
深夜を過ぎて未明にギルドに着いたのだが、ミーネ達は交替で仮眠を取りつつ、ギルドのロビーで私とサラの帰りを待ってくれていた。
そんな三人には悪いのだが、
「これから再度、モスタンを発ちます。申し訳ありませんが、ビラール、ミーネ、アーク、ご一緒に。南大隊第一班に合流しなければならないのですが、そのまま王都に向かうのがよさそうなので」
「えっ? 今から? 野盗の件は解決したんだから、朱雀に任せておけばいいんじゃないの?」
「過程と見解については道々で話すよ。乗って」
働き詰めの御者さんは、ここでお別れ。別の早朝シフトの御者さんに交代して率いてもらうことになった。
これもキアの指示だ。
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キャラ名覚え書きを除いて100話目の更新です。やったー